ハマのヤ●ザと女医が同棲するまで | ナノ

ハマのヤ●ザと女医が同棲するまで

#  20

経庵が戻ってきたのは、あの夜から更に一夜明けた後だった。職場に姿を現したよろよろな姿を支えるようにナマエが駆け寄る。「大丈夫でしたか。」そう問いたい気持ちを呑み込んで「大丈夫ですか。」と声をかけた。経庵もまた、久々の徹夜をしたと遠い目をしながら葉巻を吹かす。

あれからも、度々、経庵が姿を消すようになった。けれども、ナマエの日常は変わらない。


「ミョウジ先生、久々に一杯どうですか〜?」
「いいですね、是非。」
「あ。立花君も来てくれますからね!」
「あはは。私は狙ってないので、どうぞ。」
「きゃーっ! やった!!」


今日は飲み会だ。一年に一度こそ忘年会をするが、それ以外ではあまり集まって外食をすることはなかった。時々、こうやってお誘いが来る。ナマエは車は職場に置いたまま、何人かのスタッフと共に指定された居酒屋へと入っていく。すでに数人の医師を含め、看護師や薬剤師など各コメディカルが集っていた。


「お疲れさまです、ミョウジ先生。」
「お疲れさまです、冠氏先生。」


真っ先に声をかけてくれた冠氏に目を合わせて告げると、既にお酒が回っているテンションの高い看護師がナマエの席を誘導する。


「よかった、来てくれたんだ?」
「ええ、せっかくのお誘いだから。」


隣に腰を下ろしていたのは、立花春樹という麻酔科医であった。実力はもちろん、その柔らかな物腰と甘いマスクに、一部の女性からは大人気のその人だ。


「立花くんが来るのも珍しいね。」
「ははは、俺はナマエさんが来るって聞いてね。」
「え?」
「復帰祝いも含んでるんだよ、これ。」
「あらま。そうだったの?」


同い年だからか、フランクに接せられる相手に、ナマエは微笑む。すぐに到着したビールで皆と乾杯をする。どうやら立花の言う通り、遅ればせながらの復帰祝いらしい。ケガをしても出勤していたのに、と苦笑しつつ、それに喜んで甘えさせてもらった。


「それにしても、ミョウジ先生を迎えに来てた車、凄くなかったですかー!?」
「あ、分かります。俺も見たけど、かなりの高級車っすよね。」


お酒が入ると皆気が大きくなる。日頃の鬱憤から、近況、弾む話の中で飛び出したのはナマエのことだった。思わず、卵焼きに伸ばしていた手が止まる。


「あれって、ミョウジ先生の彼氏ですか!?」
「えっ?」
「ンッ!? ナマエさん、彼氏いんの?」
「ち、違うよ……!」


隣からの大きな声に頭を振る。自分に集う数多の視線から逃げる様に、卵焼きを口にした。甘い風味が広がる。


「偶に別の車も来てたから、気になってたんですよね。」
「あーっと、ねぇ。えーっとねぇ。」
「隠さないで教えてくださいよ〜〜!」
「結構、ミョウジ先生を狙ってる人多いから、ここでビシッとはっきりさせましょう! ね、冠氏先生!?」
「うえぇえ?! ぼ、僕ですか!?」


いけない。マズイ展開になってきた。ナマエはあれやこれやと考えながらビールを傾ける。ヘルパー、というにはあの高級車はなんだとなるだろう。知り合い、といえばどこで知り合ったのかと言われるだろう。顔を見られていないのが不幸中の幸いだったけれども、とナマエが思案していると、隣から救済が降りてきた。


「まあまあ、皆さん。あまりナマエさんを苛めちゃダメですよ。」
「えぇ〜?」
「立花さんだって、気になってるくせにぃ。」
「そりゃ、ナマエさんに先越されてから不安だからね。」
「立花くんさえ良ければ、お姉さんがお相手しちゃうよ?」
「あ、私もいいよ〜?」
「ははは。ちょっと考えさせてくださいよ。」


