そして、飛躍していく | ナノ

後に気付く春の風

流川は頭を抱えていた。

「また寝てる、流川くん」
「もう先生も起こさねーもんなぁ……」

寝ている体勢であるが。

「(めんどくせぇ)」

事の発端は、屋上で昼寝をしていたのを邪魔されたことから始まった。気が付けば見知らぬ男たちに囲まれ、気が付けばその男たちを蹴散らしていた。体の節々に痛みを感じながら、そして不快感を抱いたまま立ち去ろうとすれば、次は別の集団が現れて。よく分からない赤髪の男に喧嘩を売られ、拳を返したのは記憶に新しい。病院に行かなくてはと考えながら階段を下ったところで、今度は女に出会い。

『ちょ、ちょっと待ちなさい……!』

そう引き留められて、あれやこれやという間に手当てをされた。頼んだ覚えはないが。

「(なんでロッカーから救急箱出てくんだ……)」

部室ならまだしも教室の。けれどその女の処置は的確で、怪我にも慣れていたように映る。名も知らない女に手を無理やり引かれたままタクシーに乗せられ、病院に連れていかれた。普通、知らない男を病院まで付き添っていくだろうか。

「(つか、金も払われた……)」

正確には「払ってくれた」である。保険証は持ち歩いていたものの、財布の中には十分はお金はなく、女はこれすらをも肩代わりしてくれたのである。ちなみにタクシー代も払ってくれた。頭に包帯を巻いたまま帰宅すれば、予想外にも母親が居て事情を聞かれ

『か、楓どうしたのその怪我!? 病院は行ってきたの!?』
『……知らん女に連れていかれた』
『あ、あんた……お金どうしたの』
『払われた』
『払ってくれたでしょ!? も〜あんたって子は……!!』

その後、がみがみと説教を下され、今朝紙袋を渡されたのである。中には丁重に包装された箱が入っていた。お菓子でも入っているのだろう。

『その人にきっちりお礼と謝罪してきなさい。絶対よ、いいわね!』
『めんどくせー……』
『お金もしっかり返すこと!!』

いつの間にかHRも終わり、机の上に置かれていた待ち望んだ入部届けに明記する。届け出をしたら面倒だが探しに行こうか、そう考えていた流川の耳にざわめきが届く。何でも、バスケットボールの主将と1年生とで勝負するらしい。予期せず届いたとある単語に、屋上で喧嘩をいきなり吹っ掛けてきた男の名前ではなかっただろうかと、重い腰を上げた。

体育館に行けば既に大勢のギャラリーが集っていて思わず、眉間にしわが寄る。コートに立っていたのはバスケ部主将の赤木と、予想通りの赤髪であった。名前は桜木というらしいが。バスケ初心者らしい乱雑かつ幼稚な動きに溜息が零れたが、最後の最後に魅せたスラムダンク――それには目を見張るものがあった。

ギャラリーがこれ以上ないくらい盛り上がる中で、ふと目当ての人間を見つける。一人のようでそっと近付いた。

「……おい」
「え? あら、わがまま君じゃない」
「誰がわがままだ」
「ふふ。アナタ以外いないでしょ?」

熱狂する体育館の中でもその声はしっかりと耳に届く。けれどうるさいことには変わりなく、流川は「きて」と短く声をかけて背中を向けた。後ろからついてくる音が聞こえるから問題ないだろう。

体育館から出て歩き出すと、女生徒は隣を歩き出した。何処へ行くのか当然聞かれたが、これをすべて無視して、自分の教室へと戻る。幸いなことにクラスメイトはおらず、流川は早々に机のサイドにひっかけていた紙袋を手に取った。

「先日は、アリガトウゴザイマシタ」
「なんで片言……って、これ私に?」
「ん」

小さく頷く。女生徒は紙袋の中をちらりと覗き、金封も入っていることに気付いて苦笑する。

「ご丁寧にまぁ……。私が勝手にやったことなんだけど、有難く頂戴いたします」

女性は綺麗にお辞儀をして、そのまま顔を上げるとふわりと微笑んだ。流川は目をぱちくりをさせる。

「怪我は、どう?」
「へーき」
「そう。えっと……流川だっけ」

名前を教えた記憶がない、と言葉を発する前に「病院で呼ばれてたでしょ」とまたもや笑われてむ、と口を閉ざす。不思議と先手を行かれているのが気に食わない……ような、しないような。

「私はナマエ。3年のミョウジナマエです」
「……センパイ?」
「そうね、先輩」
「どうも」

今更目の前の人が年上だろうが流川にとっては大した問題ではないが、念のためにと小さく会釈をすると、面白かったのかくすくすと笑われる。女子の笑い声や黄色い声には慣れていたが、目の前のそれはどこか上品で嫌な気はしなかった。

教室の窓から風が舞い込む。サァッ…とナマエの髪が揺れて、思わず目を奪われた。髪の束を耳にかけるしぐさが何故か印象的に映える。今までこんなことは一度たりとも無かったのに、と流川は小首を傾げた。

「あれ、なんか落ちた……あ」

今の風で机の上に置きっぱなしの紙が飛んだらしい。それを拾ったナマエは小さな声を漏らして、紙を流川に手渡した。それは先程まで自分が記載していた入部届けだ。

「バスケ部に入るんだ?」
「まあ……」
「そっかぁ。尚更、怪我したらすぐ止血しないとダメだぞ、わがまま君?」
「……オイウチ掛けてきたセンパイに言われたくねーっす」

地味に痛かった。と小さく漏らすと、またもやナマエは笑みを深めた。良く笑う人だ。

「主将の赤木、厳しいから頑張ってね」
「余裕っす」
「ふふ、期待してる」
「センパイも、バスケ部?」
「違うよ。生徒会。……あっ、もうこんな時間だ」

生徒会と口に出したことで予定を思い出したのか、ナマエは教室の時計に視線を向けて驚いたように目を丸めた。手にしていた紙袋を掲げて

「私、そろそろ行くわ」
「……マッテ」
「ん?」
「……名前。なんだっけ」

くるりと踵を返して一歩足を進めたその細腕を流川は咄嗟に掴む。自分よりもあまりにも細く、バスケをしようものならパスすら受け取れないんじゃないかと思わせるほどの、細さ。内心驚きながらも、流川は短く問う。

「えぇ、もう忘れたの? んもう、ナマエよ」
「ナマエセンパイ……」
「手が空いたら練習、見に行くね」

じゃ、と改めて別れの挨拶を告げられて、そのままナマエは生徒会室へと向かった。流川は自身の右手をじっと見つめ、暫くして入部届けをポケットにしまうと鞄を手に教室を出る。

そんな、二人の再会。

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