ハマのヤ●ザと女医が同棲するまで | ナノ

ハマのヤ●ザと女医が同棲するまで

#  17

左馬刻に連れられるがままに来たのは、あからさまに『一言さんお断りです』という門の奥にあった。完全に、お偉いさんだけが通れる日本料亭だ。


「お待ちしておりました、碧棺様。」
「おう。いつもの部屋頼むわ。」
「承知しております。どうぞ、お連れ様もこちらへ。」
「は、はい……。」


門を通れば、女将や料理長らしき人を始め、複数のスタッフが出迎えをする。ナマエも医師としてさまざまな会食に参加し、それなりの高級店に入ったこともある。が、これほどまでの手厚いお出迎えは初めてだった。


「何緊張してんだよ、ナマエセンセ。」
「あのね、からかわないでよ。だいたい、どうしてこんなところに入れるわけ?」
「俺様を誰だと思ってんだ。」


にやにやと笑われる。はいはい、と受け流しながら周囲を見渡すと、やはりここは相当敷居の高い場所のようだ。日本庭園まである。橋を渡り、遂には離れた部屋まで案内をされた。


「こちらです。どうぞお入りください。」
「ん。」
「失礼します……。」


通された部屋は、たった二人のために用意された場所とは思えない程広い。料亭ではなく、高級旅館なのではないかと疑うレベルだ。思わず、ナマエの視線は辺りを彷徨った。


「では、お食事はお話いただいた通りにご用意させて頂きます。」
「頼んだわ。……酒、ビールでいいか?」
「あ、うん。お願いします。」
「かしこまりました。ただいまお持ち致します。」


キレイな作法で女性は部屋を後にした。左馬刻は慣れたようにその場の座布団へと勢いよく腰を下ろす。しかも胡坐だ。


「何してんだ、早く座れよ。」
「左馬刻くん、いつもこんな場所で食事とってるの?」


前に連れて行ってもらった中華は、質素な感じだったのに。


「あ? ……ま、偶にな。」
「……ふぅん。」


頬杖をつきながら視線をそらした姿に、ナマエは訝しげに目を細める。目敏く気付く左馬刻は相も変わらず不機嫌そうな表情で片眉を器用に上げた。


「なんだよ。」
「別に。なんでもないわ。」


不満げなそれは変わらないが、ナマエは無視をして彼の向かいに腰を下ろした。まもなくして、ビールと共に肴が届けられる。乾杯、とグラス同士のセッションを奏でる。


「っあー……生き返る。」
「おっさんかよ。」
「今日は一仕事した後だから沁みるのよ。」
「へぇ?」


ふ、と目の前でもビールを飲む男に当然の疑問が浮かぶ。


「ねえ、飲酒運転はダメだからね。」
「アホか。人呼ぶに決まってんだろ。」


恐らく、彼の部下もとい舎弟なのであろう。食後は恐らく時刻は深まる。そんな時間に、足として使われるなんて可哀そうにと同情だけする。広いテーブル目一杯に置かれる数々の料理を前に、二の次は紡げなかったのだ。


「はっ。」
「ちょっと、何?」


スタッフがその場を立ち去った途端に、目の前の男が鼻で嗤う。突然のそれにナマエは思わず口を尖らせた。だが、男の眼を見るとその紅玉は優しく微笑んでいる。とくり、と胸が跳ねた。


「めちゃくちゃ目輝いてんぞ。」
「え?」
「ガンつけなくても料理は逃げやしねえよ。」
「!」


どうやら、目の前に料理が出されている間、食い入るように見ていたことを笑っていたらしい。自分の表情を見られていたことは無論、年下に言葉で指摘されることに羞恥を感じてナマエは視線を泳がした。


「そ、そんなつもりじゃ……。」
「ほら、食えや。」
「…うん。いただきます。」


手を軽く合わせながらそう言うと、左馬刻も同じように小声ながら言葉を発した。どんなに横暴でがさつでも、こういうところはしっかりするのだなとナマエは感嘆する。けれども、目の前の欲望の塊には勝てずにすぐに手を伸ばした。


「あぁ、美味しい〜!」
「そうかよ。」
「なにこれ、初めて食べた。え、こんなきんぴらごぼうあるんだ。」


更に手を伸ばす。次にとったのは鯖寿司だ。食べやすい形に整えられており、女性でも容易に口にしやすいのが魅力的でもある。が、実際に食べてみると口に広がる風味に目を見開く。酢によってしっかりとしめられている味。分厚い鯖に舌がとろけそうだ。


「あぁ、幸せ。」
「安い幸せだな。」
「十分高い幸せだよ……美味しい、本当に、それ以外の言葉が出てこない。」


恐らく、人生でここまでの美食を味わえるのはこれが最初で最後であろう。いくら医師とはいえナマエには到底ここまで辿り着くステイタスはない。


「次、日本酒頼んでもいい?」
「おう。」


すぐに徳利とぐい呑が届くと、慣れた手つきで左馬刻が注いだ。二人で再び酒器を傾けて無言で乾杯をした。ぐい呑を傾けると、芳醇な香りと共にすっきりとした味わいが舌を転がる。


「……最高。」
「だな。」


あの左馬刻もこのラインナップには大層ご満悦らしい。いつものように眉間にしわが寄っておらず、心なしか機嫌も良く映る。ナマエはそんな些細な出来事にすら喜びを感じて、再びそれを傾けた。空になればすぐに注がれるそれと、舌をとろけさせる料理の数々にナマエも調子が良くなってきた。

いつもよりも口は軽くなり、私生活のことも含め仕事の話も零す。左馬刻は意外にも受け流すようなことはせずに、淡々ではあるが短い返事をして話を聴いていた。これが、尚更ナマエの機嫌を良くしている。


「でね、気合入れて手術室入ったんだけど誰も居なくって。おっかしいなーと思ってたら、隣の部屋に入っちゃっててさ。気付いたとき一人で変な声出しちゃったわ。」
「気合入り過ぎだろ。」
「ふふ、ほんとね。でも、やっぱり術場にたつと気が引き締まって、あの緊張感がないとダメだなぁってなっちゃう。」
「普段がだらしなさ過ぎなんじゃねぇの?」
「そんなことないですー! 冠氏先生も、凄い褒めてくれたんだよ?」
「あ? 何だって?」


片眉が上がった左馬刻にはナマエはくすくすと笑う。


「冠氏絹先生っていう男の先生。凄い名前だよね!」
「名前だけがご立派じゃねぇの。」
「もう、経庵先生みたいなこと言わないでよ。」


静かな笑いが止まらない。


「私よりも若い先生なんだけど、腕も一流で、人も良いんだよ。私のこともいつも気にかけてくれるし。」
「へぇ?」
「経庵先生は、私に気があるって仰ってるけど、人懐っこい感じだから勘違いされるのかなぁ。」
「人懐っこい、ねぇ。」
「左馬刻くんとは大違いだね。」
「うっせぇよ。」


吐かれる言葉は変わらぬ暴言だが、その単語に棘は一切なかった。彼も、この空間に酔いが回っているのだろうか。ナマエは楽しそうに笑顔を浮かべた。



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