そして、飛躍していく | ナノ

お勉強のお時間

三井とナマエが微笑み通じ合っている中を切り裂いたのは、案の定桜木であった。綺麗に空気を読めない桜木は、三井の首元を締め付けに飛びかかる。苦しい声を上げながら抜け出そうとすればするほど、桜木からの締め付けは強くなっていった。これにはナマエも目を丸めて動けない。

「な、なんて奴だミッチー! ナマエさんが許しても、この桜木花道が許さん!!」
「ぐっ……なんだ、急に! 離せ!」
「いいや、三井さん。今回ばかりは俺も花道につくぜ」
「なに!?」

いつの間にか宮城までが近付いてきて、必死に呼吸をしている三井の肩を叩いた。宮城の瞳は何故か涙ぐんでいる。気が付けば桜木も涙を流しており、これには三井がぎょっとした。

「健気なナマエさん、なんて可哀想そうなんだ……。ずっと待たせていた女性にあまつさえ手を出すなんて、そんな男だとは思わなかったぞミッチー!」
「ミッチー言うな! つか、おい…ぐっ、苦しい……!」
「バスケ部を手伝いに来てくれる度、ナマエさんは嫌でも三井さんのことを考えなくちゃならなかったってことだろ? …うぅ、くっ、な、泣けてきて…ぅうっ」
「お、お前ら…なんか勘違い……おい、ミョウジ助けてくれ!」

三井は勘違いをしている2人に気が付きナマエへと助けを求めたが、更に2人を激情させる。遂にはコートに転がりあってプロレス技を決められていた。これにはナマエも苦笑してしまう。感動が台無しである。ここで三井にお陀仏されては困るため、ナマエはしゃがみ込んで桜木と宮城の肩を叩いた。

「ありがとう、2人とも。でも違うのよ」
「ナマエさん、まだ庇うのか! くっ、三井さんアンタって奴は……!」
「こんないい人を振ってまでワルの道に行っちまうなんて!!」
「だから違うって言ってんだろ!!」

ようやく解放された三井は、咄嗟に2人から距離をとる。再び食いつこうとしてくる野獣に向かって、ナマエはおおらかに笑みを浮かべて事の発端を話すこととなった。

三井の過去は常に他人によって綺麗にバラされる。
ナマエの頬を殴ったという件では、桜木と宮城のみならず、バスケ部員からの避難の目が一斉に襲い掛かり、三井は酷く窮屈な思いをすることとなるのだが。

「ま、まぁ2人とも落ち着けよ。三井だって反省して、ミョウジも気にしていないんだ。お前たちが怒ったって仕方がないだろう? さ、もう練習は終わったんだ。片づけをして着替えるぞ」

事態は、苦労人木暮によってなんとか収拾された。赤木と木暮の声掛けにより、バスケ部員たちは散り散りになる。その間にも桜木と宮城によって三井は攻められていた。赤木の鉄拳が落ちる最中、コートやボールを磨く後輩の姿の中に流川がいた。ふと視線が絡む。

「……」
「……」

その表情は普段と変わらない無表情で何を意図しているかは分からないが、恐らく見学に誘ったということはこの後もあるのだろう、とナマエは再び体育館の隅に戻る。

結果として、放課後の練習を体育館で行うことはなかった。着替えた流川が、少しぼろぼろになっている自転車を押して裏から顔を出してきたのだ。ナマエは慌てて靴を履いた。そんな姿を見ていた部員たちはまたどよめいていたが、その内容を2人は当然知らない。

流川が歩いているのはいつもの帰り道ではなかった。何処へ行くのかと聞いても、流川はうんともすんとも言わない。初めの声掛けの時だけ視線を向けてこそ来たが、以降は視線すら合わなくなっていた。

諦めて着いていった先には、バスケのゴールが1つだけ設置されている小さな練習場であった。フェンスに囲まれた場所は、今は人の影すら見当たらない。穴場なのだろうか。

「パス」
「はいはい」

ようやく口を開いたかと思えば、手持ちのボールを投げて寄越す。ナマエは貰った瞬間に流川よりも少し遠くへとすぐさま放つ。まさか突然やられるとは思っていなかったのだろう流川の目が小さく見開くと同時に、持ち前の運動神経で咄嗟に反応して食いついた。そのボールはしっかりと役目を終え、見事にリングを通って地面へバウンドしていた。

「せこい」
「取れたんだからいいじゃない」
「次、お願いします」
「うん!」

ナマエはこの瞬間だけ、自分が幼くなったように感じていた。勿論、今だって子どもであることには変わりないのだが、喜怒哀楽が激しくなっていることを自覚している。どこへ投げても流川は確実に取り、それがあらゆる軌道を描いて最後にはシュートへと持ち込まれる。そのシュートの種類も多種多様だ。少しだけ、遊びの感覚もあった。こんなことを知られれば、流川や他のバスケ部員たちに怒られるかもしれないかもしれないが。

ただ単純に投げるだけではなく、時に強くバウンドさせるようにと流川に指示を貰う。自分自身もいろんなやり方で楽しめて、流川の自主練習にこうして付き合うのは楽しくもあった。久しぶりだから、尚更であろう。

