そして、飛躍していく | ナノ

初試合のどんでん返し

流川からの突然の口付け以来、関係がぎくしゃく……しているわけではなかった。全く気にしていないわけではないが、ナマエはまるでなかったことのように平然としている。流川もまた、普段と変わりない様子でナマエへ接していた。放課後の練習も時折ではあるが、手伝っている状態が続いている。

月日は流れて、あっという間に練習試合の日となった。
陵南高校へ電車に乗って向かう。ユニフォームに身を包む赤木たちの姿を見ると、胸がどきどきした。

「ちわーッス。……悪ぃ」
「仙道さん!」

緊迫感溢れる空間に遅れて登場してきた、陵南のエース仙道。
微かに額に汗を掻きながら姿を現した彼は素直に寝坊したことを告げて、ユニフォームに着替えた。そんな彼を慕うように、選手たちが囲む。

桜木からの不躾な宣戦布告に対して、おおらかな笑顔を浮かべた仙道。
開始のホイッスルが鳴ろうとしていた。

「彩子ちゃん、私がスコアを取るわ。だから……えっと、彼をお願いしてもいいかしら?」
「はい、すみません。ってこらぁ、桜木花道!!」

秘密兵器と称してスタメンから外された桜木は、開始直後から安西先生に向かって執拗に自分を出すように押し入る。それを引き留めるのに精いっぱいになるのは自分ではなく彩子だと、ナマエはベンチに腰を下ろした。

試合は完全に陵南エースである仙道によって支配されている。それは、バスケに精通していなくても誰しもが察するものだった。彼がボールを持つだけで盛り上がり、アシストパスを華麗に決め、また自身でも得点を稼ぐ。

「相変わらず、仙道は凄いわね」
「去年もしてやられましたものね。……あれ? ナマエさんその時いましたっけ?」
「ふふ。ほら、流川が動いた!」

アリウープを決められる直前に流川がボールを奪う。仙道へ見せつけるように、流川はフェイントをかけて赤木へとナイスパスを繰り出し、ようやく点数を手に入れた。17点差という大きな数字を前にしても、流れは湘北へと切り替わり始めていた。

「皆、動きが良くなりましたね」
「赤木のダンクが効いたみたい」
「くそぉ! ルカワルカワと!!」

赤木と魚住の競り合い。流川のアシストが尚も会場を盛り上げていく。前半戦が終わり戻ってくる選手たちへ、駆け寄っていく。

「ナイス、赤木」
「ああ。だがまだこれからだ!」

今年初めての試合。
ここで勝てれば、湘北にとって良い影響を及ぼす。全国制覇と常々口に出している赤木の夢が、現実になる可能性だってある。3年足らず、しかも断片的ではあるがナマエには赤木の熱い思いを理解していた。

後半戦開始のホイッスルが鳴った。赤木たちがタオルを手渡し、踵を返す。ナマエは視界の端から渡されたタオルを手に取って、その選手を見上げた。視線は既にコートへ向いている。

「流川、しっかりね」
「当然」
「いい返事。……あ」
「む?」
「や、なんでもない。ほら、行ってらっしゃい」
「……うす」

流川の背中を叩き、コートへと戻す。彼の背中が視界を通過した時、その先で別の男と視線が絡んだ。穏やかな笑みを浮かべているその男は、更に口元を緩める。手を振るわけにもいかないため、どうしようかと考えあぐねていると、男の背中を別の選手が叩き、ようやく視線が反れた。

後半の勢いもつかの間、赤木が怪我をして一時的にコートから降りる。赤木の指名、そして事前に告げた安西先生からの指示により、遂に桜木の出番となる。けれど、気合いがあっても初心者である桜木が思う通り動けるはずもなく、トラベリングに魚住に対するファールというとんでもない開始となった。

「ダメだわ、あの子! 緊張しまくってる!」
「桜木って結構繊細なのね。何だか意外……あら」

そんな桜木に、背中から一撃が走る。

「どあほう。このいつまでもガチガチ緊張しまくり男」

流川の蹴り、言葉が、桜木をいつも通りへと変えていく。
これまた意外だとナマエは感心した。流川は、良く見えている。口数こそ少なく、交流も必要以上にしないが、しっかりと相手のことを観察している。そうでなければ、この状況をこんなにも早く打開できるものだろうか。

桜木の初心者とは思えない奮闘で、点差はみるみる縮まっていく。流川と桜木で一悶着あったものの、それでも2人はコート走っていく。良いコンビになるかもしれないと、スコアを付けながらナマエはわくわくしていた。さまざまな部活の試合、度肝烏抜く展開を見てきてはいるけれど、ここまで新人の成長を楽しみに思ったことはない。まさに今、桜木が飛躍してリバウンドを成功させたのだから。

