ハマのヤ●ザと女医が同棲するまで | ナノ

ハマのヤ●ザと女医が同棲するまで

#  14

ナマエが目を覚ました時、既に夜は明けていた。慌てて寝室から出ると、既に左馬刻の姿はない。代わりに、テーブルにメモが置いてあった。


「鍵はポスト……。」


それだけ。期待していたわけではないが、淡々として文字に些か気落ちをする。メモをテーブルに戻そうとしたとき、裏面にも何かあることに気が付いた。11桁の数字と、アルファベットと数字の入り混じったアドレスが綺麗な字で記されていた。

途端、心が弾む。すぐにスマホをカバンの中から取り出して、何度もメモと見比べながら入力していく。『碧棺左馬刻』が新たな連絡帳に追加された喜びに、頬が緩む。すぐに一報入れよう。昨日のお礼であれば自然なはずだ。ナマエが両手でスマホを持ち、画面に送信完了のメッセージが出るとこれを胸に抱えた。


「……って、なんで。」


ふと冷静になる。なぜ、自分はこんなに一喜一憂しているのか。


「(左馬刻くんはヤクザで、住む世界は違う。今回のことだって、ただ後始末をしただけできっと他意はないはず。……彼はただ、自分の面子のためにやっただけで。)」


何度も、何度も言い聞かせるたびに、悲しみが覆う。今送信したメールだって、向こうからしたら調子に乗られていると思われているのではないだろうか。そんな被害妄想さえ浮かんでくる。ああ――昔にもこんな感覚に陥っていた。これは確か、あの人と付き合い始めてから……。


「(っ違う。違う。……決して、左馬刻くんが好きなわけじゃない。)」


好意があるのは認めざるを得ない。彼の眼差し、彼の手つきはナマエを安心させる。けれども、それはきっと恋情の好意ではないはず。そう、言い聞かせていると部屋の中に来客を知らせるベルが鳴り響いた。まさか、と慌ててインターホンを覗くと


『ナマエさーん、おはようございまっす!』


笑顔がキラキラと輝く一郎の姿があった。


「いやー、朝からすんません。」
「それはいいんだけど、どうしたの?」
「へへ、実はこっちに用があったので来ちゃいました。」


あ、お土産もありますよ。と片手にイケブクロで有名な洋菓子店のロゴ袋をかざす。ナマエは玄関で話すのもなんだから、と彼を部屋の中に招き入れる。鍵を閉めるのと同時に、ポストの中を確認すると確かに鍵があったので回収をした。


「お邪魔しまーす。」
「どうぞ。コーラ買ってあるよ〜。」
「マジすか! ありがとうございます……って、俺も手伝いますよ!」
「ふふ、ありがとう。」


ケーキを冷蔵庫にしまってもらおうかな、と共に歩き始めた時、一郎は足を止めて怪訝そうな表情をする。


「どうかした?」
「……この、ニオイ……。」
「え?」


一郎のオッドアイが辺りを見回す。そして高い鼻がすんすんと動いた。


「タバコ……?」
「!」
「ナマエさんって、煙草吸いましたっけ?」
「……昨日、友だちがきたの。その人、ヘビースモーカーだから部屋に残っちゃったのかも。」


ごめんね、気付かなかった。と、ナマエは踵を返してベランダの扉を開けた。午前の心地の良い風が舞い込む。どきどきと、速くなる鼓動がバレないように、とそっと息を吐いた。


「……そっすか。」
「朝ごはん、まだなの。一緒にどう?」
「マジで?! やった!」
「そんな喜ばれても、期待に応えられないかもしれないけどね。」
「いあいや、俺、マジでナマエさんの料理大好きなんで!」
「そう? 嬉しいなぁ、ありがと!」


まだ手放せない松葉杖だが、料理をするのは問題ない。一郎と共にキッチンへ行くと、ふとその微かな変化に気が付いた。


「(洗ってくれてる……。)」


昨夜、珈琲を淹れたカップが洗われており、きれいに勝たされていた。そして同時に、コンロの奥にいつも置いていた灰皿が無くなっているのにも気が付く。煙草の香りが残っていて灰皿がないということは、きっとこれを使ったのであろう。そしてそのまま持って帰ったのであろうか?


「俺、ナマエさんの卵焼きがいいな。」
「白だしでよければ。」
「よっしゃ!」


何があったかなと冷蔵庫を開けると、見慣れないコンビニの袋が置いてあった。取り出して中を覗けば小振りな野菜サラダとみかんのゼリー。主食として2個入りのおにぎりが入っていた。


「(左馬刻、くん……。)」


不愛想な顔をして、暴力的な言動をして、それでも心はこんなにも優しい。先ほど言い聞かせたばかりであっても、その高鳴りは抑えることが出来なかった。

一郎の希望通り、白だしを使った卵焼きを作り、もともと炊いてあったご飯を一郎に、おにぎりは自分用に出す。左馬刻が買ってきてくれたサラダも添える。インスタントの味噌汁もあったことを思い出しそれも追加すると、2人分の朝食はテーブルに広がった。デザートでゼリーも半分こするが、一郎には足りないかもしれない。デザートの小さな容器を持ちながら杖をつく。


「一郎くん、お待たせ。」
「っあ……ありがとうございます。」
「? どうかした?」
「い、いえ! ナマエさんのは、おにぎりかぁ。」
「うん。」


一郎にデザートの容器を渡して任せてから椅子に座った。ふと、思い返す。テーブルの上に置いていた礼の紙がない。どこかに落ちたのだろうかと床に視線をやるが、やはりない。大方、窓を開けた時に風で部屋の隅に飛んでいったのであろう。


「そういえば、こんな早くにヨコハマいるの珍しいね?」
「あぁ。ハマに引っ越す家族の引っ越しっ作業を手伝ってたんだ。」
「もしかして、終わったばかり?」
「ご主人の都合で夜中しか移動できないらしくってさ。さすがに二郎と三郎には任せらんねーっしょ?」
「それは大変だったね。お疲れさま。」


ご褒美に自分の分のデザートも一郎に渡すと、遠慮こそしていたものの最終的には受け取ってくれた。


「この後は、どうするの?」
「へへ。新刊が発売されるんで、本屋に行きます。」
「そっか。この家の近くにあるし、開店までゆっくりしてってよ。」
「ッス! ナマエさんは……あー、急にきてなんですけど、予定あるんですか?」
「ううん、今日は何もないよ。だから、お客さまが来てくれて嬉しい。」


インスタントの味噌汁が、朝の身体によく沁みる。


「よかったら出かけませんか?」
「え?」
「今日バイクで来てるんですよ。だから、ナマエさんさえ良ければ……映画とか、買い物とか、付き合わせてください!」
「……一郎くん、……うん。ありがとう。」
「じゃあ!」
「出かけよっか。」


頷いた途端、一郎はウエストポーチから雑誌を取り出した。『ヨコハマの名店大特集!!』という文字がでかでかと書いてあり、何個か付箋まで丁重に貼りつけられている。


「俺、ここのラーメン屋に行ってみたいんですけど、どうっすか?!」
「うん、良いと思う。久々にラーメン食べたいなぁ。」
「オススメはこの醤油ラーメンらしくって!」
「あ、確かに美味しそう。このお店、チャーシュー大きいね。一郎くん好きそう。」
「へへ、実はすっげぇ気になってんですよ!」
「本屋行ってから、この店の近くを散策だね。」


ラーメンでも食べ終わったらまた戻ってきて、一郎くんが買ってくれたデザート食べよっか。
ナマエの言葉に、一郎は笑顔を終始浮かべたまま頷いた。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -