そして、飛躍していく | ナノ

タイミングの悪い男

ナマエが、流川に好意を寄せている1年生たちを論破した。それは瞬く間に校内に広がる。同時に今までの噂は偽りの物であったのだと認識され、ナマエに平穏が訪れるた……と思いきや。

「あ、あの、ミョウジさん。次の授業のプリントなんだけど……」
「ああ、事前に回収するんだったわね。これね、お願い」
「っはい! ありがとうございます!」
「……?」

一部からの対応が、少し変わっていた。目の前の男子は背筋をピンと伸ばし何故か敬礼をした後に、ナマエからのプリントを丁重に受け取ったのだ。思えば、廊下を通ったときも見知らぬ後輩に元気よく挨拶をされた。中には腰を90度綺麗に曲げてくる生徒もおり、その時はさすがにナマエも一瞬足を止めてしまった。一体どうしたというのだろうと目を瞬かせていると、クラスメイトが近づいてくる。

「あんたの昨日の豹変具合に、皆緊張してんのよ」
「豹変? そんなに怖かったかしら」
「怖いのレベルを通り越してたわね。あれならいっそ殴られた方がマシってくらい」
「えぇ、そう……?」

普段温和なナマエの豹変具合。笑顔で受け止め、正論をぶつけ、1人ひとりの穴をついていき、物理的証拠を叩きつける。その一連の流れに、ナマエを敵に回してはいけないのだという認識が、一部には植え付けられたらしい。ナマエは知らないが、途中で話を振られた男子生徒はその夜寝ながらにしてひたすら謝っていたという。

「でもミョウジさんカッコよかったよ! 全然臆してない感じしてたもんね!」
「途中怖すぎて心臓止まるかと思ったけど、いやぁナマエイケメンだったわぁ」
「私に何かあった時には守ってね!」
「ふふ、頑張らせてもらうわ」

次の授業に備えて教科書を取り出したとき、周囲からの目の色が変わったことに気が付いた。口角を上げて、にやにやとしているのだ。嫌な予感がする、一度トイレにでも逃げようとしたナマエだったが、見事につかまった。

「で、あのイケメン流川楓に惚れられている感想は?」
「前世でどんな徳つんだら流川くんに振り向いてもらえるのよ!」
「羨ましいわ〜〜まさか数多の女を魅了するあの流川楓が片思い! しかも年上かぁ、羨ましいわ〜その年上〜! どこの年上だろう〜いいなぁ?」
「ちょっと、もう……」

やはり、流川である。あれだけ公衆の面前で、しかも堂々とナマエへ片思いをしているのだと本人の口から言われれば衝撃は大きかった。廊下で倒れていた人も見かけたし、ショックを受けた人間も大いにいるであろう。

「でも実際どう? 流川くんカッコいいし、バスケも上手いし、何よりかっこいいし、将来有望そうでしょ?」
「絶対付き合った方がいいって! むしろナマエなんで流川くんに片思いさせてるの!?」

確かに流川のルックスはいい。初めて会った時も端正な顔立ちをしていると思ったし、身長だって高く、デキるスポーツマンだ。けれど、そんな彼も授業中は爆睡しているしバスケのこと以外は無頓着であることを、彼女たちは知らないのだろうか。ナマエは苦笑した。

「むしろ何がいけないの!?」
「いけないってことはないけど……」
「ていうかさ、あの子たちが言ってたツンツン頭の男の人って誰!? 知らないんですけど!」
「あ、私も気になってた! 流川くんも気にしてたし、2人の共通の知り合い?」
「他所の学校って言ってたわよね、あの子たち」

恋バナで盛り上がる女子たちを止めるのは至難の業だ。助けを求めようと視線を動かしても、一部では逸らされ、一部では興味津々に輝かせられ、一部では、諦めろと訴えかけてきた。

「実はミョウジさん、彼氏いるとか? 友だちとかいって彼氏だったり?」
「いないわよ。生徒会が忙しくてそれどころじゃないし」
「じゃあ、ツンツン頭って誰なのさ〜!!」
「友だち。はい、以上! チャイムがなりました、着席してくださーい!」
「あーもう、ずるい!!」

ナイスだ、チャイム。と、ナマエは初めて学校のチャイムに感謝をした。

授業が終わり、最後のHRと共に生徒たちに活気が戻っていく。部活へ行く生徒もいれば、帰りに遊ぶ約束をして盛り上がる生徒もいる。そんな中でナマエはカバンを持って立ちあがった。

「あ、ナマエ。今日は生徒会ないの?」
「ええ。貴重なお休みなの」
「じゃあさ、遊びに行こうよ! ほら、いろいろ聞きたいしぃ?」
「その話はしませ……ん?」

途端、教室がざわめく。なんだろうとナマエが入口を見てもそこには誰も居ない。流川でも来たんじゃないかと焦った気持ちを自覚して、いやいやと首を横に振った。甲高い悲鳴と化したざわめきの正体は、窓の外だった。

