そして、飛躍していく | ナノ

可愛いコウハイの尖り

玄関から外へ出て、大きく身体を伸ばす。家にいるよりも外にいる方が空気が美味しい。自転車へと跨り、一気に漕ぎ出す。初めて家へと続く坂を下ったときは怖いと感じたし、上るときは億劫で仕方がなかったけれど、慣れである。今では坂を下るのは風が心地よく、上る時も良い運動になる。

今日は釣りの気分ではなく、目的も持たずに外へと飛び出した。故に、親にお使いを頼まれてしまったのだが。
少し離れた本屋へと立ち寄ると、休日だからか人が込み合っていた。今年受験を控えている身として参考書を片手にとって眺めていく。未だに進路は明確ではない。自分は何がやりたいのだろうかと悩みながら、一番分かりやすかった物理の本を購入して本屋を出た。ついでに上の階にあった手芸店で頼まれていたものを買うことも忘れずに。

何かスポーツに熱中しているわけでもない。頭がずば抜けて良いわけでもない。やりたいことがあるわけでも、ツテがあるわけでもない。自分の不透明さに気付き始めてからは、進路は頭を悩ませる大きな塊だった。

「あら」
「……うす」

大通りを走らせていると、ちょうど角から影が差し掛かってブレーキを止める。影主を見上げて、視線が合った。流川だ。シンプルなシャツに身を包んだ彼は、いつものバッグを肩に掛けていた。

「驚いた。この後部活?」
「その前にバッシュを見に」
「あれだけ動いているんだもの。さすがにヘタれてきたかしら?」
「まあ。……ナマエセンパイは」
「ただの散歩よ。家に居てもだらけちゃって」
「チャリは、散歩じゃねぇっす」
「そこ……?」

変なところに突っ込むなぁとナマエはくすりと笑う。そんな彼女を見下ろして、流川はすっと背中を向けた。目当てはバッシュである。が

「何してんすか」
「え、何って」
「暇なら、来れば」
「来ればって……バッシュ見に行くんじゃなかったの?」
「見に行く」

興味がある。初めて会った時から静かに笑うナマエ。女には興味はないし、ましてや恋愛にも一度すら関心を向けたことはなかった。むしろバスケへの時間を奪う厄介なものに他ならない。しかし、ナマエは何かが違う気がした。バスケよりも優先すべき相手ではないが、興味がないわけではない。

「……私、バッシュとか詳しくないわよ?」
「別に期待してねーです」
「先輩への態度がなってないわねぇ。わがまま君ってば」
「わがままじゃねぇ」
「はいはい」

結局、いつだって笑って着いてくる。煩わしく思わないのはなぜなのか、流川にはまだ分からない。だが、不思議と悪い意味ではなく視界に入ってくるのだ。そして離れるとその背中を少しだけ見ていられる存在。興味があると伝えるのが流川の知識では精一杯だったが、以前ナマエに問われた言葉も思い出す。「好き」その言葉に、流川がほんの、ほんの少しだけ考えを巡らせたのは当夜の出来事だった。

不意に、忌々しい仙道の影が隅をチラついた。何故、ナマエのことを考えていてこの男が過ぎるのか。陵南での練習試合後の会話すら過ぎり始める。ナマエは、釣り仲間であり偶に話す仲だと言っていたが、あの時の仙道の眼差しは……気に食わないものがあった。

「で、どこ行くの?」
「この通りにある」
「あ、結構大きいところでしょう? 2階にあって店長さんが身長高いところ!」
「知ってるんすか」
「ええ。この前ね、仙道と…………」
「…………」

やはり気に食わない。
流川の威圧的な瞳にぐっとナマエは口を閉ざした。ひんやりと汗が額に浮かび上がる。それだけ、流川の瞳の色が一気に変わったのである。足も止まっていた。

「ドーユーコト」
「……そ、そんな目をしなくてもいいじゃない」
「ドーユーコト」
「同じこと言わなくてもいいじゃない……」
「ドーユーコト」
「んもう、失言だったわ!」

ナマエは大きく息を吐いて頭を振る。ちらり、と流川を見上げると、変わらずに鋭い瞳を落としてくるだけだった。これではバッシュどころではない。どうしてよりにもよって仙道の名前を出してしまったのだろうかと、再び息を吐いた。

「釣りとバスケは違ぇ」
「釣りの後に、色々あったの」
「色々ってなに」
「今日はよく喋るわね、流川」
「誤魔化されねぇ」

こんなところでも対抗心を燃やすのか、流川は。とナマエは少し的外れなことを考えて、再び息を吐く。ずっとこうしているのも邪魔だと思い歩き始めると、「オイ」と咎める声と共に長いコンパスがすぐ隣へと並んできた。

「仙道がバッシュ変えるって言うから、一緒に見に行ったのよ」
「バッシュのこと知らねぇっつったのに」
「流川だってそうでしょう」
「俺は期待してねぇっつった」
「仙道も同じようなものだと思うわよ」

流川は勝手に苛立っていた。先程から口を開けば仙道仙道と、煩わしい。やけに気に食わない。あの男の飄々とした態度も、悔しいがバスケのスキルも。そして、何故か目の前のこの女性と親しいこともである。

『その人を乱雑に扱うなよ、流川』――それはまるで、所有権は自分にでもあるような言い方に聞こえる。今ですら沸々と湧き上がってくる感情は何なのか、流川には理解できないが、とにかく気分の良いものではなかった。それなのに、その男とバッシュを見に行っている事実に、更に謎の感情が込み上げてくる。

「まぁ、仙道の話はいいじゃない。ほら、行こう流川。この後部活あるんでしょう?」
「まだ時間はある」
「自主練したいくせに」
「む……」

ナマエが自転車を止めて、店への階段を上り始める。流された態度に不快感を覚えながら、流川もまた続くしかなかった。

店内に入ってしまえば、流川の思考回路は綺麗に切り替わる。壁に並ぶ多種多様なバッシュを見ては、気になったものを手に取り、履いてみる。新品独特の硬い感触も、練習しているうちにすぐに今みたく慣れていくであろう。流川は機能性と履き心地に重視しながら次のバッシュに手を伸ばした。ふと、隣から声が届く。

「あ、それ格好いいね」
「……む?」
「そういうシンプルなの好みだなぁ。他と大差ないように見えても、このラインとか結構いいアクセント出していると思うし」
「そういうもんスか」
「デザインは人それぞれ好みが違うけどね」
「……」
「えっと、ごめんなさい。ただ単に、私の好みを言っちゃっただけよ。気にしないで」

ナマエに言われて、初めて流川はバッシュのデザイン性に目を落とした。何が良いとかは分からないが、悪くはない。紐を緩めて履いてみる。足を浮かせると、一緒に踵もついてきて、ここで履いたバッシュの中では横幅も合っているように感じた。

「悪くねぇ」
「あら、本当に?」
「嘘言ってどうすんだ」
「ふふ、確かに」

結局、流川はそのバッシュを買うことになる。懸命に貯めたお小遣いを使って買ったバッシュをカバンにしまっていると、外では既にナマエが待っていた。軽く手を振っている姿の横に仙道が見え、打ち消すように首を横に振って近付いた。既に自転車を手にしているナマエは嬉しそうに笑みを浮かべている。

「いい買い物出来て、良かったね」
「うす」
「この後部活でしょう? 頑張って」
「……」

流川の無言。けれど、視線で何かを訴えてくる感じがナマエには分かって、どうかしたのかを問う。流川は小さく口を開いた。

「暇なら、来れば」

冒頭と同じ言葉である。これにはナマエも思わず失笑してしまった。なぜこう婉曲的な言葉選びしか出来ないのであろうか。それにしても、あれこれと意外な言葉ばかりが飛び出る。試合を見に来れば然り、こうして練習すら見に来ればなどという言葉が流川から出てくるとは思いもよらなかった。

あれこれ考えているナマエに対し、流川はすぐ反応がないことにむっと口を尖らせる。恐らく、流川親衛隊には大激怒されるだろうが「可愛い」とさえ思う。

「ご飯、食べてないのよ」
「……まだ間に合う」
「流川は食べたの?」
「そういえば、マダ」
「ふふ、軽くランチしてからなんてどうかしら?」

近場のファミレスを指差すと、こくりと流川は頷いた。歩き出しながら、ナマエは静かに瞼を伏せた。そして、心の中で誓う。黙っておこうと。このファミレスも、仙道と行ったのだと口が滑りでもしたら、またむくれて、次は帰ってしまうかもしれない。

prev | next
back

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -