The Darkest Nightmare | ナノ



――港の倉庫街。
冴は懐に忍ばせてある拳銃の弾を確認して、遠くでバイクを止めた。周囲には人影はない。足音を立てないように倉庫街を歩く。Aの区域には車は見つからず、続くB区域にもそれはなかった。目的とする白い車は倉庫C-1の前に止まっていた。その隣には、黒い車が。

最悪の事態が起きているようだ。冴は眉を寄せて、ゆっくりと倉庫に近づいていった。外に見張りはいない。中に皆が集っているのだろう。息を殺す。倉庫に近づこうとまた一歩踏み出した途端、背後から気配を感じた。


「ッ!」


声を押し殺して振り向き、拳銃を構える。


「……。」
「……。」


相手の姿を確認して、冴はゆっくりと腕を下ろした。


「……驚きました。どうしてここに。」
「それはこちらの台詞だ。警察病院に行ったのではなかったのか。」
「部下に任せました。」
「そうか。悪いが後を追わせてもらった。――ああ、降谷くんのだ。」
「そうですか。」


目の前の男はポケットに腕を入れたまま、冴の横に並んだ。


「赤井、恥を承知で頼みます。力を貸していただきたい。」
「何を恥じることがある。俺は元からそのつもりだ。」
「……ありがとうございます。」


――ガウンッ


「!?」
「……。」


自分よりも先にここにいたという赤井に、現状を聞こうと口を開いた刹那、倉庫街に銃声が響く。冷や汗が流れたのを感じながら、冴は小さく息を吐きながらグリップを握った。それを赤井が横目で見る。


「君が、冷静な人間で助かった。」
「仮にも組織の人間ですから。現状を。」
「2人とも手錠で仲良く捕獲されている。中にいる組織員は3人。どれも嫌なくらい鼻がいい連中ばかりだ。」
「ああ、本当に、嫌ですねぇ。」


冴は頭を叩いた。瞼を閉じて、脳裏に浮かぶここの地形を思い出す。地理を制する者が勝負を制するーー昔、上司から教わった言葉を思い出す。既に時刻は夕方に回っていた。丁度沈もうとしている橙色の夕陽が倉庫街を赤く照らす。


「そこから微かに見える。」


赤井の言葉に、倉庫の外壁に切り込まれている微かな隙間から中の様子を窺った。会話の内容までは分からないが、ライトスタンドの近くに長髪の男が拳銃を向けて立っている。その銃口の先に、柱に固定されている男女が2人。そのサイドにも組織の人間が男女立っていた。


「スタンドの真上に、壊れかけのライトがある。」
「そこを打ち抜いて照明を殺す作戦ですね。」


赤井の言う通り、ライトスタンドの真上に、今にも落ちそうな吊るされている壊れかけのライトがあった。あれを打ち抜けば、ライトスタンドを壊すことも可能だろう。ライトスタンドを狙えばどこから射撃したのかがバレる恐れも少なからずある。


「私が打ちます。貴方は扉を蹴り開けて陽動をお願いできますか。」
「それは構わないが……その後はどうする。」
「隣の倉庫、B-6に入りましょう。いい隠れ場所があります。」


冴は懐から別の小型拳銃を取り出した。赤井に視線を配ると、彼は何も言わずに小さく頷く。倉庫の中では何やら不穏な空気が流れていた。どうやら一刻の猶予もないらしい。ライトスタンドの傍に立っている長髪の男の銃口は降谷を向いている。失敗するわけにはいかない。冴はグリッドを握って呼吸を整える。


「――。」


――ガウンッ!
タイミングを、標的を確認して冴は引き金を引いた。銃声よりも、その弾が打ち抜いたライトの落下音が大きく倉庫の木霊する。


「なんだ!?」
「どうした!?」
「ライトがっ!」


倉庫の中にひそめていた黒ずくめが声を荒げる。冴はすぐに赤井に目下せをすると、彼は小さく頷いて足で倉庫への入り口を蹴り開けた。そして2人はすぐさま反対側の倉庫へと逃げ込む。倉庫の入り口右手に大きく積まれた荷物。その裏のスペースに隠れこんだ。


「っどこ行きやがった……!!」


3人いるうちの一人の足音は遠ざかる。どうやら成功したらしい。冴が赤井に視線を映すと、思いのほか近い距離にその身体はあった。裏のスペースは大の大人2人が入るにはいささか狭かったようだ。だがその方が、聞こえやすいのかもしれない。冴はインカムを外して、音量を少し上げた。微かに声がそこから漏れる。本当に、耳を澄ませなければ聞こえない音量だ。


