どういうことなのだろうか。
何かが割れるような感覚に陥ったと思ったら、急に目の前の景色が変わった。
「さっきまで、屋上にいたのに……。」
そう、屋上にいたはずの私たちは、エリーゼと再会した場所まで戻っていたのだ。
一体全体、どういうこと?
「ルル!」
「大丈夫、任せてー!」
そうだ! ルルがヴォルトの攻撃でマヒしてたんだった。
エリーゼが素早くルルの状態異常を回復してくれる。
二人がこっそりと何かを話しているから、いっそのこと今ミニ会議しよう。
「ねえ、なにこれ。」
「俺も聞きたい。どうなってるわけ?」
「僕にもわからないよ。でも……。」
「ルドガーも……分からないよね。」
「…………ああ。」
きっと、彼自身が一番混乱しているのだろう。
聞いた話じゃ列車内で急にあんなことが起こったのが初らしい。
立て続けじゃあ、なぁ……。
「それにしても、いつのまに源霊匣ヴォルトをつくる準備を……。」
「バランが知ってるはずだ。屋上に戻ってみようぜ。」
「だね。考えても分からないならし。」
「ルルは?」
「もう大丈夫です。」
よし。なら屋上に行こう。
心なしかエリーゼの表情が嬉しそう。エルとの会話で何か進展があったのだろうか。
どちらにせよ、微笑ましいことだ。
屋上にはすぐに辿り着けた。
けれど、目的のバランさんがいない。
「誰もいない……。」
「バランさん、もしかして別の場所に避難したのかな?」
「いや。出て来いよ、バラン。」
え、上?
アルヴィンに釣られるようにして上を見上げると、昇降機で昇ったのだろう、バランさんが建物の陰に隠れていた。
「良く分かったね、アルフレド。」
「ガキの頃から隠れ場所変わらな過ぎ。」
もしかして一年前、昇降機の中にいた時も上に避難しようとしていたのだろうか。
彼はそれを使って私たちのもとへと降り立った。
「バランさん! 源霊匣ヴォルトがどうして稼動しているんですか!」
「え?」
「わたしたち、暴走しているヴォルトを見たんです。」
「戦ったよービリビリー!」
早速ジュード君が詰め寄るも、バランさんが意外そうに声を上げた。
そしてすぐに首を横に振る。
「源霊匣ヴォルトなんてつくってないし、つくる準備もしてないってば。」
「どういうこと?」
「源霊匣自体の制御がうまくいってないのに、大精霊クラスなんて無茶すぎだろ。」
「けど、ビリビリいたよね?」
「なんだったんだ、ありゃ……。」
確かに、私たちはヴォルトと一戦を交えたのに。
実際にはヴォルトは存在してすらいない――この矛盾は一体どういうこと?
「そんなことより、ユリウスのことを教えてくれ。」
「なに、君、警察関係者?」
「彼、ユリウスさんの弟なんです。私たち、彼の情報が欲しくて。」
「へぇ、弟がいるなんて知らなかった。けど、考えてみたらあいつ、長男っぽい性格だな。」
一瞬警戒を見せたが、そうフォローするとバランさんは微笑む。
けれど意外だ。ユリウスさん、弟自慢してそうなのに。
……そういえば、クラン社の人たちって、ルドガーのこと知らなかったよね。
ユリウスさんの弟なら知っていても、おかしくないのに。あんな有名人だし。
「で、知ってるの? ユリウスって人のジョーホー。」
「あいつが超トマト好きだとか?」
「バラン。」
「ごめん。ユリウスとは半年くらい会ってないよ。列車テロのニュースを聞いて驚いてたとこさ。」
知らない、か。
「行き先に心当たりありませんか?」
「カナンの地とか?」
「カナン……そんなこと言っていたような。何だか知らないけど。」
けど、ユリウスさんの口からカナンの地が出てきたってことは。
もしかして、彼もそこを目指して? とりあえず知っていることは確かになったなぁ。
「カナンの地は、魂を浄化し循環させる聖地よ。」
嘘、この声――!
「ミュゼ!」
「こんにちは、ジュード。ナマエも久しぶりね。」
「ミュゼ、あなたどうしてここに。」
精霊界をわざわざ抜け出してきたの?
「ミラが、いなくなっちゃったの。」
「いなくなった……?」
「魂の浄化に問題が起きたと言ってたわ。」
ヴォルトが言っていた言葉は魂、汚染、進行で間違いないんだ。
魂の錠かに問題が起きたって、どういうこと?
「私の力を使って精霊界を飛び出した後、連絡がつかなくなっちゃって……。」
「人間界にきてるの?」
「そのはずだけど……会ってないのね。」
「…………。」
ジュード君が無言で頷く。
ミュゼの視線が私にも向いたが、生憎会っていない。
同じようにゆっくりと首を横に振ると、ミュゼは哀しげに眉を下げた。
「そう……。無事なら、あなたたちと一緒にいるはずと思ったんだけど……探さなきゃ。」
ミュゼはそれだけ言うと、颯爽と飛び去ってしまった。
「……ミラが、行方不明……。」
ジュード君の声が、酷く揺れている。
「ジュード君、ミラなら大丈夫。……ね?」
「う、ん……。」
そうは言っても、やっぱり心配、か。
ミラ……。一人でどこ行っちゃったんだか。
連絡がつかないだなんて……。
「さて、どうするんだ?」
「なんとかバード! メガネのおじさんを捜してる人がいるって。」
「マクスバードか?」
ヴェルに教えられたユリウスさんの手がかり。
こっちが当たればいいんだけれど……。
「わたしも連れてってください!」
「間違いなく、やっかいごとだぜ? 学校に戻った方がいいんじゃないか。」
「でも、ミュゼが出てくるなんて普通の危なさじゃないでしょー。」
「わたしも、できることをしたいです。」
「……俺も手伝うよ。仕事の合間で良ければ。」
「なんか人いっぱい!」
大所帯にはなっているけど、皆腕の立つ仲間だ。
きっと、ルドガーの力になってくれるはず。
「…………、」
「ジュード君。」
「ミラが……。」
「……信じてあげよう。大丈夫、すぐ顔を出してくれるよ。」
「そうだったら、良いんだけど……。」
……そっか。
連絡がつかないって、こういうことなのか。
もしかして私も……。
私が連絡しなかったから、ジュード君にこんな顔させていたのだろうか。
毎日、そうさせていたのだろうか。
「……ごめんね、ジュード君。」
「え?」
「連絡つかないって、心配だよね。」
「えと、……。」
「ごめん。私も、きっとジュード君のこと不安にさせてたんだろうなって。」
「そんな! ナマエさんなら、きっと無事で、上手くやってるって、信じてたから。」
ジュード君……。
「そりゃあ、毎日心配だったし……さ、寂しくも……あったけど。」
「かっ……!」
「か?」
「可愛いっ!」
「んむぅっ!?」
いつだかの警告など忘れて、ぎゅっと抱きしめる。
慌てたジュード君もまた愛らしくて。こうやって再会できて良かったって、凄く思える。
「ね、ミラのことも信じよう。」
「んむ?」
「ミラも私と同じく強い人だよ。大丈夫、上手くやってる。」
「……ん。」
大人しくなった彼の頭をそっと撫でる。
ミラは酷く無茶する人だけど、上手くやれているはずだ。
だからミュゼ。早くミラを見つけて。
そしてミラ。早く私たちに、会いに来て。
「わ、ナマエがジュード抱きしめてる!」
「は!?」
「あれも久々、だな。」
「だねー!」
「はいっ!」
えへへ、皆の注目の的だよ。
これもジュード君が可愛いからだね……って白眼剥きそう!?
「なんか……これフツーっぽいね。」
「は!?」
「これから一緒に居る機会多いんだろうし、慣れとけよルドガーくん?」
「…………。」
(可愛い可愛いジュード君)
(やっぱり、香りも一年前とは違うんだなぁ)