ハマのヤ●ザと女医が同棲するまで | ナノ

ハマのヤ●ザと女医が同棲するまで

#  04

「毛布を掛けてくださったのが、迷惑料分。ということで、これ以上貰ってしまうと、私が貸しを作ってしまうことになりますので、お気持ちだけで結構です。」


手に抱えていたシャツを、そっと畳んでテーブルに置く。先ほど無意識に抱きしめてしまったため皴があるのは目立つが、恐らく目の前の男はそれを気にするタチではないのだろう。


「……。」
「あの……ダメですか?」


けれど眉間の皴が非常に深い。若いであろうにこんなに濃い皺を作っては将来が思いやられるなどと、どうでもいいことを考察していると男は深々強い溜息を吐いた。


「わーったよ。」
「! では、」
「ナマエセンセが頑固ちゃんだって言うのはなァ?」
「へ? な、なんで私の名前、」
「だってよォ、大先生。アンタからも言ってやってくれや。」


その言葉と共に開いた扉から現れたのは、腰の歪んだ老爺だった。ナマエは咄嗟に立ち上がりそうになるが、痛ましい足首がそれを許さない。


「経庵先生!? ど、どうしてこのようなところに……!?」


現れたのは、敬愛なる種実屋経庵であり、この場にはそぐわない名医だった。目を丸めるナマエを一瞥した経庵は、不敵な笑みを浮かべたままの男に向かってこれまた器用に片眉を上げる。


「左馬坊、送迎はテメェがやれや。」
「あ? 誰に口きいてんだジジィ。」
「躾のなって無いガキを信用できっかのぅ。」
「ざけんじゃねーぞオラ。」


ナマエは目をぱちくりと瞬き自らの目を疑った。銀髪の男が自身の名前を知っていたことも、彼に呼ばれて入出したのが自身の師匠であることも、現実なのだろうか。けれど、目の前の言い合いは進んでいく。


「だいたい先週も暴れやがって。深夜手当つけてやるからの。」
「知るか。それがテメーらの仕事だろォが。」
「そのお陰でこやつがドベソの治療をするハメになったんじゃがのぅ。」
「……チッ。」


まるで初めて会った者同士には到底見えない。この荒々しい会話のやり取りの行く末が気になりながらも、ナマエは恐る恐る手を挙げた。


「あ、あの……。」
「ンだよ。」
「話途中じゃナマエや。」
「あーっと……何から聞いていいやら。……経庵先生、お知り合いですか。」


鋭い4つの瞳に射抜かれながら、ナマエが問うと経庵は舌を出す。その表情はいつものように気だるそうで、けれどどこか悪戯に成功した子供のように目を輝かせた。


「ワシャ、この『火貂組』の専属医じゃ。おろ〜言ってなかったかのぅ?」
「初耳だわ!!」


この手に何かを握っていればそれを叩きつけていたであろう。そんな勢いでナマエはローテーブルを叩く。目の前の紅玉の瞳が丸くなるのにも気づかないまま、ナマエはぷるぷると身体を震わした。足の痛みも忘れるほど、とにかくこの老爺にぶつけたい言葉があったのだ。


「経庵先生の患者を私が診たってことですか! じゃあ診察料は先生に要請すればいいですかねえぇ、深夜手当も私にどうぞ! だいたい、前の話聞いていたら『怪しいなぁ、もしかして俺の所の組みかなぁ』って想像つくでしょーが!!」
「ほうほう、久々に荒ぶっておるのぅ。」
「あっったりまえでしょう! 今の時期大事なの分かってます?! こんな脚じゃ来週の遠征だって行けな――って待って、もう日付変わってる?!」
「変わっとるのぅ。」
「あ〜〜しまったぁ!! 今日執刀予定のカモ盗られた……嘘でしょ。」
「お主、やっぱ医師に向いとるのぅ……がめつくて。」
「うるさいですよ、経庵先生。」


先ほどまでの冷静を振舞っていた姿は消え、今はただ頭を抱えてどうしようと呟くだけの迷子のような状態となっているナマエ。経庵はへらりへらりと笑うだけだった。


「ま、こういうことじゃ。お主以外に手綱は握れん。」
「私は馬ですか。」
「ここに居るのも馬じゃ。」
「うっせーよクソジジィ。」


あ、忘れていた。ナマエが顔を上げると、不機嫌そうな紅玉と目が合った。初対面の人間に恥ずかしい姿を見せてしまった、とみるみるナマエの顔は羞恥に染まる。


「あ、あの……。」
「ん?」
「お見苦しい姿を、すみません。」
「……別に。いーんじゃねぇの。」


何がだ。と突っ込みたくなったが、この眼光には勝てない。ナマエは口を噤んだ。


「これで一件落着。頼んだぞ左馬坊。」
「何が一件落着だ殺すぞジジィ。つか坊ヤメロや。」
「ナマエも、暫くは大人しく世話になっとれ。骨、折れとるからの。無理は禁物じゃ。」
「は……。」


折れてるって……ウソでしょ。
ナマエの呟きと絶望的な表情に、銀髪の男は気まずそうに瞼を伏せた。


「あー……来週の遠征ってのはどこだ。」
「イケブクロです。」
「ぜってー休め。」



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