ハマのヤ●ザと女医が同棲するまで | ナノ

ハマのヤ●ザと女医が同棲するまで

#  05

それから火貂組による送迎が開始された。断固拒否をしていたナマエだったが、向こうにも向こうのプライドがあるらしい。半ば折れる形でナマエは甘えることとなった。

経庵の言葉通り、送迎はほぼ左馬刻と呼ばれたあの銀髪の男が担当してくれた。だがこの男、よくよく冷静に考えなくてもヨコハマ・ディビジョンを仕切っている超有名なグループのリーダーであり、火貂組の若頭でもある碧棺左馬刻であることに気付いたのはつい先日だったりする。

やはり多忙な身なのであろう。可能な限りの送迎はしてくれるものの、都合の合わないときには部下? 舎弟? が担当してくれる。申し訳なさげに運転をする男は、左馬刻からキツく言われているのか、ヤクザとは到底思えないほどの低姿勢で驚いたものだ。


「帰りは、アニキが来てくださる予定なんで。時間はいつも通りでいッすか?」
「はい、お願いします。」
「ッス。」


両手で抱えなければならなかった松葉杖の扱いも手慣れたものだ。もちろん、仕事量は激減。手術なんて以ての外だ。ナマエはいつもの部屋へと入る。途端、拡がるのは煙で充満された世界だった。


「経庵先生、来年から敷地内喫煙は厳禁ですって。」
「世知辛い世の中になったのぅ。ま、最悪屋上で……。」
「自殺防止のために施錠中です。」
「……。」


深々強い溜息が真っ白な形となって吐き出される。


「で、左馬坊とはどうかぇ?」
「どうって……別に、大した話はしてませんよ。」


そう、大した話は何もしない。脚は大丈夫か、と気遣ってくれる言葉は時折かけられるが、ナマエから特別に話しかけることもなければ、向こうから世間話が振られることはない。所詮、一時的な契約として成り立っているだけ。仲良しになるために一緒に居るわけではないのだから。


「つまんねェお馬さん同士じゃのぅ。」
「経庵先生に愉しみ与えるために怪我したわけじゃないですからね。」
「お主ももう良い年じゃろうに。」
「一生独り身で結構です。」
「一人の限界を知っておるくせに、よく言うわい。」
「それでも私は、」


もう、一人であらなければならない。
ナマエは大きく息を吸った。肺に入り込む白煙が、今は心地が良い。

いつも通りの時間帯に仕事を終えて、鞄に書類を詰める。いつもは肩に掛けている鞄も今は背中に背負って歩かなければならない。松葉杖をつきながら病院を後にして、裏口から少しだけ歩くと、黒光りした高級車が停まっていた。普段であれば、ナマエがガラスをノック(最初は恐れ多かった)すると顔を出していた男が、珍しく車に体を預けて外に出ていた。


「お疲れさん、ナマエセンセ。」
「え、ええ……いつもありがとう。」


常にしかめっ面をして、明らかに不機嫌ですと言わんばかりのオーラを発している彼だが、どうやら今日は気分が良いようだ。眉間に寄った皴は些か少ない。それでも、はたから見れば怖い形相に映るのだろう。


「悪ィんだが、今日は後ろに荷物あってな。助手席乗れそうか?」
「平気よ。お気遣いありがとう。」
「ん。」


本当に珍しい。明らかな高級車の後ろには似つかわしくないクーラーボックスが置かれていた。その横にはコンビニで買ったであろうビニール袋が何個か置いてある。ほんのり、良い香りがするのは気のせいだろうか。


「どうだ、脚の調子は。」
「イイ感じ。リハビリも順調よ。」
「案外治るの早ぇーな。」


それは、決して悪意のある言葉ではなく、純粋な疑問だったようだ。運転席に腰を落ち着かせた彼の瞳は、少しだけ興味深そうにしていた。


「確かに骨折はしたけど程度は酷くないし。直後のクーリングのお陰で炎症反応も抑えられていたみたい。テーピングもしてくれたの、貴方なんですって?」
「あ?。」
「経庵先生情報ね。」
「あのジジィ。」


忌々しそうに口元を歪ませながら男の手が動く。車が静かに発進すれば、いつものヨコハマの光景が適度な速度で流れ始めた。車内にBGMが流れることはない。だから、自然な音がそのまま届く。彼のタバコを吸うときの吐息も、そのまま。


「よくあの変人の下についてるよな。」
「あんなんだけど、私の恩師なの。医師としても、人としても。」
「へー。」


自分から聞いておいて興味なさげに返答を返す。これも、この男なのだと短い交流の中でも十分に理解はできた。とはいえ、今日ほど話をする日も珍しいのだが。やはり彼の機嫌が良いお陰なのであろうか。


「(それにしても……。)」


目の前を見据えて運転をする横顔をちらりと見つめる。こうやって眺めたことはなかったが、整った顔立ちはいわゆる美青年という括りに当てはまるであろう。顔が些か険しいのもあってか大人っぽさを感じる。とてもヤクザとは思えない端正な造形、白い肌、高い鼻、鋭い瞳は世の女性を魅惑しそうな味わいを持っている。――とはいえ、この花はあまりにも毒牙を持っているのであろうが。


「んだよ、ジロジロ見んじゃねぇ。」
「この景色に飽きたから、たまには別の景色見ようかと思って。」
「アンタ、意外と減らず口だよな。」
「ん〜、お兄さんには言われたくないけどね。」
「左馬刻。」
「え?」


この流れでなぜ、自身の名前を口に出したのか。良く分からずにもう一度問うと、一瞬だけ瞳が交わった。途端にとくりと心臓が跳ねたのは、恐らくこの瞳に弱いからだと思う。紅玉の輝きを持つ瞳の中には、危険さが含有されている。ただ優しいだけの男ではないからこそ、女性としては惹かれるものがあるのだろう。無論、そこの恋情などは含んでいないが。


「お兄さんとか、貴方とか、慣れねぇ言葉止めろや。」
「……つまり、名前を呼んでいいよと?」
「殺すぞ。」
「えぇ? この流れでどうしてそうなるの。」
「うっせぇ。」


銀髪の髪。白いアロハシャツ。白い肌。そして紅い瞳。まるで兎を彷彿とさせるが、少し暴けば狂犬の如き鋭さを持つ。


「えっと、左馬刻?」
「呼び捨てにしてんじゃねーぞ。」
「自分で呼べって言ったんでしょ。」
「あぁ?」


そして、猫のような気まぐれさも。ナマエは肩をすくめた。


「左馬刻くん。」
「なんで年下にナメられなきゃなんねーんだコラ。」
「は?」
「あ?」


丁度、信号が赤に変わった。静かに減速して止まったことを確認して、紅玉の瞳がこちらを睨みつける。ナマエは肩をすくめたまま指をさした。


「私、貴方より年上だと思うけど。」
「ぁあ? なんぼだよ。」
「女性に年齢聞くって失礼ね……。」
「テメェから話振ったんだろうが。」
「27よ、27。」


失礼しちゃう、と呟くのと同時に紅玉がまん丸く映る。


「マジか……。」
「なによ。」
「せいぜい同い年だと思ってたわ。」
「そういう左馬刻くんは?」
「くんじゃねーよ。……25。」
「じゃ、くんで合ってるね。」
「ざけんな。」


続くように口が開かれようとした途端、背後からとてつもない衝撃が襲い掛かった。



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