「ねえ見て、あそこ!」
「遠くからでよく見えないけど、めちゃくちゃカッコよくない!?」
「てか身長高! 細!」
「あの制服、どこ〜?」

どうやら校舎が賑わっているらしい。今日は他校が来る試合の予定、どこかあっただろうか……。そう考えながらナマエは教室を出た。せっかく生徒会もないし、どこかカフェにでもよって優雅な気分でも味わおうかと計画を練る。

「あの人の髪型、面白くない?」
「ツンツン頭……まさか、ナマエ!」
「ちょっと。何でも私に繋げようとしないでちょうだい」
「でもあれ、他校でしょ? ツンツン頭でしょ? ほら、見てみてよ!」
「もう押さないでってば……。はいはい、見てあげるから待って」

腕を引っ張られて窓辺へと導かれる。熱が入った恋に燃える女子は凄いなぁと他人事のように感心しながら窓の外、校門へ視線を向けて思わず愕然とした。

「ね、イケメンだよね〜!」
「あの人だったら紹介してもらおうと思ったのになぁ」
「……」
「あれ、ナマエ? どうかした?」
「いや、なんでもない。ほら、うんやっぱり違うわよ。私、帰るから。じゃあね」
「あ、こらナマエ逃げるな〜! 事情聴取はこれからよ!!」

仙道だ。仙道彰がいた。
ナマエは内心で慌てながら、落ち着いて玄関で靴を履き替えた。きっとあれだ、湘北のバスケ部にでも用事があるのであろう。それにしても何てタイミングの悪い男なのだろう。あまりのタイミングの悪さに無視をしてしまいたくなるが、あそこでずっと立たれていても注目が集まって迷惑がかかるだけである。早急に体育館の場所だけ教えて、ナマエは帰ろうと考えていた。

考えていたのだが、やはりタイミングが悪い男だった。

「お、ナマエさん。ようやく来た」
「…………」
「ちょっとほらー! やっぱりナマエの知り合いじゃない、ツンツン頭!」
「ツンツン頭って……はは、俺のことですか?」
「きゃーかっこいい!! 嘘でしょ、ナマエ。こんなイケメンと知り合いってアンタだけどうして!?」

ナマエのサイドからひょっこりと顔を出す友人の、飛び跳ねるようなテンションをもろともせずに仙道は爽やかに笑う。それが尚更、彼女たちの心を昂らせた。

「私、彼を体育館に案内してから帰るわ」
「え? いや、ナマエさんに会いに来たんですよ?」
「きゃーっ!! 凄い凄い!」

何がだ。ナマエは顔を覆って、友人たちをしっしと追い払う。彼女たちは楽しそうに声を弾ませながら「明日話聞かせてよね!!」とちゃっかり仙道に手を振って帰って行った。それでもなお、校舎からの視線が集う。

「……とにかく、場所を変えてもいいかしら」
「もちろん」

ナマエは溜め息をついて歩き出す。その隣を仙道が並べば、どよめきが湘北の校舎を響かせた。本人にとっては嬉しくないが、ナマエは連日湘北で話題の人物となる。

場所を変えて、元々行く予定だったカフェへと入る。奥の座席に通され、仙道を向かい合った。仙道はいつものように穏やかな笑みを浮かべている。

「へぇ、よくここに来るんですか?」
「まあね。で、仙道。アナタ何しに来たのよ」
「何しにって酷いなぁ。せっかくナマエさんのために来たのに」
「部活は」
「体育館ワックス掛けのため今日はなしです」
「授業は」
「早く終わったんですよ。あ、サボってないですからね。サボったらナマエさん、怒るでしょ」
「当たり前でしょう……」

頼んだアイスコーヒーが運ばれてくる。仙道は今日の暑さを訴えながらストローを咥えた。そのまま見上げてくる仕草は、やけに色っぽく見えてナマエは視線を逸らす。そして、気付かないふりをしてナマエもまたアイスコーヒーを飲んだ。

「ま、ナマエさんに会いたかったからってのもあるんですけどね。ホラ、前出かけた時に凄い顔した女の子いたでしょ」

昨日の流川のファンである。

「あの態度は普通じゃなかったし、ナマエさん何か巻き込まれてんのかなって思ってさ」
「仙道……」
「気になるとどーにも止まらないんですよ、俺。知ってました?」

にこやかに笑う仙道の言葉に、ナマエははっとする。あの時は誤魔化したし、既に昨日解決した事件ではあるのだが、仙道はたった一度のそれを気にかけてわざわざ湘北まで来てくれたのである。ナマエは力抜けたように笑った。

「お人好しねぇ……」
「あれ、そうきた? 俺としては惚れてもらっていいシーンだと思うんだけどなぁ」
「残念でした。惚れないし、解決もしたわ」
「解決ってことは、へぇ? やっぱりなんかあったんだ」
「……」

まるで待っていました、と言わんばかりに仙道が口角を上げた。

prev | next
back

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -