そして、飛躍していく | ナノ

濃厚且つ悪夢の時間

遅れてやってきたナマエは、鞄の中からクリアファイルを取り出した。それを、優秀軍団として教師役を務める赤木、木暮、彩子へと手渡す。逆に赤点軍団にはそれぞれノートを渡した。

「過去のテスト用紙? 凄いな、ミョウジは1年の分も取っているのか」
「ええ、一応ね。こうして教える機会があったら使えると思っていたの。とは言っても、流石に小テストはないけど、これを参考に問題を作ってちょうだい」
「ありがとうございます、ナマエさん! わ、全部点数いいじゃないですか、さっすがぁ!」
「おだてても何も出ないわよ」

ノートを渡された三井は1枚1枚ぺらぺらと捲っていく。ノートの左側には黒板の写しが書かれているのだろう。空いた右側には、ナマエのメモなのかポイントが書かれていた。隣を見ると、宮城に渡されたノートも同様だ。

「そっちは、当時のノートね。この時期のノートを持ってきたから、多分試験範囲に入っているけれど、問題を解く時に参考にしてみてちょうだい。ノートも十分に取ってないでしょう?」
「ナマエさんすっげぇな……字がキレイ」
「ふふ、褒めてくれるのは嬉しいけど、点数をしっかりと取ってちょうだいね」
「へへ……任せてください!」

と、いうなら最初からお願いね宮城。と言いたいのを堪えて、ナマエは更に鞄の中から袋を取り出して赤木に差し出した。地元の老舗から、水ようかんとまんじゅうを買ってきたのだ。

「要らんと言っただろうに……」
「そうはいかないわ。ご家族で召し上がってちょうだいな」
「すまんな、ミョウジ」
「皆にもデザート用意しているから、一抜けた人から順番に好きなのどうぞ」
「おっ、気が利くじゃねーかミョウジ!」
「ナマエさん、俺はこれが良いです!」
「じゃあ、勉強をまず頑張りましょうね、桜木」
「うッ……」

さて、とナマエは首を回す。基本的には同学年が見るということとなった。今まで学校に来ておらず基礎が危うい三井には、木暮とナマエの2人がつく。宮城には彩子が、そして特に問題の流川と桜木には主将である赤木が構えた。

「俺、ナマエセンパイがいーっす」
「これを解いてから言わんか!」
「……ちぇ」
「出来たぞ、ゴリ!」
「ん? ……なんだこれは!!」

「いいか木暮。俺が殺されそうになったら助けろよ、絶対だ。いいな」
「あ、ああ……だけど、その、後ろ」
「三井。限界を超えるときよ」
「っぎゃぁああ!」

「アヤちゃん、ハイ!」
「どれどれ……やるじゃないリョータ!」
「へへ、アヤちゃんのお陰だよ……」

こうして、赤木家での夜が始まる。
三井は今までの高校勉強の知識は総じてないといってもいい。一からコツコツ教えるのは大変だが、木暮のフォローと三井のなんだかんだといった熱意があって、次第に問題が解けていっていた。

「あら、三井やればできるじゃない」
「これぐらい余裕だ」
「じゃ、次これね」
「おい! そろそろ、休憩……」
「頑張って、三井!」
「……お前、なんか笑顔怖くなったな……」

夕飯をとった後は睡魔が襲ってくる。しかし、寝ている時間はないのだ。この追試を受からなければ、あれだけ夢見た全国での舞台がおじゃんになってしまうのだから。ナマエもまた、赤木と木暮の熱意を知っているからこそ、譲らなかった。

夜は更に深まる。宮城は授業を聞いていないだけで頭が良いのか、はたまた惚れた弱みというやつなのか、作られたテストを次々とクリアしていく。彩子の教え方がうまいのかもしれない。とても良いコンビだと横目で見て、ナマエはそのまま視線をずらす。

三井も積み重ねが聞いてきて、目元が疲れ切りながらも頑張っている。この調子なら次の問題をクリア出来たらもう良いかなぁ、とナマエは考えていた。

「っし、出来たぞ!!」
「どれどれ……凄いじゃないか! ほら、ミョウジも見てくれ!」
「……凄い。ちょっと難しくした問題も解けてるなんて……やれば出来る男じゃない!」
「へっ、まあな!」
「うんうん。じゃあ、これ最後だから」
「最後!?」
「あら、まだやりたかったの?」
「いや、いいです! これやらせていただきます!!」

そして、問題は1年生だった。7つも赤点をとったという驚異の桜木は、先程から何度も頭を叩かれては机に向かわされている。隣に座っている流川に至っては、簡単に寝落ちしてしまい勉強どころではない。バスケが出来ても、ある程度勉学が出来なければ、そのバスケすら出来ないのに。困ったものだなぁと嘆息した。

