そして、飛躍していく | ナノ

お手伝い要員の臨時マネ

その日、ナマエはクラスメイトの赤木に連れられて体育館へとやってきていた。閉められた扉の奥からはいかにもバスケをやっています、という音が聞こえてくる。目の前に立ち、赤木が先に口を開く。

「頼んでおいて言うのはすまないのだが……」
「なあに、赤木がハッキリ言わないのなんて珍しいじゃない」
「今年は問題児がいてな。何分無礼を働くかもしれんが……いや絶対に働くが、バカだから大目に見てやってほしい」

思わずナマエは噴出した。性格をよく知っているあの赤木が正直にバカと告げたことに、面白おかしくなったのだ。しかも顔が怒りに満ちていたので尚更に。

「でも、赤木が辞めさせないってことは、真面目に頑張っているんでしょう?」
「……うぅむ。真面目とは程遠いがな」

言葉を濁したまま、赤木は扉に手をかける。ガラガラ、と少し重めな音が耳に入る。もしかして錆び付いてきているのではないかとナマエが視線を落とすと、「集合!!!」と巨大な声が上から響いた。

散り散りに練習へ励んでいた部員たちが一斉に足を、手を止めた。そして赤木の元へと駆け寄ってくる。当然、視線はナマエへも向く。

「ゴ、ゴ、ゴリが遂にヒトを攫って来たぞ!! ケダモノめ!」
「誰が攫うか、バカモン!!」
「痛ぇ!!」

目の前で赤い頭部に拳骨が落とされたのを見て、ナマエは思わず口元に手をやる。一発で赤木の言っていた問題児が、彼であることを悟ったのは言わずもがな。

「ナマエさん!」
「お久しぶりっす、ミョウジさーん!」
「ってことはもしかして……今年もッスか!?」
「お前らは……静かにせんか―ッ!!」

がやがや、となる2年生に赤木の大きな声が響く。咄嗟にナマエは耳に手を当ててこれを防ぐと、きらきらと目の輝かせた彩子と目が合ってにっこりと微笑んだ。

「紹介するぞ。こちらはミョウジナマエ。1年は知らないかもしれんが、湘北の副生徒会長及び会計長を務めている」
「どうもよろしくね。2年生はお久しぶりね」
「1年の頃から、各部活の人員が不足しているときにサポーターとして手伝ってくれる存在でもある」
「僕たちも去年、一昨年とマネージャー業を手伝ってもらっていたんだ」

赤木の隣に立った木暮に続いて、彩子もまたウンウンと大きく頷くと「私が入部した時にマネージャー業を教えてくれたのもナマエさんよ!」と声を発した。ナマエとしては、すでに完成しきった彩子にルーチンを伝えていただけであり、教えたという実感はないのだが。

「だが今はマネージャーも彩子さんがいて、人員もこの天才桜木花道がいるから問題ないのでは?」
「お前が一番の問題なんだ、大バカ者が」
「なぬっ!?」

くすり、と笑みがこぼれると桜木は顔を真っ赤にして一歩下がった。赤木には食いつくが、どうやら女性、今はナマエの存在に恥ずかしさが増しているらしい。

「見ての通り、ウチのマネージャーは桜木へ直接指導していて、他の仕事に手が回らん。自分たちのことは自分たちでやるようにしたいが、練習試合も控えているからな。暫くはこのミョウジの力を借りることにした。一同、感謝するように」

練習試合?
初耳だとナマエが問うと、陵南高校との練習試合が決まった旨を伝えてくれた。どうやら相手の高校まで行くらしい。なるほどと小さく頷く。

「1年は各々挨拶しておくようにしろ。終わった者から練習に戻れ」そういって解散した2,3年生の間を縫って1人ずつ、1年生と挨拶を交わしていると、にょきっと目の前に赤髪が顔を出す。

「ハイハイハイ! ボクは次期キャプテン、天才バスケットマン桜木花道です! ナマエサン、アナタにもボクのスラムダンクを見せてあげま――」
「アンタは基礎連でしょ!!」
「ぬぐはっ! あ、あ、彩子さんまでゴリの味方を……!」
「ごめんなさいね、ナマエさん。コイツ貰ってくわ」
「えぇ、頑張ってね。スラムダンクは今度見せてくれると嬉しいわ」
「ナマエさん……!」

