そして、飛躍していく | ナノ

問題発生の救世主ら

その日、ナマエは古文の教師に呼び出しを受けていた。この古文の教師である高塙は、生徒会の顧問でもあり学校でも古参での人物だ。IH出場を勝ち取った部活は数組あり、各地で行われるために、今はやれ交通やれ宿泊施設確保と地味に忙しいのである。今日もその調整についてだと聞いていた。

「高塙先生、いらっしゃいますか?」
「やぁ、ミョウジくん」
「あら。赤木に……えっと、皆どうしたの?」

入った自分が空気を読めていないのでは、と思うほどに職員室内が異質な空間だった。朗らかな笑みを浮かべている高塙も、困ったように頬を掻いている。

「ミョウジか。悪いが、お前の用事は後だ」
「え、ええ。それは構わないのだけれど……」

何故か、赤木を筆頭にバスケ部のレギュラー陣がいたのだ。しかも桜木は赤木に頭を押さえつけられている。ふと三井と目が合うと、気まずそうに逸らされ。宮城へ視線を移すと、アハハ……と苦笑いをされ。桜木は押さえつけられたままこちらへ手を振って、赤木に鉄拳を落とされ。最後の流川は、立ちながらにして意識が遠のいていた。

「お願いします、先生方! どうか、どうかこいつらにもう一度チャンスをください!!」

懸命に何かを訴えているのは、赤木だけだった。

「高塙先生、何があったんです?」

IHへ向けて絶好調のバスケ部。メンバーは個々にトラブルメーカーであるのにはナマエも否定しないが、この大事な時期に何かしでかしたとは到底思えない。けれど、赤木のあの必死さ。ナマエはこっそりと高塙へ問う。

「実はねぇ……彼ら、赤点取ってIHへ行けないんだ」
「……はい?」

それが勉学でやらかしたとは、ナマエも唖然とした。思わず視線を赤木へ向けると、悔しそうに、それでいて呆れたように頷く。

「えぇ……? だって赤点4つ以上も取ったってことになるわよ?」
「ナマエサン、俺なんて7つもとりましたよ!」
「自慢するなこのバカモンが!!」
「……な、7つ……」

ナマエは愕然とする。赤点を4つも取る生徒がいるだけでも珍しいというのに、7つとはほぼ全てである。これでは確かにどんなにお願いしたってIH出場が厳しい。けれど、桜木がいないとバスケ部の全国制覇はもっと厳しいだろう。赤木がいかに必死になっているのか、ようやく理解した。ひとり抜けるだけでも厳しい中で、レギュラー陣皆がそうとは……。

「お前がよくやっているのは知っているよ、赤木。だが、追試をしたところでこやつらが受かると思うのか? 授業中寝てばっかりのヤツらばかりではないか!」
「それは……しっかりと、自分が教えます! 絶対にこいつらを受からせますので、何卒お願いします!!」
「しかしなぁ……」

先生方が渋るのも無理はないのかもしれない。勤勉さが売りでもあったバスケ部だったにもかかわらず、今回レギュラー陣は授業中に見事爆睡しているとの情報は耳に入っていた。流川は暴れ出すし、桜木は寝言で叫ぶし、宮城は前の席でも堂々と、三井はポケットに手を入れて教科書すら出していないと聞く。

「お願いします! ほら、お前たちも頭を下げんか!」
「…オネガイシマス」
「オネガイシマス」
「オネガイ、シマス……」
「…む…オネガイシマス……?」

やる気があるようには見えない。先生方からもそう映ったであろう。ナマエは思わず苦笑いを浮かべてしまった。これにはつい口を出してしまう。

「先生方、私からもお願いできませんか?」
「ミョウジ……!」
「ミョウジまで言うのか。そこまですることがあるかね?」
「バスケ部は今年初めてのIH出場ですよ? しかも強豪校を次々に破ったダークホースとして今界隈を賑わせているんです。チャンスを与えないまま彼らを突き放したなんて知られたら、それこそ湘北高校の人気が落ちてしまいます」

レギュラーが出場出来なければ、必ずメディアは理由を探りに来る。そこで赤点をとって追試も出来ませんでしたとは悲しい話だ。まあ、追試して落ちたらそれはそれになってしまうのだが……。ナマエとしても、全国で活躍する選手たちを見たいという強い思いがあった。

「僭越ながら私もサポートを懸命にさせて頂きます。どうか、追試をやらせてはもらえませんか?」
「ま、まあ……ミョウジが言うならなぁ……」
「赤木も本気みたいだし……」

赤木の熱意、そしてナマエの立場。両名の日頃の成績の良さを受けて、教師陣は顔を見合わせた。

「どう思いますかな、小池先生、高塙先生」
「うぅむ……」
「まあ、良いではないですか」
「高塙先生!」
「これを機に、勉強に目覚めてくれるといいですねぇ。ねぇ、小池先生?」
「くぅ、高塙先生に言われてしまってはやらざるを得ませんね」

こうして、バスケ部レギュラー陣は追試を受けさせてもらえることになった。そして、柔道部の青田も追加で参戦となる。

職員室を出ると、心配そうな彩子と木暮がいた。2人の心労も計り知れないものであろう。最も、赤木が一番なのだろうが……。

「ミョウジ、助かった! 本当に助かった! ありがとう!」
「こ、木暮……泣かないでちょうだいよ。私は何もしてないってば」
「いや、お前の声掛けがなければもう少し粘らなければならなかったからな、助かったぞミョウジ」
「赤木……心中、お察しするわ……」
「……すまん……」

職員室の廊下で、三井を除く3年生と彩子とで輪を組んでいると、くいっとナマエの身体が後方へと倒れる。またか、と呆れる間に流川の腕の中に収まっていた。

「あッ!? こらルカワてめぇ! ナマエさんに触ってんじゃねぇ!」
「……負け惜しみ」
「んだとゴラぁ!!」
「落ち着け、花道。羨ましくても、羨ましくてもぐっと…堪え……くそう! 流川許せねぇ!!」
「お前も落ち着かんか宮城!」

流川はナマエの頭部に顎を乗せる。顎が痛いと訴えかけても流川はうんともすんとも言わない。そのまま口を開くものだから、尚更ぐりぐりとされてナマエは眉間に皺を寄せた。

「俺はこの人から教わるんで、合宿はのーさんきゅー」
「バッカモーン!」
「っ痛ぇ……!」
「ッ!? ……あ、赤木ぃ……私にまで、ひどい……痛い…」
「ぬっ!? す、すまん!」

殴られた流川と、伝搬してきた痛みをこらえるナマエに、赤木はぐっと手を沈めた。流川からの手を出すんじゃねーといった視線が突き刺さるが、元々悪いのは流川である。

「はぁ……なんか酷い状況ね。私で良ければ手伝うわよ」
「いや、しかし忙しいだろ……」
「忙しくても、この子たちがIHへ行かないと、頑張る意味なくなるじゃない。先生にも大口叩いちゃったしね」
「うぅむ……」
「賛成ですよ、先輩! ナマエさんだって頭良いんですから、この際手伝ってもらいましょう! 流川のやる気もあがるかも!」

何故か彩子と流川の視線を受けて、赤木は本当に良いのかとナマエへ問う。メンバーがいるとはいえ、泊まり込みでの合宿になるのだ。ナマエはそれでも、大きく頷いた。

「本当に、何といえば良いのか……すまん」
「気にしないで。困ったときはお互い様よ」

そう言いながら、ナマエは流川の頭を叩いて離れた。む、という抵抗の声が聞こえるのを無視して、地味に痛かった頭を摩りながら赤木を見上げる。恐らく赤木のことだから、部活の時間を削ってまで勉強はしないのではないかと考えた。

「生徒会が終わったら一度家に帰って準備するわね。赤木の家でいいんでしょう?」
「ああ、その頃には俺たちも着いているだろう」
「分かったわ。あ、親御さんって何好きだったかしら?」
「要らん要らん。俺が話を付けておく」
「もう、そうもいかないじゃない? 洋菓子よりも和菓子の方がいいかなぁ……」

大人数で人様の家にお邪魔するのだ。さすがに手ぶらは失礼であろう。ナマエは頭の中で何を買っていこうと思案する。ついでに、頭が疲れ切るであろう皆のためにも甘いものを買って行こうと考えていた。そんな中で、宮城が、こっそりと三井に声を掛ける。

「三井さん。なんでナマエさんがダンナの家知ってる風なんです?」
「俺が知るわけねーだろ。あいつら、そこまで仲良いのか?」
「……」
「お。流川の奴、むくれてんぜ」
「子どもだなぁ」

流川からすれば、自分からナマエが離れたのは酷く面白くなかった。後ろの桜木からのほらみろという声も煩わしい他ない。というか、ナマエがいないと落ち着かないのだと、赤木と話し合う彼女へと手を伸ばす。

再び伸びた腕がナマエを捕らえる――前に、後ろに目があるのかと思い程のタイミングで手が叩き落とされた。げっと三井と宮城が顔を青ざめる。桜木は純粋に「おぉ、ゴリのハエ叩き……!」と感激をしているのだが。

「追試受かるまで甘えない」
「………………」
「私、最低限もできない人は嫌いよ」

にっこりと笑顔を浮かべたナマエが振り向いて、腕を組む。その姿に、鬼を見て桜木ですらも硬直した。ひんやり、と廊下が涼しくなる。

「三井も、遅れた分を取り戻させてあげるから覚悟してちょうだい」
「え、いや、俺は木暮に……」
「くどい」
「ハイ……」

赤木は恐ろしい助っ人を手にしてしまった。三井は涙目で天井を見上げた。隣からどんまいと肩を叩かれても、何の慰めにもならないのである。

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