そして、飛躍していく | ナノ

逞しい精神力

ナマエは未だかつてない程に深々しい溜息をついた。これには周囲のクラスメイトも心配そうに眺めてくる。先日の流川が3年のフロアまで来た件もあり、もしやその影響を既に受けているのかとも考えた。

「ねえ。ナマエ、大丈夫?」
「もしかして流川親衛隊にもう苛められたり……!」
「や、違うわ。平気。別のことで少し悩んでいて」

発端は同一人物なのであるが、ここで流川の名前を出せば更に面倒なことになる。

「生徒会のこと?」
「何かあったらいつでも相談してよね! 私たち、ナマエの味方だし……ほら、クラスの皆だってそうだから!」

友人に言われ教室を見渡すと、男女問わず大きく頷いてくれる。これだけ頼もしいと、親衛隊からのやっかみを買ったとしても精神は逞しくいられそうだ。ナマエは笑いながらお礼を告げた。ふと、赤木と目が合う。その瞳にも心配の色が見られていて、大丈夫だと口元を動かした。

ナマエは頬杖を突きながら、手元へと視線を落とす。あの、流川楓が……自分に好意を寄せていると告げてきた。興味があるのだと言ってはいたけれど、まさかそれが次は恋愛としての好きを伝えてくるなんて誰が想像できるだろうか。校内中と言ってもい程の女子から見事にモテて、何故その中で自分に目を付けたのだろうか。

「(分からない……)」

ただ、流川が冗談を言う男ではないのは分かる。簡単に許したキスの感触が今でもはっきりと理解できた。初めて奪われたときは、比較的容易に切り替えられたのに、今回は熱い感情が乗っかっているために脳裏に焼き付いて離れない。

そもそも、自分は流川に対して気に入られるようなことはしていないはず。初対面の時だって無理やりしたことであり、その後再会した時も……いや、割とその時点で彩子に驚かれたことを思い出す。分からない。一体何が彼を刺激したのかが。

気が付けばあっという間に放課後となり、生徒会の仕事へと着手していた。各部活、目覚ましい成果を次々と残している。柔道部のIH出場も大々的に弾幕を貼ることとなり、発注を終えたところである。

生徒会室の窓から外を見る。きっと今頃、バスケ部員たちも懸命に練習へと励んでいるのだろう。流川もまた……とナマエは首を横に振った。どうしてこうも流川のことばかり考えてしまうのかと再び息を吐く。可愛い後輩、むしろ生意気な弟程度にしか見ていないはずなのに。

ナマエはずるずるとその後も悩み続けていた。その間、流川からのコンタクトは一切ない。代わりに、少しずつだが嫌な視線を感じてはいた。ああ、来たか……とナマエは放課後の生徒会室のカギを閉める。影がふっと降りた。

「副生徒会長」
「話があります!」

後ろを振り向くと、女生徒が5人。
5人もお出ましかぁとナマエは他人事のように心の中で呟き、見慣れない後輩たちに向き合った。

「どうしたのかしら。もう放課後よ、早く帰らないと」
「その前に、聞きたいんですけど!」
「流川くんとどういう関係なんですか!?」

やっぱり。さて、ここで素直に流川に告白されましたと言ったらどんな劇が始まるのだろう。興味がないわけでもないが、相手の神経を逆なでする行為だと分かっているので出来ない。

「どういうも、ただの知り合いよ」
「流川くんが副生徒会長に会いに行ったとか!」
「流川くんが恐喝とかありえませんし、告白したなんて嘘の噂まで流れてるんですよ!」
「こんな大事な時期に、変な噂は良くないと思います!」

まあ、それはごもっともである。恐喝やら告白やら、お菓子を強請りに来ただけでどうしてそこまでの屈曲した噂に変化するのだろうか。ナマエは困ったなぁと女子生徒たちと向き合ったまま、微笑んだ。

「確かに、変な噂は良くないわね」
「ですよね! 副会長が各部活で男漁るのは勝手ですけど、流川くんの邪魔だけはしないでください!」

なんだそれは。
ナマエの口角がぴくりと震えた。なるほど、次はそう来たかとなる。去年も、人気者のサッカー部員へ色目を向けているのだとやっかみを買ったことがあったのだが、遂にはそんな解釈までされているのか。勝手に言わせておけと気にしないでいたが、少しだけ悲しくなった。

「じゃあ、失礼します!!」
「失礼します!!」

どすどすと可憐とはほど遠い足音を立てて女子生徒たちは立ち去っていく。言いたいことだけを言い放って本人たちは清々しただろうが、ナマエからしてみればどっと疲れが押し寄せてきた。結局喋ったのは5人中2人である。女とは面倒な生き物だと、我ながら嘆息した。

そんな彼女たちの背中を見つめていると、角から三井が出てきた。その表情は険しく、しまったとナマエは咄嗟に踵を返したのだが。

「おい、なんだあれは」
「……聞かなかったことに」
「できるわけねぇだろ! お前、まさかあいつらに苛められてんじゃねぇだろうな!!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて……!」

どすどすと、次は大地震でも起こりそうな勢いで三井が近づき、両肩を掴まれる。慌ててナマエは首を横に振った。

「だいたいなんだ、あの言い方は! ミョウジの力をあいつらだって借りてんじゃねぇのか!」
「こらこら怒らない」
「お前も言い返せよ!」
「言い返したら、彼女たちがもっと逆上するでしょう?」
「変なところで大人ぶってどうすんだ!」
「大人ぶってないわよ、最後はさすがにイラっとしたんだから」

