「……で、この先が路地裏に繋がってるのかな。」
「そうみたい。気を付けて行こうね。」
「路地裏の魔人、か。」
ドヴォールに着いた私たちは、情報屋のジョウと知り合った。
その際に、こちらの列車テロ情報を差し出すことで多くのネタを得ることに成功。
アルクノアが源霊匣をつくるための素材である精霊の化石と増霊極を求めていることを。
それをプラートと呼ばれる、ドヴォールの民間自治組織が引き渡していることを知る。
自治組織だなんて表向きの都合のいい看板に過ぎないでしょうけれど。
そして情報はこれ以外にも得られた。
運良くジュードの名前のお蔭で手に入ったものだけれど、ドヴォールの裏路地で人を夜な夜な狩るという「魔人」が出没しているらしい。
私たちはその正体を探るために、裏路地に足を踏み入れていた。
「なんか、いかにもって雰囲気。」
「ほんとほんと!」
「エル、大丈夫?」
「へっ平気だし……!」
「そう? 手でも繋ごうと思ったけど平気なら要らないよね。」
「いっ、いる! ……えと、つ、つなぎたいんだったら、いいけど?」
「ふふ。じゃあ、手はい。」
「ん。」
小さな小さなエルの手をきゅっと握る。
「エルの手は小さいね。」
「ナマエの手がおっきいんだよ。」
「そんなことないよ。エルもすぐこれぐらいになる。」
「し、知ってるし!」
ちょっとした震えが伝わってくるが、これすら愛おしい気分だ。
子どもって悪くないね。
「アルクノアは、なんで源霊匣の材料を集めてるんだろう?」
「兄さん、源霊匣って言ったかい? 興味があるなら、素材揃えられるぜ。」
途端、言い寄ってくる男。
「精霊の化石を扱っているんですか?」
「ああ。微精霊クラスだけどな。」
「最近、精霊の化石を集めてる集団がいるって聞いたことないですか?」
「ああ。アルクノアだろう?」
やっぱりアルクノアが……。
でもどうして――っ!?
「ジュード君後ろッ!」
「!」
「動くな、Dr.マティス。」
しまった、完全にやられた。
ジュード君の背中に拳銃つきつけるなんて、この男許すまじ。
「奴らから、あんたの身柄確保も依頼されてるんだ。」
「こんな街中で……! この人たち、」
「プラート!」
「あっ……ナマエっ、ジュードが!」
「大丈夫、じっとしてて。」
気付けば数が増えている。
あまりの手際の良さに感心したいけれど、今はそれどころじゃない。
エルは恐怖で体が震えてる。
さっきよりも強いそれが、直に手から伝わってきているほどだ。
「ジュード君を、離してくれない?」
「悪いがそいつはできないな。」
「……エル、手を離して。助けるから、泣かないで。」
「っ、」
「いい子。ルドガーの後ろに。」
そっと手が離れ、エルがルドガーの背後に隠れたのを確認する。
背負っていた槍を手にすると、当然ながら銃口が私に向けられた。
「妙なマネはすんなよ!」
「私からしてみれば、ジュード君に手出ししている方が"妙なマネ"だけど。」
「……待て、お前……。」
ふと、最初に声をかけてきた男が私を凝視する。
酷く不愉快だ。
「その髪色、まさか……?」
「違うだろ。もう死んだって聞いたぜ。」
「でも見ろ。深紅色の髪だ。」
なに? こそこそと。
「話をするなら、もう少し声量大きくしてもらえるか、なッ!」
「なにッ!?」
一歩踏み込み、私を凝視していた男に矛先を突き立てれば一気に流れは変わる。
ジュード君が背後に回っていた男を素早く撃退する一方で、レイアとルドガーも機転を利かして周囲にいた残党を蹴散らす。
「くそっ、」
「大人しくしてちょーだい!」
反抗して、なおも銃口を向けてくるその男の手元に槍を振りかざせば、当然彼の手からは銃が離れていき、同時に微かな血痕が舞った。
これが、少女にとっての恐怖を最高点にまで煽ってしまったのだろう。
「きゃあああああ!!」
――!
私たちは、再び奇怪な現象を体験することとなる……。
「え、なに!?」
「今のは……?」
「この感覚は、また……。」
何かに吸い込まれるような、そんな感覚。
そして裏路地にいたはずが通りに逆戻りをしていた。
「仕方がない、もう一度さっきの裏路地に行ってみよう。」
ルドガーの言葉に頷いて歩き出す。
が、くいっと引っ張られる感覚に、思わず視線が下を向く。
そこには、俯いたままのエルの姿。体が震えている。
「エル……ごめん、怖かったね。」
「……ばか……。」
「ごめんね。」
こんな小さな子に、あんなものを見せてしまった。
気丈に振る舞ってはいるもののまだ幼いんだ。
争いとも、傷とも、無関係の純白な子に対して配慮が不足していたかもしれない。
「もう大丈夫だよ。怖くない、怖くない。」
「し、ってるし……!」
「うん。」
何度か頭をぽんぽんと撫でれば、「帽子がズレる!」と普段の調子で手を跳ね除けられてしまった。
うん、元気が出てきた。良かった。
「行こっか、歩ける?」
「トーゼンでしょ!」
「なら進もう。」
「ぁ……手…にぎってあげても、いーよ。」
不安げに瞳を揺らす彼女に、返答は決まり切っている。
「嬉しい。」
小さい手を再び握り、裏路地へ改めて進んだ。
少し先には私たちを待っていてくれるジュード君たちが。
ちょっとだけ眉を下げて、優しく微笑んでる。
そんな彼らとともに、再びあの路地裏に辿り着いた。
先程と同じように、男が私たちに近づいてくる。
「どうした? 随分と顔色が悪いが……。」
「!」
「うあ!?」
背後から近づいてきた銃を持つ男を、ジュード君が取り押さえた。
一緒だ。発言こそ違うものの、動きが全く一緒。
時を遡っているのか……? でも、それだけじゃない気がする。
「あなたたちやアルクノアが、僕を憎む気持ちはわかります……。でも、源霊匣は信じてください! あと一歩で実用化できるんです!」
ジュード君のその言葉に、相手は酷く顔色が変わった。
男が合図をすれば先程同様仲間が集まり、一斉に銃口を向けてくる。
「ナマエ……!」
「大丈夫。ちゃんと後ろにいてね。」
今度はしっかりと、私の背後にエルを回す。
「ジョウめ、喋ったな!」
「手加減するな。どうせリーゼ・マクシア人だ。」
緊迫した雰囲気が流れる。
「――では、こちらも遠慮なく。」
けれどこれを壊す静かな声とともに、彼らに精霊術が発動された。
路地裏に、そっと影が落ちる。
「危ないところでしたね。」
「ローエン!」
「だれ……?」
「一緒に旅をした仲間なんだ。」
(……違う)
(…そう、何かが違う……!)