赤木が再び参戦。流川がベンチへと戻ってきた。
安西先生から指示を受け、流川は目を光らせる。その瞳の色は失われていない。ラスト2分に掛ける執念がそうさせたのであろう。事実、仙道が本領を発揮してからの射貫きは鋭かった。

「仙道の動きが変わってきたわね」
「でも、仙道だって息を切らし始めていますよ!」
「そうね。ようやくね」
「……」

隣からタオルが投げられた。同時に上から落ちてきた影を見上げると、威圧感を感じさせる細い瞳がコートを見据えながら口を開く。

「センパイ、そろそろじゃね?」
「流川……。ふふ、ファイト」
「誰に言ってんすか。つーか、よそ見してんじゃねぇ」
「え?」

小さな言葉が聞こえなかったわけではない。けれど、流川らしくない単語に真意を問おうとしても、既に安西先生から流川と桜木に指示が飛んでいた。

試合は秒数を刻み、仙道が流川と桜木を抜いていく。重厚な陵南のディフェンスを断ち切ったのは赤木であり、流川の速攻が光る。身を挺してまでの流川からのパスを受け取った桜木が放ったのは、紛れもないスラムダンクだった。

「まだだ!!」

沸き上がる歓声に、鬼気迫る一閃の声と迅速な対応が走る。仙道の速攻とテクニックによって追加点を入れられた湘北は、敗れた。86−87で陵南高校の勝利という、どんでん返しの多い初試合が幕を閉じた瞬間だった。


 * * *


身支度を整え、両校は互いを称え合う。監督同士が。監督と相手校のキャプテンとが。そして、両キャプテンである赤木と魚住とが力を認め合った握手の反面で、仙道の手を振り払った男がいた。

「ナマエさん」
「仙道……。お疲れさま」
「試合前に声掛けられませんでしたから。遅くなって、すみません」

仙道彰。流川に手を跳ねのけられ、桜木と握手を交わした後に向かった先は、ナマエだった。一部からの視線を感じながら、ナマエは肩をすくめる。正面へと身体を向き直した。

「試合前も何も、遅刻してきたでしょう? ダメよ、大事な試合に遅れるなんて」
「ははっ、痛いとこ突くなぁ。にしても、いつマネージャーになったんです? ナマエさんがマネージャーだって知ってたら、絶対寝坊なんてしなかったのに」

上半身を屈めて視線の高さを合わしてくる仙道。その額を軽く小突きながら「嘘言いなさい」と笑えば、仙道はははっと綺麗に声を出して半身を起こした。湘北のナマエと陵南の仙道とのやり合いに、周囲からの視線がどっと集まる。

「せ、仙道さん! 湘北のマネージャーと知り合いなんですか!?」
「ん? 気になるのか、彦一」
「そりゃあもちろん! 要チェックや!」

ノートを広げてペンを持つスピードが早い。桜木と知り合いだったけれど、一体誰だろうとナマエは首を傾げた。どうやら陵南の1年生らしい。

「俺とナマエさんの関係か。ま、そうだな……言うなら」

ちらり、と仙道の視線がナマエを捉える。試合中に見せた集中力のある瞳とは違った、楽し気な色が見え隠れする。下手なことを言われても面倒だとナマエが口を開こうとした時だった。肩にかけていたカバンを引っ張られたのは。

「っわ……流川?」
「もう時間」

背後を見上げれば、流川の姿があった。けれど、視線はナマエを映してはいない。

「あら、ごめんなさい。私が遅れちゃ世話ないわね」
「分かってんなら早く……ナマエセンパイ」
「はいはい。そう引っ張らないでちょうだい」

流川に引っ張られるまま後退したナマエは、途中だった仙道に対して軽く手を振った。仙道はひらひらと振り返し、未だ鋭く射貫いてくる流川に笑みを深めた。

「その人を乱雑に扱うなよ、流川」
「るせぇ……」

途端、更に後ろへと引っ張られるものだから、ナマエは慌てて体勢を整えた。既に湘北の面々が待っている。彼らに向かって、2人で歩きだした。

「もう、力が強い!」
「センパイが遅いせい」
「ごめんなさいってば」
「なってねぇ」
「わがまま君ねぇ」

不機嫌そうな流川に、ナマエはくすくすと笑った。視線が落ちてきたのを感じて、肩からずれ落ちたカバンを背負いなおす。

「悔しいんでしょう?」
「……」
「私はバスケに精通していないけれど、流川ならきっと超えられるわ」
「……たりめーだ」

prev | next
back

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -