そして、飛躍していく | ナノ

新しくインプットされる

ナマエが流川と別れ、体育館へ先に着いた時には既に数名の部員たちがいた。皆、闘志を燃やしている。

「ちゅーっす! ってナマエさん!」
「ミョウジさん、ちゅーっす!」
「皆、元気そうね」
「うっす!!」

先に気付いた2年生が元気に挨拶をしてくる。安田と潮崎だ。奥から角田も頭を下げて、その傍には1年生たちがいた。

「ミョウジか。どうした」
「赤木、練習の邪魔してごめんなさい。ちょっと見学をいいかしら」
「無論だ。久しぶりにお前がコートに来てくれて、あいつらにもいい刺激だろ。……おい! 動きが止まってるぞ!!」

まだ練習が始まる前だというのにすごい迫力である。1,2年生が懸命に基礎練習に励んでいる間に、同じ2年生ながらレギュラーである宮城がこちらへと駆け寄ってきた。

「お久しぶりです、ナマエさん!」
「宮城……遅くなったけど、退院おめでとう。試合での活躍は聞いたわ。早速凄いじゃない!」
「へへっ、まあね! それより、今日は手伝いとかじゃないんすか?」
「ええ。お邪魔したのは最初だけなのよ」

なんだよ、俺がいないときじゃねぇっすか。と頭部に手を当てながら宮城がちぇっと舌打ちをする。そんな彼の首に腕がぬっと回った。桜木である。

「ナマエさん! この天才ルーキーである桜木花道が、湘北を勝利に導きましたよ!」
「なーに言ってんだ花道。退場王なんて呼ばれてたヤツの言うことかぁ?」
「うるせー!!」

どうやら遅れて参入してきた宮城は、桜木とも上手くやっているようである。赤木が頭を抱えていたからさぞ仲が悪いのかと思っていたのだが、バスケを通じて仲を深めたのだろうか。

「ふふ、桜木も頑張ったみたいね。初心者だなんて感じさせない動きだったみたいだし、この後の試合だって期待されているはずよ」
「ナマエさん……!!!」
「お世辞だっつーの、気付けバカ」
「さすがナマエさん! 俺の天才っぷりをよく理解している! ……はっ!? ま、まさか俺のことを……いや。し、しかし、俺には心に決めた人がいッ!?」

まるで嵐のようにあわただしい桜木の頭部へバスケボールが直撃した。どたんと倒れるのも一瞬、恐るべき身体能力で飛び起きて桜木が目くじらを立てる。それは、ナマエの真後ろからであった。

「ルカワ! てんめェ……!」
「入口で邪魔なんだよ、どあほー」

運動着に着替えた流川が呆れたようにいつの間にか立っていた。ナマエが視線を上げると、すぐに目が合う。

「どあほう2人と喋ってろなんて言ってねーんすけど」
「逆に何も言われてないから、好きにしているのよ」
「む……!」

「誰がどあほうだ!!」と前方から力強い声が2つ。ナマエはびっくりして肩が飛び跳ねる。反射的なものだったのだが、桜木がしゅんとなって「いや、ナマエさんに怒鳴ったんじゃなくて……!」と途端あたふたしだした。

「確かに練習の邪魔はしちゃっているわね。ごめんなさい、2人とも」
「や、そ、そんなことよりナマエさん……。え、まさか流川と来たの? どーゆー関係?」

宮城の疑問は最もである。流川の言葉をとれば、ナマエが自主的に見学をしに来たのではなく、流川が誘ったように捉えられもするのだ。しかし、まさかなと首を振りながらも、宮城の質問によく聞いた! と周囲は聞き耳を澄ました。

「何て言えばいいのかしら……」
「放置してていい」
「……みたいな感じ?」

わかんねー!!
湘北メンバーが地団太を踏んだ。木暮の眼鏡がかくりとズレる。

「ふふ、流川からお誘いいただいたのよ」
「なにィ!?」
「ルカワからお、お、お誘いだとぉ!?」
「……余計なこと言わないでもらっていーすか」
「あら、違ったのかしら?」
「……さっきの仕返ししてるでしょ。大人げねー」

遠くで見ていた彩子はがっくしと口を開けていた。幸い、視線は全て入口の流川とナマエに向けられていたため、自覚した時には誰にも見られなかったが。

あの流川という男が見学に誘うなんて天地がひっくり返っても想像できない。だが、ナマエとのやりとりで事実ではありそうだ。一体全体、何がどうなっているのかと困惑していた。同時に、まさかと女子特有のわくわくが込み上がってくる。