ナマエはふぅとため息を吐いて、自分よりも怒りを爆発させている三井を見上げた。自分よりも遥かに激情している三井のお陰で、冷静な自分が戻ってきた。

「ところで、三井練習は?」
「あ? あぁ、もう終わったよ。忘れ物したから取りに来たんだが……」
「あら、偉いじゃない」
「お前は俺を何だと思っていやがる!」
「授業中寝てるって聞いてるわよ」
「ぐっ……!」

三井は急いで教室へと戻っていき、忘れ物とやらを取りに行った。「勝手に帰んじゃねぇぞ!」と勢いよく指差され、大人しくナマエはその場で待機している。職員室に鍵を届け、そのまま三井と玄関を出た。

「ここを見られたら、次は三井センパイの邪魔を〜〜って言われるわね」
「……やっぱり、流川か」
「さぁ?」
「ったく、アイツもアイツで何やってんだ」

短くなった頭を掻きながら三井が呆れたように言葉を漏らす。当然、彼の元へも噂話は届いているようだ。木暮から事の真相も聞いたらしく、子どもかと口を尖られて文句を言った。ナマエから見れば、三井も図体が大きい子どもに映ったのだが、口を閉ざす。

「三井が思ってるより、私気にしてないわよ」
「はぁ!?」
「去年だってサッカー部の部長を垂らしこんでるって、彼女さんから呼び出されてこともあったもの」
「お前なぁ、当たり前のように受け取ってんじゃねぇよ!」
「年々精神力が鍛えられていい経験だわ。腹は立つけどね」
「ったく……手は出されてねぇんだろうな」
「……ええ」
「嘘だろ、絶対」

三井にナマエは薄っすらと微笑んだ。去年のことを今更どうこう言うつもりはないが、過激的なセンパイがいたのは事実だった。

「三井、私って結構性格悪いのよ」
「あ?」
「暴力で訴える人間は外堀から潰す」
「は……?」
「くらいな勢いで、先生やクラスメイトでしょう? 後はサッカー部の部員たちを味方にしたから平気よ」
「…………」
「音声録音して警察に届けるって言ったら頬叩かれたけど、以降は音沙汰なかったもの。後はサッカー部の部長も踏まえてしっかりと面談したから」
「…………結構やるな。逆に襲われねぇのか」
「なんとかね」

三井の顔色が悪くなるのを感じて、ナマエはくすくすと笑った。ナマエは図太く、そして逞しくもあった。勿論、去年初めて受けた恐怖体験は忘れられないが、違法な手順で悪質な言動を繰り返す相手を、真正面から受けたり、ましてやありがちな自分だけが抱えるといったこともしなかった。ある意味で、あくどい女でもある。卑怯者と罵られたが、それを気にも止めずに、どっちがだと吐き出した過去を思い出した。

「ただ、あの子たちの言うことも正しいわね」
「あぁ!? どこがだ!!」
「この時期に、変な噂が立つのは良くないでしょう?」
「あの鈍感がんなこと気にするタチに見えるか」
「……まあ、そうだけど。流川自身よりも、バスケ部としてよ」

せっかく波に乗ってきているのに、たかが自分のためにバスケ部にまで変な噂の矛先が言ったら、今の良い勢いを止めてしまうかもしれない。ナマエはそれを心配して言ったのだが、三井は真剣な眼差しで「アホか」と言葉を吐き出す。

「結果残せばいい話だろ。それで黙らせる」
「……三井って、格好いいことまだ言えるのね」
「だからお前は俺を何だと……つーか、まだってなんだ!」
「ふふ、ごめんなさい」

くすくすと口元に手を当てて笑うと、三井が小さく嘆息して足を止める。ナマエもまた釣られるようにして足を止めると、真摯な瞳を受けた。

「何かあったら言えよ」
「……ええ、お願いね」

三井がとても、頼もしく映った。初めて会った時のような強い意志を感じ取って、ナマエは自分がどんなに心配をしてもらえているのかを痛感する。それは同時に、喜びももたらした。
そんな男をじっと見つめていると、影から勢いよく何かが現れて

「痛ッッてぇ!!!」
「あらまあ……」
「……滑った」
「嘘つけゴラァ!!!」

バスケボールが三井の足元を転がる。なんてアクティブなことをする子なのだろうかと、ナマエは噂になっているその男に視線を向けた。

「凄い挨拶ね、流川」
「……何してんスか」

二人で。そんな副音声が聞こえてきそうな威圧的な声色。思わず苦笑してしまう。三井は「謝れよ!」とボールを投げ返すが、流川の表情は変わらない。無表情なのだが、目が怖かった。

「だいたいテメェのせいだろうが!」
「む?」
「まあまあ。せっかくだから途中まで帰りましょうよ。ほら、流川もおいで」
「うす」
「犬かっ!」
「誰が犬だ。……ケダモノ」
「襲ってねぇよ!! むしろお前に襲われたんだよ!!」

そこでナマエは初めて知る。いつも流川と通る帰路は自分だけのものであり、流川の家は全く違う方向であるということに。流川は余計なことを言うなと三井の膝を蹴ったが、三井は仕返しとばかりにニヤニヤと告げてきた。ナマエは流川が不器用で、それでいて優しい男なのを再認識するのである。

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