ハマのヤ●ザと女医が同棲するまで | ナノ

ハマのヤ●ザと女医が同棲するまで

#  02

後悔の時は思いのほか早く来たらしい。自身の頬が無意識に引くついているのを自覚した頃には、目の前にいるイカつい男らに退路を断たれていた。


「ようやく会えたな、クソアマ。」
「あー……お礼なら、結構ですからね。」


あの時瀕死状態になっていた男が、ぴっちりと私服を着て目の前をそれはもう塞ぐ。周囲には同じような輩がいるのだ。後悔をせずにどうすればよいというのか。どこからどうみてもこの男、顔がイカつい。オマケに吐き出した言葉から推測するに


「ァア?! 何が礼だ、ウセろ!」


助けた感謝を述べに来たわけではないらしい。この時間帯だ、周囲に人はいない。失せて良いのならばそうさせて頂きたいが、やろうものならば指の骨を折られそうな勢いだった。


「アマァ、治療とほざいてオレから垢取ったのは分かってんだぞオイ!」


ガンを吐けてくるこの男の言葉が分からない。ナマエは素直に小首を傾げる。それが尚更相手の怒りを増長させたらしい。


「しらばっくれんじゃねぇ! 博徒の垢奪ってタダで済むと思ってんなよ!?」
「博徒……? お金ってことかしら。」
「それ以外になにがあんだボケ!」


言葉を借りるなら「そんなこと知るかボケ!」と返したいところだが、そんなことをしたら簡単にこの首がポッキリと逝くだろう。そんな事態は避けたい。


「言葉を信じて頂けるかは分かりませんが、私は何も盗んでいません。」
「あァ?!」


目の前の男のみならず、周囲の男たちの眼光も鋭くなる。深夜、女性一人のこの状態で怯えるなという方が無理がある。咄嗟にこちらの唇も震えだす。怒りではない。恐怖でだ。


「わ、私はただ、貴方の傷を少しでも緩和しただけ……です。貴方に記憶があるか定かではありませんが、途中で貴方は私の手を払って、治療を拒んだため……最低限の処置をして私は帰りました。」
「ンな話信じろってか?! ハッ、このクソが!」
「っ……。」


なんで、こんな目に遭うんだ。そもそも、残業させたあの病院のせいだ。女性優位の世界に変調したとはいえ、このような医学界において女性が楽になることはない。医師である以上、想像を絶する業務に追われる。あの時嫌でも断って家に帰っていればこんなことには――。


「テメェの身包み剥がして売れば垢も保管できるだろォよ。」
「……。」


そんな言葉と共に、少し潮を浴びた黒塗りの車に押し込められた。

* * *

何処に連れていかれたかは分からない。左右に座った男たちから身を護るようにして顔を俯けていたからであろう。ナマエは連れていかれたのは決して客人用に向けた部屋ではない。ボロボロの倉庫のようなところだった。


「オラッ、入れや。」


そこに押し込められて、思わず足首があらぬ方向へ行く。今日に限っては高いヒールだったために不自然な方向にかかる強い力に顔が歪んだ。そして、そのまま地面に倒れ込む。けれど口から何かが零れることはない。扉を遮るように男が二人。目の前には治療を施したはずの恩知らずな男が一人。


「まずは身体検査でもしてやるよ。垢が見つかっても、テメェはもう終わってんからな。」


ああ、もう嫌だ。こんなことなら、あの心地良い場所を離れなければよかった。


「(泣くな、泣くな……!)」


泣いたら負けだ。泣くわけにはいかない。そう、強く言い聞かせれば言い聞かせるほど、涙腺が緩んでくる。自身の瞼が熱く感じた時、男の手がこちらに伸びた。ぎゅっと目を閉じた途端、荒々しい爆音が響く。


「――何やってんだ、あ?」


低い、まさにドスが利いた声と共に。


「あっ兄貴!?」
「若頭、何でここにっ!?」


そう称された男は、自分とほぼ変わらないような年齢に見えた。艶やかな肌に、電球の下でもきれいに揺らめく白髪ーーいや、煌めくこれは銀髪か。印象的なのは、そんな前髪から覗く鋭い瞳があまりにも輝かしい紅玉だったことだ。


「何で、だァ? テメェのケツをわざわざ俺様が拭ってやったんだろーが!!」
「うぐぁっ!?」


綺麗。そう思ったのも一瞬で、荒々しい言葉と共に銀髪の男が部屋の中に投げたのは、重症と判断せざるを得ない程の血みどろに塗りたくられた若い青年だった。


「簡単に口割ったぞコイツ。テメェ、こんなクソに負けたとか人生やり直してこいや。」
「な、なな…ま、まさか兄貴、コイツが、俺の垢を?」
「垢だァ? 懐に入ってる札はテメェのか。悪ィがもう使えねぇぞ。」


銀髪の男は目の前に倒れている青年の胸倉を蹴る。すると、胸元からこれまた真っ赤に染まった札束がバサリと落ちた。それが、今までナマエを恐怖に落としてきた男の顔色を変える。


「ァ? ……オイ、なんだこりゃ。」
「っ!」


ようやく、というべきか。紅玉の瞳がナマエを射抜く。その眼光だけでも威圧される雰囲気にナマエの身体は反射的にびくついた。この反応が尚更、銀髪の男の気分を害したらしい。細い眉が片方だけ器用に上がる。


「まさかとは思うが、」
「ごっ誤解なんです兄貴! オレァてっきりこのアマが垢を奪ったのかと――!」


男の言葉は、最後まで紡がれることはなかった。ナマエは自身の真横を巨大な影が、強風が通り抜けたその事実しか認識が出来ない。そしてほぼ同時に、背後で物が崩れるような音が放たれたことしか。


「ツラ汚してんじゃねぇぞ……。」


ここは地獄か、というぐらい低い声が耳を震わせる。謎な速度で展開される目の前の非現実にナマエの瞼は熱くなるどころか、血液が全て冷えていくのを感じた。先ほどまで感じていた足の痛みや、恐怖を忘れるほどにだ。


「テメェのケツ拭けないどころか女相手に何手だしてんだ、あ? 誰の了承取って勝手に動いてんだ、言ってみろ。」
「……。」
「チッ、くたばってんじゃねーよ。」


どうやら吹っ飛ばされた男は、目の前の銀髪の男によって簡単にノックアウトさせられたらしい。医師としては、恐らくこの男を止め、吹っ飛ばされた男と、今にも瀕死状態の血まみれの青年を助けるのが正解なのであろうが、ナマエはただの人間であり、決して聖人ではなかった。


「……オイ、コイツ鍛え治してこいや。」
「は、はい!」
「んでもってテメェら全員後でこい。」
「っひ…!」
「返事もできねぇのか。」
「いっ行かせていただきやす!!」


入口に佇んでいた男らは、意識を失った男と血まみれの青年とを担いで部屋から出ていった。その顔はあまりにも蒼白としており、ナマエは他人事とは思えなかった。目の前でこんな惨劇が繰り広げられればそりゃ、そうなるであろう。



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