そして、飛躍していく | ナノ

春の訪れ、流血男

4月、春の季節が再び訪れた。
3年目である高校生活が始まり、長い担任からの話が終わって教室中が賑やかになる。同じクラスであることを祝う声。隣の教室へと駆け込む足音。話を弾ませる笑い声が響き渡っている。

教室のちょうど真ん中で女子生徒たちが輪を組んで盛り上がっていると、後ろの席から立ち上がる音が微かに聞こえる。その音に反応して女子生徒のうちの1人が、音を立てた主に対して声を掛けた。

「ね。これからカラオケ行くんだけど、ナマエもどう?」
「ミョウジさんとは初めて同じクラスになったよね!」
「せっかくだし遊びに行こうよ!!」

ナマエと声を掛けられた女子生徒は目をぱちりと瞬かせると、眉を下げて肩をすくめた。

「ごめんなさい。この後は会議なの」
「えぇ〜〜!?  さ、さっそく!?」
「会議って、生徒会のだよね?」
「ええ。カラオケはまた今度誘ってちょうだい」

ふらり、と手を振って軽く挨拶をする。教室を出ようとすると、朝のうちに声を掛けられなかった友人と目が合って、すぐに足を止めることになった。

「やぁ。赤木、木暮」
「殊勝な心掛けだな。入学式から会議とは」
「新入役員が入る前に、今年度の目標を定めることにしたの」
「予算決めでは、去年世話になったね。ミョウジ」
「あら、木暮。私は、公平な判断をしているだけよ」

座っていても驚くほどの威圧感を与える赤木と、その傍らに立つ痩躯そうにも映る木暮に、大きく頷いた。そしてそのまま口を開く。

「バスケ部だって、今日も練習だと聞いているけれど?」
「ああ。赤木もキャプテンとして存分に動いてくれているからな、練習も身が入るよ」
「ミョウジとは結局3年間クラスが一緒だったな」
「ふふ、本当に。赤木の勤勉さには私も負けられないって、力を貰えるから嬉しいわ」
「何を言うか。それはこちらの台詞だ」

ふと腕時計を見下ろして「そろそろ行かなくちゃ」と最後の挨拶を締めようとすると、先に赤木が席を立ちあがった。この巨体に入学当時は驚いたものだけれど、今はすっかり慣れたとナマエは見上げる。

「今年も力を借りるかもしれんが、よろしく頼む」
「僕からも、宜しく」
「私で良ければ喜んで力を貸すわ」

出された自分より一回りも大きな手と握手をしてナマエは教室を出る。ちょうどよく、長針が動いた。

1年目は生徒会の会計補佐として所属。2年目より会計長として生徒会執行部に所属するナマエは、今年3年目は会計長及び副生徒会長と兼任することになっていた。生徒会自体への興味関心の薄れや、他の部活に集中をしたいといった背景があるのだろうが、圧倒的人手不足である。今年1年生が入ってくれればまだ望みがあるけれど……と生徒会室へ向かうナマエの足取りはちょっぴり重かった。

「サンキュ、ミョウジ。助かったわ」
「いーのいーの。それよりもこの後バイトなのでしょう? 戸締りはやっておくわ」
「そこまで甘えていいのかなぁ……。でも助かるぜ!」
「ええ、今年もよろしくね」

会議といっても去年と同じ顔ぶれによる、似たような挨拶から始まる。今年度のスローガンと大まかな計画立てを各役職ですることを纏め、即解散。ナマエは書記と共に議事録を作り、ホチキスに纏める。

先に帰った小さな背中を見届けて、ナマエは書類を胸に抱き生徒会室の鍵を閉めた。鞄を肩にかけて玄関へと向かおうと慣れた階段が視界に入った瞬間、足が反射的に止まり、目も、口も、これでもない程に開かれた。がっつりと。

「……は?」
「む……」

血だ。血を流している男がいる。しかも、頭部から目元にかけて前額部が真っ赤に染まっている。仮面をつけているのではと疑いたくなるほどの量だが、未だ静かに頬へ一筋垂れたことから本物の血液なのである。素っ頓狂な声が出た。