開始30分ほど黙々とそんなやり取りをした後は、流川が1人で練習を始める。何もない空間ではあるが、流川の目には確かに倒すべきライバルたちの姿が立ちふさがっていた。それを、ナマエはただじっと見ている。初めてバスケを美しいと思った三井のシュートのように、流川の動きもまた美しいと感じていたからこそじっと見ていることが出来た。

ある程度経過すると、ナマエは立ちあがった。来る途中に会った自販機へと足を進めたのだ。流川は当然、気が付かない。学校での自主練習の時も、そうだった。

「フー……」
「休憩入る?」
「あぁ。……む。要らねーつった……」
「身体には要るでしょう? 遠慮せずに貰ってちょうだい」
「……あざす」

いつだって流川はナマエの買ったドリンクを遠慮する。学生ともなれば自販機で買う飲み物代1つだって貴重だ。流川もまたバスケ用品を買うために貯めている身だからこそ痛感している。のだが、ナマエは買っては流川に渡していた。それはある意味で、練習を見せてもらったお礼と、彼への激励だった。

幸いベンチがあり、そこに流川はナマエの隣へとどっさりと座り込む。タオルを首にかけ吹き出る汗を拭う。コートにいる間は何も考えずに無心と励んでいたが、ふと脳裏に先の出来事が過ぎった。

『はは。そんな嫉妬心剥き出しで言われても説得力ねぇぜ、流川』

三井からの言葉。初めて耳を通過した感情の名前。それは、次いで口から出てきた恋愛というものに精通するのだろう。バスケにおいて流川は嫉妬をしたことはない。誰かを妬む暇はない。自分が懸命に努力すればいいだけなのだから。だから、嫉妬という感情がどういうものかは分からないが、この面白くないと感じるのはそれなのだろうか。

「流川、汗冷えないようにね」

ナマエの口から語られた三井との馴れ初めも、流川にとってはただの面白くない話だった。三井がナマエを叩いたというところでは、思わず手に力が籠ったが……思えばそれも何故なのか。それも、嫉妬というものなのか。であれば、自分は本当に恋愛というものをしているのだろうか。

流川は、羞恥をある意味で知らない男だった。

「恋愛って、なんすか」
「……は?」

初めて流川と会った時のような声がナマエの口から出る。それは、現実なのかと疑い声であり、ナマエは目を何度も目を瞬かせた。それが流川を更に不機嫌にさせる。口を尖らせながら再度流川は食いついた。

「センパイも言ってた。好きなのかって。恋愛とか好きとかそーゆーのは分からねーから教えて…クダサイ?」
「疑問形で言わないでちょうだいよ」

ナマエは呆れたように笑う。本当にころころと色々笑う人だと流川は感じ、またこれも恋愛とやらの一種なのだろうかと首を傾げた。ワケがワカラン。

「恋愛語るって哲学語るようなものだと思うんだけど」
「テツガク……?」
「ふふ、簡単に言えば難しいってことよ。好きという感情だって、異性に対しての好きとただ単純に自分の好み……お気に入りって意味もあると思うしね」

自分のお気に入り……。流川が考え出したのを察したのか、ナマエは指を立てた。

「流川はバスケが好きでしょう?」
「ん」
「その感情が、人に向くのが恋愛なのかしら」
「……人……」
「バスケで一番になりたいように。その人にとっての一番になりたいとか」

流川は心のうちでナマエの言葉を復唱した。確かに、バスケは誰にも譲りたくない。バスケの時間も、スキルも。それが、人?

「その人と居る時間を望んだり、相手のことを知りたかったり、例えば触れたいと感じたり」
「……触れたい」

ある。流川はナマエへ対して、その感情を抱いたことが確かにあった。それが、キスへと繋がったのだが、あの時は決して理由失くしてやったわけではない。目の前の女性への興味が昂り、どこか引き寄せられたのだ。理由がないわけではなく、確かな好意があって……と、流川は思考が停止した。自分を振り返ったときに確かに出てきたのだ。「好意」という単語が。

「好きな相手が、他の人と喋っていて面白くなくなるっていうのも、恋愛だと思うわ。ヤキモチよ、ヤキモチ」
「……ヤキモチ……シットシン?」
「そうそう。よく嫉妬の行き過ぎで別れるカップルだっているって言うじゃない?」
「しらねー」
「……そうでしたね」

流川はふぅと短く息を吐いて、ナマエが買ってきてくれたドリンクの残りを飲み干した。なるほど、シットシンはヤキモチで、ヤキモチは面白くなくなる……。段々繋がっていって、流川は空になった缶を投げる。綺麗に弧を描き、所定のゴミ箱へと綺麗に入っていった。隣から拍手が聞こえる。

「にしても流川からそんな言葉飛び出すなんてびっくりよ。バスケ部の皆に言ったらひっくり返るんじゃない?」
「ヤメロ」
「ふふ、もちろんしないけれど。私だって彩子ちゃんに捕まるもの」

面白くない。それは、仙道や三井に対して大きく抱いた感情であり、今は目の前のナマエにさえ抱いた。今の言葉は所謂自分への興味のなさにも繋がっているわけで、ここまで話しておいてそれを聞くのかと流川は嘆息した。

prev | next
back

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -