そして、飛躍していく | ナノ

初めての美しいシュート

ナマエが三井と出会ったのは、高校1年生の春である。
生徒会の仕事に徐々に慣れ始めた頃、松葉杖をついた生徒を見かけたのだ。1本の松葉杖で左足を支えていた三井の横を通り過ぎた時、ちょうど彼の肩からカバンがずれ落ちた。

「あ、ごめんなさい」
「いや、俺こそ悪い。悪いついでに、とってもらってもいい……ですか」
「ふふ、私も1年だから敬語はいらないわ、三井」
「なんで俺の名前知ってるんだ?」

三井寿の名前は既に知っていた。クラスメイトにバスケ部員がいて、彼が三井を酷く慕っていたのを知っていたのだ。しきりに三井は中学時代のMVPプレイヤーなのだと、クラスメイトにも自分のことのように自慢していたから。だけではないのだが、覚えていた。

「有名人だもの。はい、この位置でいいかしら」
「ああ、さんきゅ」
「怪我早く良くなるといいわね」
「当たり前だ! すぐに全国制覇してやるぜ!」
「……全国……?」

生徒会で先日、各部の成績を教えてもらっていた。それによって必要経費も変わるのだと指導を貰っていたからである。湘北のバスケ部は、監督こそ安西先生という素晴らしい人物であるが、全国は夢のまた夢だと聞いていた。それを、三井は全国が目標だと高々と言い放つ。

「なんだよ、おかしいのか……!」
「ううん、違う。三井ならきっと出来るわ。クラスメイトのバスケ部員だってアナタの帰りを待っていたもの。期待の表れよ。湘北初の全国制覇、応援しているわ!」
「あ、ああ……任せとけ! って、なあ、アンタ名前は?」
「ミョウジナマエ。生徒会に入っているの。三井が戻ったときには、試合見に行くからね!」
「ああ! 特等席用意しといてやるよ!」

それから数日後だった。三井が再び病院へ入院となり、以降バスケ部に姿を現さなくなったのは。以降、三井と会うことはなかった。クラスメイトもバスケ部を辞めたのだという。そんな中で、赤木だけがひたすらに燃えていることも知っていた。そして木暮との会話で全国制覇を目指していることもすぐに分かり、その度に三井を思い出した。純粋で、全国を視野に入れている強い瞳が、印象的だったからだ。



そんな彼と再会したのは、秋の出来事である。酷く寒い夕暮れ時。生徒会の仕事を終えて、初めて他の部活のヘルプに行った帰り道だった。

寒さに身体を震わせながら帰路を歩んでいると、目の前にゴミ箱と共に人が飛んできたのだ。人……人!? と、ナマエは思わず腰を抜かしそうになった。足元に、ゴミ箱から流れてきた空き缶が転がってくる。

「うぁ…う、ぅ……」

飛んできた男は顔中傷だらけで、鮮血を流している。ナマエは口元に手を当てて、一歩下がった。既に男の意識はないようで瞼も開かない。一体何があったというのだろうかと、飛んできた先を見ると、別の男が傷を負いながら立っていた。

「……三井……?」
「あ? ……誰だてめぇ……」
「……」

そこにいたのは、更に髪の伸びた三井だった。初めて会話をした時に映った純粋な瞳は霞み、人を殺さんばかりの殺気を帯びている。ナマエは、人並みに恐怖を抱く人間では勿論あったが、図太くもあった。

「生徒会の、ミョウジナマエ。前に一度だけ会ったことあるんだけど」
「……」
「ケガはもういいの?」
「……せぇ」
「もういいなら、戻ればいいじゃない」
「うるせぇ! 関係ねぇヤツが勝手なこと抜かすな!!」

壁を勢いよく叩きつける。そこからつぅっと流れる血は、三井の苛立ちを表していた。ナマエは目を瞬かせて、瞼を伏せる。大事な手を粗末に扱う三井に、あの時の夢はないのだとここでようやく理解した。それまでは、バスケ部を辞めたクラスメイトの言葉もどこか信じていなかったのに。

「……中学時代に、一度だけバスケの試合を見たことがあるの」
「なんだよ、まだ俺を苛立たせるつもりか!」
「その人は、ピンチでも執念深く点を取りに行って、チームメイトを勇気づけて、勝利に向かって全力で走って……本当に、楽しそうに試合をしていたわ」

今でも覚えているのだ。あの土壇場での試合を。諦めずに食いついていった、自身に満ちた選手の姿を。そしてその人は、最後に

「その人は、最後の最後で、とても綺麗なシュートを決めたわ。試合の逆転となった最後のシュート。あの瞬間に初めて、バスケというスポーツが美しいと思ったほど、華麗なシュートだった」
「それが何だって言うんだ! もう失せろ、気分が悪ィ!」
「三井、アナタよ」
「っ……」

それが、三井寿だった。中学でMVPを勝ち取った男の試合を、見ていたのだ。だからこそ、三井の湘北での全国制覇を心から応援していた。あのような試合が見られるのだと、わくわくしていた。それ故に、密かにショックを受けていたのかもしれない。

「また見られると思っていたけど、違うんだ」
「バスケバスケって……てめぇまでうるせんだよ!」

肩を押され、倒れそうになるのを何とか堪えると、恐ろしい形相の三井が眼前に迫っていた。視界の隅で失神している男のようになるのかもしれない。

「もうあんなのは関係ねぇ! 俺には、……俺には関係ねぇ! 何が綺麗なシュートだ、くだらねぇ!」
「赤木は、全国を目指している」
「!」
「木暮だってそう。辞めた部員もいるみたいだけど、三井の同期はまだ同じ夢を――」

頬に、衝撃が走った。あまりにも強い力に、今度は身体を支えることがなく倒れ込む。カバンが、道の隅へと滑って行った。

「二度と言うんじゃねぇ!! 俺の前に、二度と立つな!! 次やったら殺すからな!」

そして、三井寿は踵を返して夕暮れの奥深くへと消えていった。次にナマエの耳に三井の名前が届いた時には、彼は不良のグループのリーダーとして悪事に身を染めている事実であった。


 * * *


2年の月日が流れて、今、バスケコートにその三井寿がいた。
練習が終わった直後、汗を拭うこともなく三井はナマエへと近付き、向き合う。これには視線が集中する。何の接点もないと思っていたからであり、一部はナンパかとはしゃいでいた。桜木なのだが、綺麗に赤木からの頭突きを食らうことになる。流川だけが深く皺を寄せた。

「……ミョウジ」
「三井……。ふふ、その髪型似合っているわ」
「あ、ああ……さんきゅ」

背後の部員たちからはざわめきが飛び交うが、三井はこれに構うことなく、勢いよく頭を下げた。

「すまなかった、ミョウジ!!」

体育館に、大きな声が響く。しーん……と静まり返ったのは一瞬で、固まった部員たちは声を潜め合った。

「み、ミッチー……?」
「なんだ三井さん……ナマエさんと何かあったのか?」
「ま、まさか元カノとか!?」
「ナヌゥ!? ミッチーとナマエさんがそんなイカガワシイ関係なわけ……な、ないですよね、彩子さん?」
「さぁ……。私も、2人が知り合いだなんて知らなかったから。そうなんですか? 木暮先輩、赤木先輩」

彩子をはじめとした後輩たちの興味の視線を受けた2人は、顔を見合わせて首をかしげる。

「いや、ミョウジが手伝いに来てくれた時、既に三井はいなかったが……」
「あの2人が知り合いだったことに、僕たちも驚いているくらいだよ」
「や、やっぱり……! ワルになったミッチーにナマエさん、捨てられた過去があるんじゃ! ゆ、ゆ、許せん〜〜!」

桜木の大いなる勘違いである。そんな部員たちに怒鳴ることもなく、三井はただ頭を下げていた。相手であるナマエは目を瞬かせている。

「あの時、お前の言葉を突き放して、お前に……くそっ、ケガさせちまって!」

その言葉が、部員たちに更なる動揺を与える。まさか桜木の言葉が本当だったのではないかとざわつき、益々一部では怒りの炎が燃え上がっていた。見事に勘違いをしている桜木と宮城の2人だけであるが。だがその後ろで、流川の皺が更に深くなる。

「覚えてるかなんて分からねぇ、許してくれなんて言わねぇ。だが、俺はまたバスケを」
「覚えてる」
「……ミョウジ……」

ゆっくりと、三井の顔が上がる。そこには、穏やかに微笑む姿があった。それが、1年の春に初めて会った時よりも大人びているものだった。

「忘れるわけないじゃない。三井のあのシュートは今でも忘れないわ。その三井寿が、ここで全国制覇を目指したことだって忘れていないし……私は、今でも信じている」
「ミョウジ、お前……」
「ケガはしていなかったから、安心してちょうだい。確かに痛かったけれど、それよりも三井の心の方が痛かったのに、あの時は無神経な言葉をかけてごめんなさい」

ナマエは深々と頭を下げた。慌てて三井がその細い肩を掴み、顔を上げさせる。その動作は力を入れまいと意識をしているもので、ナマエは心の中で安堵した。

「止めてくれ! 俺が悪かっただけだ!」
「ふふ、じゃあこれでお相子ね」
「お、お相子って……全然違ぇだろ!」
「三井はまたバスケをこうしてしている。あら……なんだっけ、私に何か用意してくれるって言ってくれたわよね」

はっと、三井は息を呑んだ。
体育館へ向かう廊下で、肩からずれ落ちたカバンを拾ってくれた女。大人びた姿に先輩だと思っていたがどうやら同い年のようで。バスケ部の全国制覇への夢を笑うことなく真剣に応援してくれた姿。何故か、ナマエと名乗った女の感情はこちらへと伝播していた。笑顔でいる彼女に釣られるようにして、心から笑ったのを覚えている。その彼女に、言ったのだ。

「……特等席、今からでも間に合うか」
「ええ。全国制覇、応援しているわ、三井」
「ああ!」

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