「……どこのホラー?」
「……」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

互いに止まっていた足が動く。流血している男は驚くほど我関せずな無表情で階段を下り始め、更に下の階を目指そうとしているために、慌ててナマエは静止させる。

「なんだよ」
「なんだよ、じゃないの。そんなに血だらけでどうして……ううん、それ以前にきちんと止血しないと」
「……」
「そんな眼をしてもダメよ。痛いんでしょう?」

近付くと見上げなくてはいけないほど高い。あの赤木に近い身長なのではなかろうかとナマエは一瞬思案してしまうが、すぐに髪にも血液が付着していることから目を細めた。いくら心配をしても、細い瞳が反抗的に映る。

「……別に。ほっとけよ」
「やせ我慢しないの!」
「ってぇ!」

思わず手が出て頭を叩くと、当然であろうが痛みを訴える声が男から上がり、はっと手を下げる。そしてそのまま見知らぬ流血男の手首を掴み、歩き始めた。

「おい」
「止血しないと倒れるわよ」
「……オイウチ掛けたの、誰だよ」
「文句が言えるのならまだ平気そうね。ほら、座って」

ナマエは自分の教室の席に男を座らせた。幸いか、他にクラスメイトはいない。各々既に学校を出たらしい。

「それにしてもまぁ……よくこんな傷ついて」

よく見なくても、流血男の頬や腹部も微かに血液が付いていた。どうしたらこんな所に……しかも痛々しい。まるで一波乱ケンカをしてきたようにも見えて、ナマエは眉間にしわを寄せた。

すぐさまロッカーからタオルと救急箱を取り出す。てきぱきと救急箱からガーゼを出して止血をして、その間に傷ついている指に消毒液を吹きかける。痛いであろう微かな声も無視して、淡々とナマエは作業をした。

「今、視界ははっきりしてる?」
「……まあ」
「少なくともアナタ、3年じゃないよね?」
「1年」

新入早々こんな怪我して……!
そう言葉を発しそうになるのを堪えて、ナマエは簡易的に処置を施す。額から流れていると思っていた血液の量は酷く、しかも場所は額というより頭部に近い。救急箱に保管していたガーゼはすべて開封してしまう始末。まあすぐに「頼まれる」ことはないし良いかぁ。と在庫の確認をして、救急箱の蓋を閉めた。

「よし、これでとりあえずは良いんじゃないかしら?」
「……ウス」

頭部から額には包帯を巻き、顔中、指先まで絆創膏だらけ。だけれど、とても良い体格と顔つきをしていたことに気が付く。オマケに自分よりも白いであろう肌。また美麗な1年がいたものだと、ナマエはまじまじと見つめてしまう。

鼻は日本人とは思えない高さを誇っている。まつ毛なんて、女子が羨むほどのふさふさとした長さだ。反発的に映った細い瞳は、言い換えれば男性の力強さを表している。思わずとくりと心臓が鳴りそうになり、ふとビニール袋に赤く滲んだガーゼが山積みされているのが目について我に帰った。

「ところで、この後病院行ける?」
「……」
「親御さん呼ぶためにも、一度職員室に行きましょう」
「いい。1人で行ける」

新入早々で息子がこんな状況だと親も絶叫物であろう。少なくとも一報は入れて方が良いと告げると、流血男は「親今いねえ」と短く答えた。先ほどから淡々と一言二言で言葉を変える彼は、内向的な性格なのか、ただ単に無口なだけなのか。
かといって放っておくこともできず。

「分かった。下まで一緒に行きましょう。タクシー捕まえてあげるから」
「……チャリある」
「ダメに決まっているでしょう? 途中で転倒したら大変よ。やっぱり先生に報告しましょうか」
「イヤだ」
「アナタ……わがまま君? んもう、荷物はどこかしら?」

結局、ナマエは名も知れぬ男を引き連れて、タクシーを呼び止めたのである。
そんな高校生活最後の春が始まった。

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