時刻が深まっていく。遂には宮城と三井は課題をクリアして、ソファで2人共深い眠りについていった。残ったのは桜木と、また寝始めた流川だった。赤木の心臓がいつか疲弊してしまうのではないかというくらい良い度胸である。木暮は泊まることなく自宅へと申し訳なさそうに帰っていき、残った教師陣3人は顔を見合わせた。

「俺はこのバカを自室へ連れていく。すーぐ集中力が欠けてならん!」
「流川はどうするんですか?」
「ミョウジ、お前の言葉が届くならお前に任せたい」
「分かったわ。頑張ってみる」
「頼んだぞ。ほら、来んか!」

赤木に連れられた桜木が悲鳴を発しながら、リビングを出ていく。桜木と赤木がいなくなっただけで、一気に場が静かになった。尚更、男たちの寝息が目立つ。

「流川って、中学でもこんな感じ?」
「はい。授業中も爆睡、爆睡。歩きながらも自転車漕ぎながらも爆睡です」
「でも入学出来たんだし、全く勉強できないってことはないわよね……。ほら、流川起きてちょうだい」
「……む、…ぐ」
「むぐじゃない」

授業を聞いていないから試験に受からないのだろう。三井のように、基礎が抜けているのかもしれない。1年生ならまだまだ取り返しはつくのだ。ナマエは遠慮なく流川の頭を叩くと、鈍い音がリビングに響いた。流川の顎が、綺麗にテーブルへ突き刺さったらしい。

「痛ぇ……」
「他のバスケ部員の心の方が痛いわよ。ほら、勉強よ、勉強。彩子ちゃんとみっちり叩き込んであげるから」
「……ナマエセンパイだけでいー」
「とか言ったらアンタ勉強しないでしょうが! 寝そうになったらハリセン飛ばしてやるんだから!」

目の前にナマエ。後方に彩子である。流川は寝ながらにして、悪夢を見ていた。


 * * *


濃厚な一夜を過ごした翌日。
生徒会室で黙々と仕事をしながら、ナマエはふと窓の外を見た。結果的に言えば流川はしっかりと問題を解けていた。起きた問題児に再び昨夜の問題をやらせても、何とか解けていた。きっと大丈夫……なはずである。

「バスケ部ですけど、旅館はとれたんですよね?」
「ええ。バスは今先方からの返事待ちなんだけど、何か聞いてる?」
「ああ。ちょうど返書が来て予定通りの時間で対応できるそうだ」
「良かった。後は……」
「ん?」
「ううん、なんでもないの」

後は、彼らが受かっているかどうかである。壁に掛けられた時計を見て憂うように息を吐くと、生徒会室のドアが静かにノックされた。一番近い席にいた書記が短い返事をして扉を開け、ぎょっと目を丸める。生徒会室とは縁のないような男がそこにはいた。

「流川!?」
「おお、近くで見るとでけー」
「つーか部活はどうしたんだアイツ」

ナマエは慌てて立ち上がり、生徒会室から出て扉を閉めた。綺麗に外からの視線をシャットアウトさせ、流川を見上げる。

「どうしたのこんな所まで! というか追試は? 終わったの? どうだった?」
「受かった」
「そう、良かったぁ……他の皆も!?」

流川の小さな頷きに、ナマエは力が抜けそうになって扉に背中を預けた。これ以上ないくらいの安堵の息が身体の奥底から零れる。

「わざわざ言いに来てくれたのね、ありがとう」
「……帰り」
「ええ。生徒会が終わったらバスケ部に行くわ」

赤木たちも今頃ほっとしているに違いない。あれだけ頑張った他の皆にも声を掛けてあげないと。

「さ、流川も部活頑張って!」
「……ナマエセンパイ」
「なに……っ」

容易に、口付けが降りてきた。流川の大きな手が頬に触れて、ナマエは慌てて左右を見渡すが運よく誰も居ない。そんな仕草が流川には気に食わずに、ぐっと顔を上げた。

「こ、こら……」
「終わったら、いーつった」
「いいとは言ってないんですけど……」

甘えるなとは言ったが。まあ、同義かとナマエは諦めて微笑む。

「ボールと一緒」
「え?」
「触れてねぇと落ち着かん」
「…そ、そう…」

流川にとってそれがどれほどの優先順位を占めているのか。分かるから、恥ずかしい。ナマエは視線を落としたが、再びぐっと持ち上げられる。高さを考えてという前にまた、唇が触れた。

「行ってくる」
「私も、すぐ行くから」
「ん」

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