16
「あんた、クラウドのことどう思ってるんだい?」
着替えている最中に、マムが突然告げてきた。
「どうって? とても頼りになる人よ。一見愛想はないけど優しいし、笑うと可愛いの」
「バカだねぇ。男としてって意味に決まってるじゃないか」
「男としてって……ああ、そういうこと?」
やけにクラウドのことを気に掛けていた。まさかマムが惚れた? いやいや、まさかね、と自己完結しているとアイメイクへ移行する。
「カッコいいとは思うけど――……」
「思うけど?」
「私よりもお似合いの人がたくさんいるわよ」
昔馴染みのティファ。それに、もしザックスが死んでしまっていたら、エアリスを次に支えられるのはクラウドかもしれない。二人とも容姿端麗だし、クラウドの横に立っていてもなんの違和感もない。むしろお似合いだ。二人の空気感だって悪くない、し……。
「他人がどうこうじゃなくて、あんたの気持ちさ」
「気持ち? ……」
マムに言われて思案する。クラウドの傍は、確かに居心地が良い。それも、物凄く。ザックスのため、守るためになるべく「会いたい」「傍に居たい」と口にはしたものの、そういうのを抜きにした私の本音でもある。
だから、クラウドのことは好きではある――けど、異性としてか問われると……。そう否定しようとすると、胸がつっかえる。何度か感じた熱量は、やっぱり無視できない。
「あたしがクラウドの手を揉むってなった時、あんたどういう表情浮かべてたか自覚してるかい?」
「変な顔でもしてたかしら」
「女の顔してたよ」
短く返された単語に、少し動揺した。常にグローブに隠された素肌が気になると思ったのは事実。マムがそれを見て、触れて、解す未来を想像したのもまた事実。
「思い当たる節があるんだろ。そうだ……あんた、クラウドに何て言われたんだい? 顔真っ赤にしてたねぇ」
「あれはクラウドが普段言わないようなことをっ!」
「こら動くんじゃないよ!!」
「……」
思い出すだけでも頬に熱が溜まる。蕩けた表情で可愛いとか綺麗とか言われて、赤面しない女子がいたらむしろ見てみたいくらい。
「前よりも活き活きとしてるじゃないか」
「……そうかもしれないわ」
「誰のお陰だろうねぇ」
「……」
誰の。考えれば考えるほどクラウドのことばかり頭の中が渦巻く。初めて会った時のこと。再会した時のこと。ザックスを抜きにしてもクラウド自身のことが気になって、彼らしくもない発言に時に翻弄されて――時々、胸が痛んで。これが、まさか恋をするってこと?
「ほうら、美人に仕上がったよ。見てごらん」
「う、わ……流石マム! ありがとう、これならバレないかしら」
「ああ。クラウドの脳天ぶち抜いてきな」
「ぶち抜くって……目的が違うわよ」
でも……クラウドはまた私に可愛いって、綺麗ってその瞳を向けてくれるのかしら。
「違わないみたいだね」
「う……」
蜜蜂の館の入口で待機していると、奥からスタッフがやってきて会場へ案内すると告げてくれた。アニヤンからの気遣いらしい。エアリスと顔を見合わせながら、会場への道を案内される。
「クラウドの反応、凄かったね?」
「あんな大声、初めて聞いたわ」
「ナマエにばっちり、脳殺されたんだよ」
「そう?」
「そうそう!」
蛇腹の踊り子であることがバレないように変装しているのに、踊り子まがいの格好をしていると逆効果だと思うのだけれど。マムが「あんたに着せたい衣装があるんだよぉ!」とらんらんと目を光らせて、気が付けばこんな格好。普段しないドレスアップが出来るのは嬉しいけれど――
「クラウドの好みじゃなかったのかしら」
エアリスやマムからは大絶賛されて自分でも結構似合ってるなんて浮かれてたけど、クラウドは何も言ってくれなかった。あの朴念仁に期待するだけ無駄かもしれないけど、手揉みした後みたく綺麗とか可愛いとか、形容してくれるかもなんて期待してたのがちょっと恥ずかしい。
クラウドに褒めてほしいだなんて、私もどうかしちゃったのかもしれない……。これが恋という感情なら、少し厄介かも。たった一言二言の有無に心が翻弄されるんだもの。
「本気?」
「エアリス?」
「クラウド、顔真っ赤にしてた。ナマエのこと、気になってるどころじゃないよ」
「え、あ……」
「ナマエだって、満更じゃない、でしょ?」
エアリスにまで言われてしまっては、頬の紅潮を抑えることが出来ない。
「クラウドのこと、好き?」
明確な質問に言い淀んでいると、会場への扉が開かれる。金髪の頼もしい背中がステージの奥へ導かれている所だった。案内のもと豪華なソファへ腰を下ろすと、クラウドと視線が絡んだ気がする。なんだか恥ずかしくなって瞼伏せると、曲調が変わった。ステージにはアニヤンとクラウドの二人だけが立ち、流れる音楽に合わせて二人がしなやかに踊る。
まさかクラウドがダンスを出来るなんて想像もしていなかった。アニヤンを真似ているにしては動と静が巧みに交わった、完璧でいて芸術的な動き。ソルジャーとしての身体能力があってか複雑な動きも軽々と熟し、且つ曝け出している二の腕の筋肉がライトを受けて一際惚れ惚れと魅入ってしまう。
「……かっこいい……」
自然と出た言葉に、エアリスが柔らかく微笑んでいたのにも気づけない。変わる音楽にも合わせて巧みに踊るクラウドの仏頂面でさえ愛しさが込み上げてくる。もっと見ていたい。凝視しているうちに音楽やライトが華やかになり、クラウドが椅子へと着席させられる。ピンク色のドレスがチラついたと思いきや、華やかな化粧を施されたクラウドがステージで絢爛に注目を浴びていた。
興奮冷めやらぬまま館を出る。観客たちに紛れて麗人がお淑やかに姿を現したと思いきや、私たちに目もくれず歩き出してしまう。いつものような闊歩ではなく、手を重ねて密やかにそれでいて足早に。エアリスと顔を見合わせてその背中を追った。
「クラウド、すごいステージだったね!」
「私、すっごく感動しちゃったわ! ……ねえ、クラウド?」
「クラウドさ〜ん?」
声を掛けても、口を引き締めた険しい表情でクラウドはずんずん進んでしまう。
「ねえ、クラウド」
「やめてくれ」
「ひとことだけ!」
「ダメだ」
「かわいい〜!!」
近くで観察すると良く分かる。元々中性的だった顔立ちのせいか、化粧だけでこんなに美人になるなんて。
「本当によく似合ってるわ! 素敵!」
「……なんであんたにこんな姿見られなくちゃならないんだ……」
最低限も口を開かなかったクラウドが、ムッとさらに口を尖らせて悪態をつく。首を傾げると呆れたように息を吐かれて、足はコルネオの館へと一直線に向かっていった。
館でレズリーがつばの下でぎょっとまた目を丸める。素直過ぎる反応に苦笑していると「正気か…」の言葉。十中八九、クラウドの正体に気付いている。続いて私へ視線を向けて、困ったように眉尻を垂らした。サイドにコルネオの部下がいるせいで口数は少ないが、扉が開かれ横を通り過ぎた際に「気を付けろ」と。中の部屋に入ると、落ち着く間もなく催眠ガスが発生して意識を失った。
頭がぼんやりする――先程まで明るいライトがある場所にいたはずが、瞼を開けると薄暗い部屋に閉じ込められているのだと理解した。身体検査はされていないだろうか。右脚の付け根にこっそり隠しておいた拳銃に手を伸ばすと、硬い感触に触れて安堵した。顔も見られていないようでなにより。ゆっくりと上体を起こすと、手が差し伸べられる。
「大丈夫か」
「あら、クラウドちゃん。ごめんあそばせ」
「殺すぞ」
「やだ物騒ね」
まさかこんな形で、素肌に触れるなんて思いもよらなかった。ときめきよりも今はクラウドの美顔を堪能しておかないと。
「そ、その声ナマエなの!?」
「ティファ! まだ何もされてないわね!?」
「う、うん……えっ、嘘、きれい……」
「まあ、ありがとう。ティファもそのドレス、大人っぽくてお似合いよ」
「あ、ありがとう……」
いつの間にかエアリスとティファが自己紹介を終えていたらしく、二人は肩を並べて立っていた。私が最後に目を覚ましたらしい。クラウドの力を借りて立ち上がる。
「話は後だ。今すぐ出るぞ。此処は危険だ」
「え? ダメ! まだ目的を果たしていない!」
「どういうこと?」
「あのね、七番街に戻ったら怪しい男たちがいて調べてみたら」
「コルネオの手先だったわけか」
「アバランチのこと探ってたみたい」
以前もバレットのことを捜している男たちがいた。ウォール・マーケットから来たみたいだからあれもコルネオの手先だったに違いない。クラウドも同じことを考えていたのか、私へ小さく頷いてくれた。
「だから直接コルネオに聞こうと……」
「無茶だ」
「オーディションに通りさえすれば、コルネオと二人きりになれるからいけると思ったんだけど……候補者は四人もいるんだって。つまり、その中から選ばれないとこの計画も失敗」
四人? ティファ、クラウド、エアリス、私。ってことは、全く問題ない。
「それなら心配いらないよ。残りの三人って私たちだもん、ね? ほら、三人が仲間なら問題ないでしょ? 誰が選ばれても安心」
「でもエアリス、あなたを巻き込むわけにはいかない」
ティファからすれば、エアリスは突然現れた無関係の人間だ。当然の反応だけどエアリスが引くことも勿論有り得ない。クラウドは短い間にエアリスのことを熟知してくれたのか
「そう言う遠慮は恐らく無駄だ」
と呆れながら答えた。エアリスも嬉しそうにはしゃぐ。
「あ、クラウド、わたしのこと分かってきた!」
「はあ」
「とにかく、誰が選ばれてもコルネオと対峙できるってことね」
クラウドか私なら、コルネオとタイマンでも何とかなる。ティファも強いけど、あんな気持ちの悪い生物と二人きりになんてさせられないし。エアリスは以ての外! ザックスに何て報告すればいいのか……鉄拳が落ちるどころじゃすまなくなっちゃう。
でも、クラウドだって初めての女装で嫌な経験させられないし――やっぱりここは私を選んでもらわないと。こっそり武器だって仕込んでいるから、襲われても対処できる。
「ナマエ」
「なに?」
コルネオの部下たちに呼ばれて、長い階段を渡りながら別室へと連行されていく最中、掠れ声が届いた。
「絶対に笑うな」
「え?」