ハマのヤ●ザと女医が同棲するまで | ナノ

ハマのヤ●ザと女医が同棲するまで

#  13

ふー……とベタンダで一息つく。勝手に入り込んだキッチンから、隅に置かれていた灰皿を掴んで夜空を仰いだ。既に雨雲はどこかへと移動したらしい。独特の湿気のせいで髪が頬に張り付いてうっとおしい。

先ほどまで共にしていた女は、既にベッドで横になっていた。過度の緊張と疲労でか、椅子に座って珈琲を飲んでいる間に次第に瞼が落ちていったのだ。


「俺様に運ばせるとか、高くつくぞ。」


すぐに帰ればよかったがヤニが吸いたくなった。その欲望には勝てずにベランダに出て一服する。瞼を閉じれば脳裏に浮かぶーー長身の背中の奥で、彼女が恐怖に目を大きく震わせている姿が。左馬刻の姿を確認した途端に、その震えが止まったのにも気が付いた。


「くそ……。」


そして離れない。撫でた頭から離したときに見上げた来た、あの表情が。酷く切なげに、縋るようなそれはやけに艶やかだった。逞しいあの女が見せる自分だけへの視線。あの時、逸らせなかった瞳のように一瞬身体が縛られる。再び手を伸ばして抱き留めたかった――欲求は、誤魔化せない。

ふと、現実に引き戻される。煙草を灰皿に押し付け、臀部のポケットからスマホを取り出した。見知った名前にすぐに通話へと切り替える。


「んだよ。」
『とんだ一言ですね。』


電話越しに聞こえる嘲笑うような声は、今はただ鬱陶しいだけだった。どうせ報告だけでは済まないのだろう。分かっていても、これを切るわけにはいかない。


『あの男の身柄はこちらで押さえました。今後は、違法マイクの入手ルートに捜査が切り替わるでしょう。』
「今回はクソだったが、使いようによってはヤベぇぞ、アレ。」
『ええ。もし実力者が持てば、狂気も力にできるでしょうね。初めてみるタイプなので時間はかかるでしょうが、警察としても見逃すわけにはいきません。』


まるで麻薬のような狂い具合。そりゃ、お前が見逃すわけねぇよなぁ。
そう告げれば相手の琴線に触れるであろう。今はそんな気分ではないために言葉を飲み込む。


『彼女の容体は?』
「問題ねぇ。」
『あの左馬刻自ら、彼女の護衛を依頼されたときには酷く驚きましたよ。』
「……。」


ほら、やっぱりこの男は報告だけでは済まない。


『話を伺って、あの男の狂気の沙汰が彼女に向かうのは想定内でした。ですが、貴方自らが拘束のために毎日動き、その間彼女の身を私に頼んでくるとは……。どういう心境の変化ですか?』
「うっせぇ、余計なことに首突っ込んでんじゃねーよ。だいたい、テメェが今日の予定確認せずに放置してたのが悪ィんだろーが。」
『おやおや、こちらだって暇じゃないんですよ。護衛、監視しつつ警察内部でバレずにするのも、大変なんですからね。』
「しるかクソポリ。」


だいたいアイツも、普段家にいるくせに外出してんじゃねぇよ。
再び煙草を口を咥える。湿気のせいで少し感触が柔らかくなっていた。


『今日は監視つけてなかったんですか?』
「……見逃したんだってよ。」
『役に立ちませんねぇ。』
「お前も似たようなモンだろ。」
『殺すぞ。』
「上等だオラ。」


いつものように男の捜索をしている最中で、舎弟から届いた連絡は監視しているはずの対象を逃したとの連絡。朝からスーツに身を包み、みなとみらいにある会場で医学会に参加しているところまでは連絡を受けていた。だが、あまりの人の数に見逃したというらしい。役立たずになんと暴言を吐いたのかは覚えていないが、そこからみなとみらい中を走り回った。

何もなければそれに越したことはない。だが、何かあってからでは……遅いのだ。

やられた舎弟のほとんどはマイクの前に倒れ、片目を抉り取られるという狂気を受けていた。意識の戻った連中をまずは殴り、話を伺えば「復讐、アイツ殺す、女、どこだ、殺す、人質」とひたすら呪文のように繰り返していたらしい。

あの時、男の視界にナマエがしかと入っていたのだろう。男にとってその女が誰だろうと関係はない――火貂組、強いては左馬刻を殺すためであれば全てが敵であったのだろう。


『神宮寺寂雷がいた、と聞いています。』
「ま、先生も学会に参加してたんだろ。おかしな話じゃねぇ。」
『ナマエさんと2人で、どこに行っていたんでしょうか。』


ぴくり、と片眉が動く。


『同じ医師同士の食事会にしては親密なようで。なんせ夜分までですからねぇ。』
「テメェ……何が言いてぇ。」
『いいえ? 人様の恋路に首を突っ込むほど、無粋な人間ではありませんよ。』
「……。」


恋路、だぁ?
眉間の皴は、先ほどよりも深々しくなっている。だが、それに本人が気づくことはない。


『とはいえ、彼女が神宮寺寂雷と接点があるならば、我々も必要以上の接触は避けた方がよいでしょう。』
「あ?」
『彼女がこちらの情報を流す可能性は否定できませんから。もしかしたら、貴方たちに接触したのも彼らの作戦という推測も容易にでき――』
「銃兎。」


低い、低い声が喉から発せられた。簡易に怒りへと達する左馬刻ではあったが、静かに沸点へと達する静かな炎。電話越しから生唾を飲む音が聞こえた。


「余計なこと詮索してんじゃねえよテメェは黙って従ってろ。」
『……。』
「だいたいあの女にそこまでの器量はねーよ。」
『……ふ。』
「あぁ? 何笑ってんだクソうさ。」
『神宮寺寂雷ではなく、ミョウジナマエを擁護するんだな。』
「……。」
『まあいい。また分かったら連絡する。後、テメェに従った覚えはねぇよクソガキ。』


つーつーつーと耳障りな音が左馬刻へと届く。手に握る機器を潰したくなる気持ちを抑えながら、左馬刻はしまう。そして、頭を掻きむしりながら室内へと戻った。足は一直線に、寝室へと進む。


「うるせえ、……うるせえんだよ。」


布団の中で安らかに眠る彼女の姿。以前見た時よりも穏やかだその寝顔に、不思議と苛立ちを覚える。目元にかかる髪を耳にかけると、気のせいか彼女の口元は緩んだ。つられるようにして、目元が薄まる。


「……笑ってんじゃ、ねえよ。」


そっと、眠る彼女に影を落とす。
静かな吐息を飲み込み、柔らかな感触に瞼を閉じた。

荒れていた心が、穏やかになるのが確かに分かる。
離したくない。キス一つでそう感じたは、生まれて初めてのことだった。



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