ハマのヤ●ザと女医が同棲するまで | ナノ

ハマのヤ●ザと女医が同棲するまで

#  22

運転姿を見るのも久方ぶりだ。ナマエにとっては何ヵ月も経ったような感覚だった。懐かしくて、くすぐったくて、申し訳なくなる。


「……寝てないのか。」
「え。」


紅玉は前を見据えている。小さな問いに、ナマエは視線を彷徨わせて、小さく頷いた。そして、笑う。


「手術が立て込んでてね。当直でも急変あったからバタバタしてた。」
「…飯は。」
「食べてるよ。空いてるときに、ね。」
「酷ぇ顔だぞ。」
「えぇ? 左馬刻くんに言われたくないなぁ。」


酷い顔であろう。メイクも落ちて、ただでさえ隠せない隈も濃く主張しているはずだ。けれども、きっと隣の彼に比べれば大したことはないのだろう。


「左馬刻くんこそ、休めてるの?」
「あー……どうだろうな。」
「まあ、顔見て分かるけどさ。」


見慣れた風景が窓の外を流れていく。朝早い時間だからか、車通りは少ない。トラックが目立つ程度だ。時間を確認する気力は、ない。


「でも、眠ィ。」
「ふふ。そんな感じ、伝わってくる。」


こうやって会話をするのも久しぶりだ。はじめは気まずかったはずなのに、まるで以前の時のように会話が出来ていることに喜びを覚える。彼も、そうであればいいと瞼を閉じた。


「アンタの車、駐車場か?」
「ううん。今日……というか、昨日飲み会だったから職場に置いてきた。」
「じゃ、こいつ入れるわ。」
「え?」


何故駐車場の場所まで知っているのか。左馬刻はいつも停まるエントランス前の通りを過ぎて、地下駐車場へと車を進めた。そして、ナマエが契約をしているその場所に難なく車を収める。


「珈琲くらい淹れろや。」
「……うん。」


横暴な要望に、ナマエは薄く微笑んだ。

部屋の中は以前とはまるで変わっていないであろう。家に帰宅しても、シャワーを浴びて寝るだけの生活だった。どこかにタオルを投げてはいないだろうかとナマエは視線を彷徨わせながら、自分の家に入る。後ろから、欠伸を押し殺しながら左馬刻が続いてきた。


「ここ、ソファねぇのな。」
「テーブルとイスでいいかなって思って。そのうち買おうかなぁ。」


食事をするときにはイスとテーブルで。のんびりにするときには、柔らかい絨毯に座り込んでいる。ローテーブルの向かいに置くようにしている大型のテレビを、クッションを抱きながらお酒と共に頂くのはかなりの至福だ。


「あの、左馬刻くん。先にシャワー、入ってきてもいい?」
「おう。」


自身にまとわりつくニオイもそうだが、ボロボロに落ちたメイクでこれ以上彼の前に居たくない。控えめに伺うと彼は既にテレビのチャンネルを勝手に弄っていた。短い返事に安堵すると共に、少し残念な気持ちにもなる。

彼もすぐに帰るだろう。珈琲をご所望だったな、インスタントには変わりないが、新しいやつを開けようか。ああ眠い。そんなことを思いながら半分濡れた髪の毛を放置してリビングに行くと、ちょうど電話しているところだった。紅玉がこちらに気付くと同時に、短い対応をして通話は切れた。


「ごめん、邪魔した?」
「いや、問題ない。つか俺も借りるわ。」
「え?!」
「んだよ……俺様に汗臭いまんまいろってか?」
「いや、そうじゃないけど……。」


帰らなくていいのだろうか。


「適当にタオル置いとけや。服はそのまま使う。」
「あ、うん。」


まるで家主さながらにバスルームへ向かった彼の背中を見つめながらはっとする。洗濯してある綺麗なバスタオルを探しに慌ててナマエはその場を後にした。

――雨に濡れた時とは違う、艶やかなそれに眩暈がした。

風呂からあがった左馬刻が視界に入った際に感じたことだ。あろうことか、上半身裸で出てきたものだから上を着るようにしつこく注文を付けた。「うっせーな、ウブちゃんかよ。」と文句を言いながら上着を着た彼にピクリとイライラしつつも、キッチンで一人になると顔を覆わざるを得なかった。

インスタントの珈琲を淹れリビングへ行くと、彼は絨毯に胡坐をかいていた。ローテーブルにカップを2つ置くと「ん。」と短いお礼が返ってくる。そして向かいに座ろうとすると「テレビ見えねーだろ。」と横に誘導された。やはり、家主さながらの言動である。


「なんでいた。」


暫くぼーっとテレビを見ていたが、CMに入ったと同時に問いが送られた。恐らくあのコンテナの場所に、ということであろう。珈琲を口にしながら、視線はテレビに向けて答える。


「経庵先生からヘルプ貰ったの。確かに、あの人数、あの状態を一人で見るには限界があるわ。」
「断れよ。分かってただろ、大先生に呼ばれたなら相手するのが何者なのか。」
「患者さまには変わりないでしょう?」
「はっ、お偉いもんだな。」


口調は厳しい。


「なんでそう捻くれたこというかなぁ。」
「あぁ?」
「喜んでよ。自分の部下の命が助かったんだから。」
「知るか。勝手にくたばったやつなんざ。」


CMが終わった。また、画面は番組に戻る。


「……危ないことに、なってるんだね。」
「テメェにゃ関係ねーよ。」
「そうだけど、」
「住む世界は違う、テメェが言ったことだ。」


確かな拒絶に、ナマエは口を噤んだ。テレビから流れてくる音声だけがやけにうるさい。ナマエは小さく嘆息して、珈琲に口付けた。カップを両手で持ちながら黒い波を見つめる。


「じゃあ、なんでココにいるの。」


思いのほか、声が淡々としてしまった。けれど、これを撤回するような大人な態度にはなれない。ナマエは波に視線を落としながら、ただ静かに返答を待った。


「……。」
「……。」


だが、隣から返事は来ない。ナマエがただただ静かにそれを待っていると、隣人は大きく息を吸い、だるそうに吐き出した。


「迷惑か。」
「……。」
「なんか言えよ。」
「左馬刻くんから迷惑とかいう言葉が出てくるとは、思わなくてビックリ。」
「殺すぞ。」
「そうやってすぐ怒らないの。」


また珈琲を含む。先ほどよりも甘い気がする。左馬刻もまた、気まずそうに視線をそらせてカップを傾けた。やはり自身で淹れるのに慣れているために、決して美味しいとは感じない。けれども、なんとなく普段と異なる味を受け入れるようになっていた。


「あー、くそ。」
「次はどうしたのよ。」
「眠ィ。寝るわ。」
「は?」


大きく髪をかきむしったと思えば、左馬刻はその場からすくっと立ち上がった。寝る、といった彼にまさかとぎょっとするナマエ。引き留めるが、彼の足は迷うことなく唯一の寝床へと向かっていった。


「ちょ、ちょっとどこ行くつもり?!」
「寝室。」
「そこは私の寝室です!」
「きゃんきゃんうるせーよ。」


遠慮なく寝室を開け、左馬刻は一直線にベッドへと向かった。我が物顔で彼はそこに横になる。これには冷静に今まで対応していたナマエも慌てて、瞼を既に閉じて寝る態勢に入った左馬刻の肩を叩いた。


「ちょっと寝たいなら帰りなさいな。」
「今寝てぇ。」
「だからってなんで乙女のベッドで堂々と寝るの! 起きなさい!」
「うっせーって言ってんだろ。」
「左馬刻くん!!」
「あぁ……ホントお前。」


肩を叩いていた腕を握られると予想以上の力でナマエの身体は引っ張られる。抗う暇もなくその身は左馬刻の腕の中に入っていった。だるそうな紅玉と、目が合う。


「っ、」


思わず、ナマエは息を呑んだ。口を閉じた彼女に満足したのか、左馬刻は微かに口角を上げた。流れる横髪を耳にかけると、ぴくりと身体が跳ねる。緊張しているであろう身体に満足げに目を細めて、左馬刻は瞼を閉じて口付けを落とした。


「そうやって、黙ってろや。」


掠れた声で静かに告げて、もう一度、震える唇に触れた。



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