Protect you. | ナノ

15


「あんた、ナマエの何なんだい?」
「……仲間だ」


 何だと問われてどう返すのが正解なのか。グローブを脱ぎながら端的に、当たり障りなく言葉を返す。だが相手はそれが気に食わなかったのか、ハンと鼻を鳴らした。


「つまんない答えだねぇ」
「事実を言っただけだろ」
「オマケに堅物かい? こりゃナマエの男ってわけじゃなさそうだ」


 どうして女ってのはこう恋愛事へ話を向けようとするのか、理解が出来ない。だが脳裏にふとタークスの男が過ぎる。惚れてる、と確かに口にした姿にどうにもずっと消化しきれない渦が巻いていた。
 それに、ここへ足を踏み入れてから、コルネオの部下とも親しげに話していたし、あまつさえウインクを飛ばして……。何がしたいんだあいつは。


「泣かせたら承知しないからね」
「……ナマエはここで揉め事を起こして、あんたらに助けてもらっていたと言っていた。何をしたんだ?」
「事情さえ話してもらえないような男が詮索するんじゃないよ」


 突き放される言葉にむっとする。事情を話してもらえないのは事実だ。ナマエはいつだって自分のことになると誤魔化そうとする。なんだでもない、どうかしら、とひらひらかわして、時に話をすり替えてなかったことのように振舞う。今回だって、そうだ。


「――……あの娘が言ったことに間違いはないよ。この街はコルネオの支配下にある。でもね、更に影で暗躍する無法者もいるのさ。ナマエはその輩を倒してくれた。動けないあたしたちの代わりにね」
「だから、あんたらはナマエを庇って逃がしたと?」
「オマケに、街中で起こっている困りごとを、さっさと片付けてくれちゃってねぇ。それだけじゃないけど、恩があるってのは違いないことさ」


 他にも伝説はあるんだけど、と語る口が閉じる。マムは俺の顔を見るなり大きなため息を吐き出した。遠慮もないその動作に、気分は決して良くない。


「あの娘との付き合いは長いのかい」
「いや。最近会ったばかりだ」
「その割には心配するななんて、優しい言葉掛けてたじゃないか」
「それは……ナマエがやけに気にしていたからだ」


 人のことばかりなあいつを多少落ち着かせてやらないと、心臓がいつ心労で止まってもおかしくない。ここへ来てからも変わらず、いや過剰なまでにエアリスのことを守ろうとしていたし、やっぱりナマエ自身は後回しだ。


「あの娘はね、どうにも他人ばかりを気遣うんだよ」


 マムも、同じことを言う。ここまでくると、ナマエの自己犠牲の精神はよほど根強いらしい。


「ちょっと力があるから。ちょっと目標があるから。そんなことだけで周りから適度な距離を保って、何時だって自分が先陣する覚悟を決めてる。女にゃ度胸は必要だけど、ありゃちょっと違うね」
「……今も変わっていない」
「ふぅん? そこは気付いてんのかい」
「ああ。誰があいつを守るんだと、本人に問いかけてもあしらわれた」
「ハッ、直球で聞くバカはあんたくらいなもんだよ」


 誰がバカだと睨みを利かせる。マムは扇子で自身を仰ぎながら、まるで過去を見つめるように遠くへ視線を飛ばしていた。この店へ入った途端の怒鳴り声といい、よほどナマエのことを懸念していたのだろう。


「スラムへ足を着けた以上、何かしら重たいもん背負ってるんだろうけど――どうにもあの子は支え切れてないね。いつか潰れちまうよ」
「ナマエの過去を、知ってるのか」
「まさか。必要以上の詮索はご法度さ。ただ、初めて会った時は随分余裕が無い様子だったよ。まるで死神にでも追われているような、焦燥と恐怖に満ちた顔だ。必死になって藻掻いていたね」


 焦燥と、恐怖? 誰かに追われていたってことか? まさかタークス?
 ……分からないことばかりだ。ナマエは言葉巧みに隠し事をしている。それが気になって仕方がない。どうしたって華奢な姿が視界に入って無意識に追い、捉えてしまう。艶のある微笑みを浮かべる度に心臓は不可思議な動きをして、俺らしくもない行動へ掻き立てていく。なんなんだ、これは……。

 分からなくても、俺のするべきことは変わらない。


「……過去がどうであれ、今は俺がいる。エアリスも。俺らでナマエを守ればいい話だ」
「へぇ、言うじゃない。……あんたまさか、自覚してないだけかい? はぁ〜〜今時鈍感純朴男なんて流行らないし、相手にもしてもらえやしないよ」


 何の話だとグローブとバスターソードを置くと、簡易的なベッドへ横になるように指示された。


「でも、そうだねぇ……あの時のナマエの表情、悪くなかったわぁ。あんな顔を引き出せるなんて、クラウド、あんたちょっとは可能性あるかもしれないねぇ」
「だから、何の話だ」
「仕方がないし、特別にサービスしてあげるよ。なあに、ちょっと素直になれる香を焚いてあげるだけさ。危険な物じゃないし安心しな」


 マムの施術を終える頃には、頭の中が溶けるような浮遊感に襲われる。エアリスに何か声を掛けられていたが、まともに返せたのか自分でも定かではない。壁に背中を預けると、全身の脱力感と癖になりそうな刺激が身体中を駆け巡った。
 俺の様子を心配そうに窺うナマエが、今日は一段と輝いて映える。覗き込むような遠慮がちな仕草、少しだけ下げられた眉と戸惑ったように開く唇に意識が向く。やっぱりそうだ。


「……あんた…可愛いな」


 思った通りの言葉が、詰まることなく紡げた。驚愕で丸まった宝石が、照明のお陰で艶やかに輝きを放ち、吸い込まれそうになる。いつもあんたは俺の瞳を綺麗だと褒めるが、こんな魔晄の瞳よりも断然――


「…俺より、…あんたの眼の方が、綺麗だ…」
「ちょ、ちょっと大丈夫? やられるにしたって限度があるわよ」


 慌てふためくナマエも、可愛い。普段は綺麗だと脳が形容するが、大人びた微笑みだけじゃなくて、時々口を尖らせて子どものように膨れる姿も可愛くて惹かれる。きっと他の奴らではあまり見られない光景だと想像すれば、ちょっとした優越感も湧きたつ。


「……いやか?」
「いや、じゃ……ない、けど……」


 綺麗な肌が緩やかに色付き、彷徨う視線に俺がそうさせたのだと理解すれば、堪らなく嬉しかった。


「……あんたのそういう顔、…もっと見たい…」
「…ぁ…ぅ……」


 その頬に触れたら、次はどんな表情を浮かべるのか。もう一度、その唇で俺の名前を呼んでほしくて手を伸ばす――……




 エアリスとナマエを待っている間、ジョニーの言葉からコルネオのオーディションが始まると耳にした。レズリーとかいう男に掛け合ったが、オーディションまでもう少し猶予があるらしい。それまでに二人の支度が整えばいいが……。
 本当にこのまま、二人を行かせていいのか? いくらナマエが強いといっても武装は出来ない以上、無防備な女には違いない。何か、もし、万が一何かあったら……。


「え〜? ホントにみたのぉ?」
「見たって!! ファン第一号の俺が見間違えるはずないだろ!?」
「でも、あのトーナメント以降姿消したって話だぜ?」
「いいや! また舞い戻ってきてくれたんだよ! 俺たちの踊り子が!!!」


 先程視線を集めていたのも、そういうことなのかと納得できた。


「はぁ、あの美しい動き、腰つき、足蹴り……また見てぇなあ」
「俺踊り子にだったら殺されてもいいぜ!!」
「早く見つけてよぉ! あたし、サイン欲しいんだけどぉ」


 ナマエのことを、俺は何も知らない。ミッドガルへ最近居座り、エアリスと同居をしていること以外何も。どこの出身だとか、今まで何をしていたのかとか、思えば聞いたこともなかった。聞くという選択肢すら今までの俺にはなかった。この街にいる奴らの方がもしかしたら詳しいのかもしれない――そう考えると、面白くなかった。

 ふと、やけに辺りが賑わい出す。マムのもとへ行かせたはずのジョニーが、どういう訳か人だかりを縫っていた。その背後に、深紅のドレスが映る。見覚えのある立ち姿は――


「エアリス……なのか?」
「うん。コルネオ、こういうのが好みなんだって」


 見慣れない肌色に、タイトなドレス。深く入ったスリットから覗く脚へ視線が落ちて、とんでもない罪悪感に襲われ咄嗟に視線を逸らす。


「っナマエはどうした。一緒じゃないのか」
「ふふ、気になる〜?」


 大人っぽい服装を着ていても、普段と変わらない反応と表情に冷静さが戻ってくる。腕を組んで「もったいぶるな」と返すと、エアリスが笑みを深めた。


「あのね? クラウド、脳殺されちゃうかも」
「はぁ?」


 どういう意味だ、と問う直前に闘技場で受けたような熱気と歓声が上がる。朱色の橋の奥で再び人だかりが出来ていた。今度は激しいフラッシュまでたかれて、ジョニーの怒鳴り声さえ耳に届いた、はず、だった……


「な――……」


 周囲の雑音が、一瞬にして消え去る。上がった花火の爆竹音でさえ耳へ届かない。ただ、夜空に散った花火の灯火から浮かび出た姿に息を呑んだ。

 纏められた髪の毛が揺れる。額から垂れ下がる白いベールが顔を隠し、覗く唇の紅色が馴染みのある弧を描いて、尋常ではない妖艶さを醸し出していた。首筋から胸元に浮かぶ金色の首飾り。惜しみなく強調される二つの膨らみは、最低限の布でしか隠されていない。その布にさえ芸術的な装飾が施され、ライトグリーンの色合いが眩しく映った。腰部は息を呑む曲線。怪しい領域にある臍が、男を誘うように小さな孔を開けている。

 一歩、足を踏み出すごとに純白の絹が揺れ動く。反対の脚が続いて前へ出ると、露わになった白い太腿が付け根ギリギリのラインまで魅せてくる。足首からしゃらんと上品な鈴の音が鳴った。高いヒールが床を蹴るたびに胸が酷く高鳴る。
 まさに、踊り子。怪しくも艶やかな、神秘的な踊り子が具現化していた。


「クラウド」


 紅が発した名前が、まるで俺のものではないような錯覚を受ける。脳が揺れ、言葉が紡げない。近付いてくるベールの奥に、ようやくその素顔が薄っすら映えた。いつの間にか口の中は乾燥していて、答えたくても答えられない。組んでいた腕も、力が抜けて宙ぶらりんになっていた。


「…クラウド?」
「あっ…ぁ、……や……その……」


 ようやく言葉に出来ても、単語を発することが出来ない。


「私のこと、分かる?」
「あっ……ああ……あぁ分かる、が……」
「ふふ。そんなに様変わり出来たかしら」


 いつもの上品な喋り方でさえ、まるで男を誘惑する媚態にしか映らない。漸く、溜まった唾を呑み込むのが精一杯だった。


「うーん。これは予想以上にノックアウト、されましたなあ」
「何言ってるのエアリス。ねえ、クラウドどうしちゃったの?」


 ぐっと近付いて俺を覗き込んでくるベールの奥の瞳に、体の最深部が沸騰する。そのくせ指先がやけに冷たい。どうすればよいのか分からず、視線を彷徨わせて、何とか天を見上げた。


「クラウドってば」


 頭が、くらくらした。


「……だめだ……」
「ダメって、この格好? ……お気に召さなかった?」
「そんな格好でコルネオに会わせられるわけがないだろ一瞬で喰われるぞ!!」
「……え?」
「あ、クラウド言っちゃった」


 気付いたらナマエの両肩に手を当てて。声を荒げていた。いっそのこと、グローブを外しておいた方が良かったのではと後悔するほど、グローブ越しでもナマエの素肌は心地良い。


「あ――……いや、だから……」
「似合ってるって解釈でいいのかしら?」
「あ、あー…そのだな……」
「もう、クラウドって意気地なし!」
「うるさい」


 ナマエへは紡げないのに、揶揄ってきたエアリスには睨みを利かせられた。女は恐ろしい。化粧と服装が変わるだけで、ここまで変貌するものなのか。ナマエにいたっては、もはやただの男を殺戮するだけの存在としか考えられない。


「その格好で、あいや、二人だけでコルネオのもとへは送れない。ここは想像していた以上に危険な場所らしい。少なくともナマエなんて送ったらどうなるか想像しただけでも――」
「二人だけ? クラウドも、一緒に来るのよ?」
「――は?」


 ナマエが緩やかに微笑む。とくんと跳ね上がった心臓から送られる血液は、どっどっと激しい熱と鼓動を帯びていた。そんなナマエの手が、俺を包む。


「可愛くなりましょうね、クラウドちゃん?」
「……ん?」


 ナマエに伝えたい言葉があったはずなのに、気付けば俺はナマエに連れられて蜂蜜の館へと赴いていた。今頃推薦状は必要ないし、アニヤン・クーニャンにも用はないはずだ。それだというのに中へ押し込まれ、あれよという間にステージ会場へと押し込まれていった。


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