「さぁ、お前ら練習始めるぞ! そこ! ぼうっとしているな!!」
「だ、だってよゴリラ! ルカワが、遂にナマエさんをユーカイしてきたんだぞ!?」
「誰が誘拐だ、どあほー」
「ナマエさんを誘ったってのはマジなのか流川! おめー狙ってんのか! や、俺にはアヤちゃんがいるから誰を狙おうがお前の勝手だが、ナマエさんはお前には合わないと思うぞ! うん、止めとけ!」
「どいつもこいつも、うるせー……」
「センパイに向かってなんだその態度は!!」

器用である。練習をしながらこうやって私語も出来るのだから。けれどそれは集中できていない証拠であり、赤木の鉄拳が2つ下りた。ふんと鼻で笑う流川に鋭い視線が向く。

「ナマエさん、ナマエさん!」
「彩子ちゃん。この間の試合もお疲れ様」
「ありがとうございます! ……って、そうじゃなくて!」

彩子は興奮気味にナマエへと距離を縮める。

「本当に流川から誘われたんですか!?」
「私が暇してたからよ」
「いやいや、あいつが誰かを誘うなんて絶ッ対に考えられませんって! まさか付き合いだしたとか、そんな感じですか!」

彩子の勢いは止まらない。ナマエはくすくすと笑って、手を横に振った。ぎろりと上階からの威圧的な眼光が届いて、その笑みもすぐ苦笑に変わった。

「違うわよ。たまたま外で会っただけ」

これで一緒にバッシュ買いに行きましたなどと言えば、上から槍が降ってくるに違いない。さすがのナマエも、流川親衛隊のことはしっかりと耳にしていた。クラスメイトにもいるからというのもあるが。

「にしてもあの流川がねぇ〜。……本当に、付き合ってないんですか」
「どれだけ珍しいことなのよ」
「珍しいどころか月が落ちてもおかしくないレベルですからね!」
「天変地異?」
「そう! あのバスケしか興味ない男が、いくら親しいからって誰かを連れてくるなんてありえない! しかも、あんな楽しそうにしちゃって!」

楽しそう……なのだろうか。ナマエには基本的にむくれた姿しか印象になく、そうだろうかと頭を傾げるが、彩子が力説してくるのだから珍しい姿なのかもしれない。

興味。流川はナマエに対してそう告げたが、その延長線上なのだろうか。好きなのかと問うた時には否定の言葉はなかったが肯定の意志も一切なかった。ナマエから見ても、流川は異性としてというよりは生意気な弟感覚である。

「(勝手なこと言ってんじゃねー)」

ナマエと彩子の言葉――ほぼ彩子の自分への風評被害に迷惑そうにする男がいた。流川である。練習に集中しながらも耳に届いてしまい、小さく嘆息する。

「考え事とは余裕じゃねぇか、流川!」
「! 三井センパイ……」

スティールされそうになるのを咄嗟の反射神経で対応する。向かい合う三井は楽しそうに口角を挙げていた。また面倒事を言われるのかと流川が呆れるのも反面に、三井の瞳の色が変わる。

「なあ、アイツが生徒会のミョウジか」
「……そーっすけど……」
「髪伸びて雰囲気が変わったから分からなかったぜ。……そうか、ミョウジだったのか。たかが2年経っただけなのに、大分綺麗になったもんだな、アイツ」
「……ム」

ちらりと横目で三井が見た視線の先には、彩子と談笑しているナマエの姿があった。三井とナマエの関係性が気にならないわけではなかったが、それより流川の中に不快感が生まれる。

「ん? なんだ、別にお前から取ろうってんじゃねぇよ」
「誰も何も言ってないっす」
「はは。そんな嫉妬心剥き出しで言われても説得力ねぇぜ、流川」

シットシン……?
流川の動きがほんの一瞬だけ止まった。その隙を狙って手が伸びてくるのに気付き、慌てて距離をとる。ちっと舌打ちが耳に届いた。

流川の無いボキャブラリーが頭の中を駆け巡る。嫉妬心とは何だ。言葉の意味も分からず、けれど何かすとんと来るような、来ないような。だが、面白くないのだという感情は確かにあり、それに名前を付けたら嫉妬心という言葉になるのだろうか。流川には、まだ分からない。

「お前、恋愛とかしたことないだろ」
「……興味ねー」
「興味なくたっていつかするもんなんだよ」
「……」
「超絶鈍そうだもんなぁ、流川は」
「鈍くねぇ」

三井が弄るように口角を上げる。なるほど、面白くない。流川は小さく舌打ちをして、三井を抜き去った。後ろからしまったという声が聞こえ、どあほーと心の中で呟く。簡単に他の部員を抜き去り、見事にシュートを決める。

後ろを振り向いたときに、ナマエが視界に入った。彼女は楽しそうに笑顔を浮かべながら拍手をしている。悪い気分ではなかった。

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