『キュラソーからメール届いたそうよ。二人は関係なかったと。』
『記憶が戻ったのか。』


どうやら誘導されて外に出た組織は、男のようだ。今の会話で男女の声が聞こえたから間違いないだろう。さて、誰と誰が残ったのか。そんなことを考えていると、再び声が聞こえた。


『どうやらこれで私たちへの疑いは晴れたようね。さっさとこの手錠を外してもらおうかしら。』
『ダメよ。ラムの命令には続きが。』


ラムとキュラソー。
今の会話からでも、記憶喪失のあの女はキュラソーに当てはまるのだろう。


『届いたメールが本当にキュラソーが送ったものか確かめる必要があるとも。警察病院からの奪還となるとかなり厄介になりそうだけど……。』
『案ずることはねぇ、オレの読みが正しければそろそろ動きがあるはずだ。』


キュラソーからメールが届いたが、本人からのものかは定かではないらしい。つまり、第三者が偽装した可能性もある一方で、本当にキュラソーの記憶が戻り、送った可能性もある。だが後者であれば二人ーーバーボンとキールであろう彼らがNOCではないと偽る必要性はない。ならば、誰かが偽装メールを送った可能性は高いだろう。いったい、誰が。


『それで、目的地は? ……例の機体を用意しろ。アレの性能を試すのにいいチャンスだ。……。ラムからの命令だ、確実に任務を遂行しねーとな……。』
『ジン、まさか本気でアレを使う気じゃ……』


どうやら組織の男ジンは他の仲間に連絡を取っているらしい。会話の中に浮かんだ例の機体が何かわからず、ほぼ密着状態にいる赤井に視線を向けると、彼は静かに首を横に振った。どうやら赤井も知らないらしい。そうこうしているうちに、外へと誘導していた組織の男の一人が戻ってきた。


『バーボンとキールは後回しだ。まずはキュラソーを奪還する。』
『しかし、病院には警察や公安どもが……。』
『キュラソーは既に病院を出た。』
『では、どこへ!?』
『行先は東都水族館。』
『ジン、まさかあなた、こうなることも読んで、あの仕掛けを!?』


その会話を最後に、彼らの足音が響く。表に置いてあった黒い車に乗り込んだのか、エンジンのかかる音が聞こえる。急発進した車の音は次第に遠くなった。そこで初めて、安堵ため息を吐く。冴はインカムを切った。


「全部先を読まれていたみたいです。」
「既に連れ出した後なら、計画を変えるわけにもいくまい。」
「ええ。それに例えそうでなくても、一か八かで試すしかありません。」


きっと、降谷も同じこと考えているはず。冴は、未だ倉庫の中で身動きが取れていないであろう相手のことを思いながら、瞼を閉じた。失敗は許されない。まさに賭けにも近い判断だった。


「観覧車で発作を起こしたと聞いた。」
「あそこに鍵があるはずです。赤井、キュラソーのことについては?」
「残念ながら、組織bQであるラムの腹心としか知らん。」
「そうですか。……彼らの言っていた例の機体についても?」
「ああ。だが連中のことだ、どでかい戦車を運んできてもおかしくはないな。」


ああ、まいったことになりそうだ。冴は頭を抱えてインカムをしまう。


「ところで、そろそろ出ないか?」


赤井の言葉に冴はああ、と声を漏らした。狭いこの空間に赤井を押し込んだのは
冴だ。そこに自らも入る形となり、冴が出ないことには赤井も身動きが取れない状況だった。おまけに二人の距離感も狭い空間なために近い。


「これを降谷くんに見られると、俺の命が危ういのだが。」
「簡単に死なないでしょう、貴方は。」
「それは信頼か?」


赤井の特徴的な瞳が冴を見下ろす。冴はきょとんと眼を丸めて、緩やかにほほ笑んだ。


「今更何を聞くのやら。」
「フ……そうだな。さて、俺は行くぞ。君はどうするんだ。」
「私も行きます。」
「彼と合流しなくてもいいのか?」
「先に行って奴らの言う、仕掛けとやらの正体を暴かなければ。」
「ならば行くか。バイクだな。」
「ええ。」


冴と赤井は倉庫街を後にする。まだここには、組織に狙いをつけられていたバーボンとキールが身を潜めているのだろう。キールに至っては柱に未だ拘束されているはずだ。安室がそれを助け出すかは分からないが。


「安心しろ。」
「え?」
「水無怜奈。キールの救出は我々が行う。」
「……ええ、頼みました。」


赤井はスマホを取り出してFBIの仲間に連絡を取る。その間に停めていたバイクを回収して、押しながら赤井と共に歩いた。そして、赤井は自車で、冴は己のバイクに乗り込み発進する。すべてが集うのは――東都水族館。

車とバイクを飛ばして数十分後。目的地である水族館は、夜であることもあり、イルミネーションが一層煌いていた。巨大観覧車を映し出すライトは5色明確に分かる。女が記憶を取り戻しかけた時のことを思い出す。あの時も同様に、この5色のライトが入り混じっていた。女のコードネームはキュラソー。すとん、と何かが落ちた。


「ああ、色だ……。」
「色?」
「スポットライトの色。白、橙、青、緑、赤の5色です。」
「キュラソーの種類か。」
「関係があるかは分かりませんが、もしかしたらあのライトの光で発作を起こしたかもしれませんね。だとすれば、随分と洒落たコードネームですね。」
「とにかく観覧車内部へ行く必要があるな。下の警備を考えて、上から迫ってくる可能性が高い。」
「ええ。潜入ルートは私に任せてください。ところで赤井、」


冴は手を赤井に差し出した。赤井はなんだ、と瞬きをする。そんな彼に冴はゆるりと再び微笑んだ、


「ライフル、もう一丁あるでしょう? 私に貸してください。」
「……。」
「あいにくS&WM29にH&KP7M8しか手持ちがなくて。」


悪びれもなくそういう冴に赤井は息を吐いてトランクを開けた。自身の背中に背負っているライフルケースと同様のものを取りだり、片手で冴に差し出す。冴はそれを受け取って同様に背中に背負った。


「中身は。」
「Chey-TacM200。扱いは?」
「ふふ、初めてです。」
「……大丈夫なんだろうな。」
「見くびらないで下さいね。」
「君の腕は信用しているさ。さ、行くぞ。」
「ええ。こちらに来てください。」


ライフルケースを背負った男女は、静かに、それでいて素早く園内へと忍び込んだ。たくさんの一般客がいるこのリニューアルオープン初日の華やかな舞台が、戦場になるなど誰も思っていないだろう。緊急避難命令を下そうかと悩むものの、この人数を今動かせば余計パニックになる。冴は一刻も早く、奴らの仕掛けを暴き、キュラソーの身柄を確保しなければと目を細めた。


「俺は上へ上る。君は。」
「仕掛けを探します。大方、爆弾だとは思いますけどね。」
「…どうやら、一般客を乗せたまま動いているらしいな。」
「……。」


観覧車内部に近づいて時、ゴンドラに乗った一般客が二人の視界に入る。思わず眉間にしわが寄った。


「今から降りてもらうか?」
「間に合うとは思いませんが、指示を出しておきましょう。地上は我々が押さえます。」
「ああ。」


冴は赤井と別れる。その背中を見届けて冴はスマホを取り出した。今の今まで電源を切っていたことを思い出し、それを付ける。非通知から2回、風見から4回電話がかかってきていたようだ。どれだけ電話をしてきているんだと苦笑がこぼれた。


「……ああ、私です。どうやら水族館についているようですね。」


冴はかけてきた2人とは別の人間に電話をかけた。


「観覧車にこれ以上一般客は乗せないように手配を。…え? 片方貸し切りにしている? ……手違いで子供が乗っているって……貸し切りとは、誰もいないことを言うのですよ。子供がいるのにどうして乗せたんですか、まったく。」


電話越しから報告される現状に冴は頭を抱えた。


「とにかく、これからメンテすると伝えてこれ以上人は乗せないように。下には皆を配備させてください。一般客の誘導をいつでもできるように。ここの地図は覚えているでしょうね。――ええ、それなら結構です。降谷から何か指示は? ……では、風見が今女と一緒に居るのですね。分かりました。では切ります。任せましたよ。」


冴は頭を抱えた。電話で聞いた情報だけではない、目の前に広がった仕掛けにぞっとしたのだ。無数に張り巡らされている線は、明らかに元から設置されているものではない。何かと嫌な予感を感じながら懐から双眼鏡を取り出し対象を辿る。そこで明確になった。各所につけられているのだ――爆弾が。


「ああ、これはいちいち外している時間はなさそうですねぇ……。」


起爆装置を探すか、少しでも多くを外すか。それとも、スイッチを押される前に敵を撃ち落とすか。冴は目の前に映る爆弾だけを何とか取り外して、肩からずり落ちたケースを再び背負いなおして走り出す。少し時間がかかってしまった。





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -