そして、飛躍していく | ナノ

興味と好意と

ナマエは書類を纏めて、ホッチキスを止める。最後の一部を終えて、大きく深い溜め息を吐いた。生徒会室には既に人影はなく、結局最後まで自分が残っている。他のメンバーも途中までは一緒に仕事をしてくれたが、バイトがあるということで先に帰したのだ。

「……凄かったなぁ。陵南との練習試合」

デスクに頬杖を突きながら窓の外を見つめる。
あの練習試合から数週間、ナマエはバスケコートへ暫く立ち入っていなかった。というのも、ヘルプで入っていたマネージャー業を練習試合数日後には打ち切ったのだ。元々、練習試合までという話でもあったし、他の部活からのヘルプも入り、生徒会の仕事も本調子で忙しくなってきたためである。

あれだけ聞いていたバスケの音が、どこか懐かしく思える。去年や一昨年に見た湘北の練習試合とはまたどこか違っていた。あれだけ生き生きした赤木を、木暮を見ただろうか。今年は何かが違うのではないだろうか。桜木と流川の加入で大分違う気がする。

流川。結局、彼とはあれ以降何もなかった。本当に、何も。やはり流川の気まぐれだったのかもしれない。これ以上気にしても、何にもならないと分かりつつも、不思議と気にはなってしまう。ときめきこそしないが。


カバンを手に取って生徒会室を出ると、既に部活を終えた生徒も姿を消していた。誰も居ないのを良いことにくわぁと欠伸をして、校門を出たところで背後からライトが当たる。

「え、わっ!?」

自転車であろうと道を開ければ、キキィと急ブレーキが掛かって真横で急停止したものだから、慌てて距離をとる。一体誰だと視線を向けると、数週間振りに見る姿があった。

「流川……!」
「うす」
「びっくりしたぁ。自転車で勢いよく近づかないでちょうだい」
「気付かなかったセンパイが悪いっす」

流川は自転車を降りて歩き出した。その背中を追って、隣を歩く。これもまた数週間ぶりである。あれから変わったことと言えば、流川の白い頬に絆創膏がペタペタを貼られていることだろうか。バスケ部で騒動があったとは聞いていたので、それだろう。

「凄い傷。次はどうしたの?」
「……少し、やりあった」
「少しってレベルには見えないけれど……。そう言えば、宮城や三井が戻ってきたんだって?」
「知ってるんすか」
「まあね。ほら、赤木と木暮が嬉しそうにしていたから」

細い瞳がちらりとこちらを見やった。

「全国、行けそう?」
「たりめー」
「そっか。次の試合、見に行きたいなぁ」

宮城と三井のプレイヤー2人が加わり、新人の桜木と流川が入っている新生バスケ部は強い。木暮の嬉々とした声を忘れられない。きっと、あの陵南戦のような試合が見られるのだろうと思うと、わくわくしてしまう。

「……見に来ればいい」
「あら意外。流川ってそういうことも言えるのね」
「何が意外なんすか」

心外そうな顔で見下ろされて、ナマエはくすくすと笑った。

「何も言わないか。言っても、勝手にしろだと思ってた」
「……勝手にしろ」
「ふふ、怒らないでよ」

2人で、坂道を上る。いつも坂の上で別れて、こちらが角を曲がるまで待っていてくれるのだ。ナマエはもう少しで別れるのかとどこか寂しく感じながら、更に一歩足を踏み入れた。

「センパイは、もう部活に来ねーんすか」
「ん? そうねぇ。今は他の部活に行ってるからね。そこが落ち着いて、またバスケ部から必要だと声が掛かれば行けないこともないけど」

流川を見上げて、ナマエは首を傾げる。意地悪そうに笑みを深めて、長身を見上げた。

「なあに、もう寂しいの?」
「……どあほう」
「まっ。センパイに向かってどあほうだなんて、失礼しちゃう」
「寂しいのはセンパイの方じゃないんすか」

はた、とナマエの足が止まった。なるほど、そうかと1人頷くと、隣から訝しげな視線が落ちてくる。

「……そうかも」
「は?」
「たった1ヵ月足らずなのに、結構バスケ部充実していたもの。桜木を見ているだけでも、何だか面白かったし」
「む。なんでアイツ」
「初心者ながらに頑張ってて、一生懸命に応援したくなるじゃない?」
「ならねーだろ。あんなどあほう」

ちかちかと電灯が頼りなく点滅している。あまり遅い時間だとこの道も暗くなるかもしれない。夏が近づけば太陽の昇る時間が長くなるから、それまでの我慢だろう。

「どうかした?」
「……別に」
「むくれながらいう台詞じゃないと思うけど」
「むくれてねぇ」
「はいはい」

流川は口先を尖らせたまま、ナマエを見下ろした。隣の女は楽しそうに目を細めながら、坂を上っていっている。この女から出てくる言葉が、どうにも気に食わない。何故あのどあほうの名前が出てくるんだと嘆息した。

「流川とこうして帰るのだって、何だかんだ楽しいしね。1人で帰るの慣れてたから、頼もしいわ」
「いつもこの時間なんすか」
「ここ最近はそうかも。生徒会も結構忙しいのよ」

偶に暇そうでいいなんて言われるが、人手不足も相余って忙しさは減らない。ましてや、副生徒会長と会計長を兼任しながらだと尚更である。

「他の奴らは?」
「先に帰ってるわ。バイトを兼任している子が多いからね」
「センパイの負担が増えてるだけだろ」
「あら」

ナマエは目を瞬かせた。まさかとは思うが、流川は心配をしてくれているのだろうか。思えば、陵南での試合でもしっかりと周りを見れていた気がする。

「ふふ、心配してくれるの?」
「……別に」
「ありがとう。でも大丈夫よ。ほら、これから日没だって遅くなるしね」

電灯が瞬いていたのはあそこだけだったようで、しっかりと照らされながら未だに坂を上り続ける。ある程度上ると海がきれいに見えるスポットだ。良い景色を拝みながら通学出来るのは、結構楽しいものである。

「流川こそ、毎日遅くまで残ってるの?」
「最近はうるせー奴が多いから、別の場所で練習することもある」
「うるせー奴らって……そう、皆で部活後も残って練習してるの」
「まあ、そーゆーこと」

次第に多弁になってきた流川。本人は気付いていないだろうか、ナマエは気付いて嬉しそうに笑った。そんな彼女を見て、流川はまた視線を落とす。本当に、静かによく笑う女だ。

「次の試合はどこ?」
「三浦台」
「ああ、もうIH予選だものね。組み合わせ表届いていたの忘れてたわ」

生徒会室の壁には、各部が何かしらのトーナメントへ出場する際には組み合わせ表を貼るようにしていた。学校で部活を応援していきたいという生徒会長の思いからである。陵南と良い勝負をした無名の湘北バスケ部も、また注目をされ始めている。

「さすがに学校ある日は行けないけど、応援しているわ」
「うす」

坂を上りきった。いつもここで別れているため、両者の足が止まる。

「じゃあ、また」
「……」
「気をつけて帰ってね、流川」
「センパイ」
「ん?」

帰路を曲がろうとした時、カバンを引っ張られる。どうやら流川なりの呼び止め方らしい。

「…………」
「……えーっと。どうかした?」

呼び止めた本人は、再び口を閉ざしてしまった。あんなに話してくれたのに。もしかしてまだ話したりないのだろうかと、ナマエが見当違いなことを考えているうちに、流川の視線が熱く射貫いていることに気付く。これは、良くない展開な気がするとナマエははっとした。

まるで、あの時のようだ。あの体育館の中で、口付けをしたあの雰囲気に似ている。どうして流川の瞳は力強く、逃れられないのだろう。

「あの」
「なんでとか、理由いらねぇだろ」
「え?」

目を瞬かせる。流川の言葉の意図が分からずに呆然としていると、流川の顔が更に近付いてくる。少しだけ身を引くと、流川の唇が再び尖った。何かご不満だったらしい。

「センパイには、興味がある」
「そ、それは聞いたけど……」
「誰にでもしてるわけじゃねぇ」
「流川、あの……?」

久しぶりに流川のマイペースに巻き込まれる。ナマエはカバンを引っ張られたまま、うーんと頭を捻り、ふと固まった。もしかして流川は、先日キスをしてきた件を言っているのだろうか。理由を聞いたから、その答えを。

「えーっと……流川の言葉だと、興味ある人にはキスするみたいになるのだけど……」
「むっ」
「流川は、私が好きなの?」

違うであろう。だからこそナマエはストレートに問うた。流川もまた、ナマエの言葉を受けて、はっと目を丸める。彼女のカバンを握っていた手から力が抜けた。

「……」
「ふふ、違うでしょう? だったらダメよ。興味ある人じゃなくて、好きな人にするものなんだから。ね?」

流川の頭の中で、クエッションが浮かぶ。確か「好き」という言葉は何度も受けていた。今までは鬱陶しいだけの呪文であったが、ナマエの口から出てきたそれには不快を感じない。同時に、初めて「好き」という言葉の意味を考える。

バスケは、好きだ。寝ることも、好きだ。だが、人に対して抱いたことはない。興味と何が違うのか、流川には当然わかるわけもなかった。

「私は帰るわ。試合、頑張って」
「……」

考えている流川に対して手を振って、家へと角を曲がる。そうすればライトが揺れて、自転車の走る音が聞こえてくるのだ。流川の家がどこかは分からないが、ここから近ければ良いなと家の門を開けた。

それから数日後、IH初戦への朗報を聞き、ナマエは嬉々として生徒会室の組み合わせ表へと書き込むこととなる。この線がぐんぐんと伸びことを、まだ知らない。

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