彩子のハリセンを食らい、引っ張られる桜木にナマエは手を振っていると、傍から小さな嘆息が届いた。そこへ目を向ければ、とてもスポーツマンとは思えないほどの白い肌が目につく。

「や、流川」
「……うす」

桜木も背が高いが流川も高い。ナマエは見上げながら片手を上げた。練習中だったために汗を垂れ流す流川は、タオルを手にしながら小さく首を動かした。そんな彼へと近づく。

「どう、調子は?」
「まあ……」
「不調じゃないだけ良かったわ。流川の噂、もう届いてるよ?」
「…?」

まだ練習試合もしていない。入部して早々のはずだが、既に流川の顔立ち、部活中のプレーをいつ垣間見たのか、良い噂が度々耳に届いていた。元々中学のころから有名なプレイヤーだったらしい。ナマエは自分のことのように嬉しそうに話すが、対する当人は興味なさげに指先でボールを回していた。

「あ、授業中に寝ぼけて暴れたって話も聞いたぞ」
「邪魔する方が悪い」
「流川は寝るのが好きなんだねぇ。でも、乱暴はいけないわよ」
「……気を付けマス」
「はい、よろしい」

ぽんぽん、と流川の頭――は大変なので腕を叩く。本人は表情は変えないまでもこれを拒絶することなく、頷いた。そんな姿を見て驚くのは無論、バスケ部の面々であり。赤木も思わず手を止めて二度見をしてしまうほどだった。中でも因縁の相手(と一方的に敵視しているだけだが)である桜木が睨みを利かせる。

「ルッ、ルカワの野郎! ナマエさんと距離が近すぎやしねーか!? ねえ、彩子さん! アイツをビシッと叩いてやってくださいよ!!」
「別に叩く必要ないでしょ。……にしても、珍しいわね。流川の奴があそこまで気を許すなんて。初対面じゃないみたいだし」

彩子は体育館の隅で桜木にドリブルを指導しながら、興味深そうに2人を見つめる。初対面ではないにしろ、関係性が気になるところである。ましてやあの流川が。バスケと睡眠以外興味がない流川があそこまで会話する女子生徒はそうそう多くない。

後で2人に聞かないと……!  と、既に彩子の興味はそこへ向かれていた。

「ほら、流川も練習練習」
「ん」
「はい、行ってらっしゃい」
「コラァ! ルカワてめーナマエさんに迷惑かけてんじゃねぇぞ!!!」
「……どっちが」
「あぁ!?」
「フォーム崩れてるわよ、桜木花道!!」

流川からタオルを受け取ったナマエは再び笑みを漏らす。そのまま足はちょうどドリンクを飲んでいる木暮の元へと向いた。こちらも額から汗を流していて、相当動き回ったのだとよくわかる。まだ部活は始まったばかりなのに、中々ハードスケジュールのようだ。

ドリンクから口を離した木暮は、レンズの奥で目を細めた。壁際にボトルを置くと、代わりにタオルを手に取って汗を拭う。ナマエは手渡された流川のタオルを、流川が先ほど飲んでいたと記憶しているドリンクの傍に置いた。

「驚いたな。流川と知り合いなのか?」
「ええ、少し傷を見てあげただけ。それにしても、今年の新人は元気そうね」
「ああ。このメンバーなら、全国もきっと夢じゃない」
「今年最後だものね。限られた期間だけど、全力でサポートさせてもらうから」
「ありがとう、ミョウジ」

ナマエは改めてコートを見渡す。今年は1年生が割と入っている印象だ。果たしてここから何人が、脱落していくのか。部員数が変われば当然、部に必要な「費用」も変わる。

お手伝い要員としてさまざまな部でサポートをし始めたのは、自分がやりたかったからであったが。生徒会執行部の会計係(当時)として、各部活の必要経費を最も間近で観察できるからというのも理由にあった。今年になって副生徒会長と会計長を兼任する立場になるとは思いもしていなかったが、今では各部活へのサポートが息抜きでもあり楽しみでもある。


こうしてナマエがバスケ部の臨時マネージャーとして着任した当日。
既に体は以前の通りに動けていたために、恙無く仕事は進んだ。これにはマネージャーであり後輩である彩子も深く感謝をしていて、積もる話もあるからと近いうちにカフェへのお誘いをしていたりする。主に、流川とのことであると知ったのはその時であった。

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