上手に立花が話題を別のものへと逸らしていく。酔った彼らは、とりあえず盛り上がれれば良いのか、放たれた餌に勢いよく喰いつき、次はその話に切り替わる。


「……ふぅ。」
「大丈夫?」
「うん、ありがと。」


ぱたぱた、と火照る顔を仰ぐ。この熱は、アルコールだけのせいではないだろう。心配そうにこちらを見る冠氏に気付き、ナマエは平気だという意味を込めて柔らかく微笑む。途端、彼は顔を更に赤くして手にしていたビールを一気に飲み干した。おおお、と歓喜の声が上がり、次のターゲットは冠氏になったらしい。


「外、出よっか。」
「え?」
「熱さまし。俺も、ちょっと酔いまわっているからさ。」
「……そう、ね。」


まあ、いいか。とナマエと立花は席を立つ。からかわれたが、それを立花が華麗に受け流した。


「……。」
「ほらっ、冠氏先生も飲んで飲んで!!」
「一気飲みはヤメロよー?」
「わ、分かってますよ!」


外に出ると、思いのほか風が強かった。けれど、この身体の熱を放つにはちょうど良い。――こんな日が、前もあった気がする。ナマエは浮かぶ月を見上げて失笑した。


「あのさ、」
「ん?」
「……俺、嘘ついた。」
「え?」


隣を向けば、同じように立花は月を見上げていた。けれどすぐに眉を下げながら微笑んでこちらを見下ろす。その表情は、何故か自嘲しているように映った。


「同い年に先越されるから気にしてたんじゃない。ナマエさんだから気にした。」
「……え?」
「俺、ナマエさんのこと好きだから。」
「は?」


唐突な。あまりにも唐突過ぎるその言葉に、目を丸くせざるを得ない。外からも、中からもがやがやと騒音が響く中で、ナマエは彼の言葉しか耳に届かなかった。


「……すき?」
「そう、好き。俺、ナマエさんがここに入ったときから一目惚れしてた。」
「……。」
「同い年で、付き合っている人も居ないって聞いて嬉しかったんだ。この人と生涯一緒になりたいって初めて思った。」
「えっと、」
「マジで好き。」


目を瞬かせることしかできない。月夜に浮かぶ彼の双眼をじっと見つめて、ナマエは薄く唇を開く。何か言わないと――そう思っていると、立花は肩をすくめた。


「でも、なんとなく分かってるわ。俺には無理だなーってさ。」
「え?」
「ナマエさんに入り込む余地なさそうだもんね。」
「入り込む、余地?」
「そ。なんかずっと誰かを追い求めている気がするから。」
「……。」


前は、あの人で。
今は、彼で。

すぐにわかってしまう自分が、甚だ悲しい。


「でもさ、だからって『頑張って』なんて言えるほど、俺も良い人じゃないんだよね。」
「立花くん……。」
「我が儘言っていい?」
「う、うん。」
「春樹って、仕事以外の時は呼んでほしい。」
「……春樹、くん?」


戸惑いながら、導かれるまま告げると目の前の男は嬉しそうに笑った。


「そ! で、俺、諦める気はさらさらないから!」
「んん?」
「ナマエさんのこと、マジで好きなんだ。一緒に働いてて尚更思う。こんな恋したことないから。だから諦めたくない。」


立花がそっと手を伸ばす。肩に触れられてびくりとナマエの身体が震えると、嬉しそうにしていた表情は再び眉を下げた。


「教えて、アレは彼氏ではないんだよね?」


アレ、とは送迎をしてくれる車の持ち主のことなのだろう。


「……違う、よ。」


嘘はついていないのに、まるで嘘をついたような罪悪感を覚える。ナマエは視線を落とした。


「違うけど、多分春樹くんのことを想ってはあげられないと思うの。だから、」
「いいんだ。それで。」
「……。」
「俺は俺で頑張る。ナマエさんを振り向かせるたら、ラッキーって思う。だから、迷惑でないなら、拒まないで。」
「……うん。」


拒めるはずがない。自分だって、もし仮にそうであれば拒まれたくないのだから。
ナマエは控えめに頷くと、肩に触れていた手が離れた。同時に、着信の音が鳴り響く。


「ごめんなさい。」
「いいよ。」


ナマエはスマホを取り出す。そこには、種実屋経庵の文字が浮かんでいた。



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