The Darkest Nightmare | ナノ



キュラソーの記憶が完全に戻る前に何とかしなくてはいけない。組織の動く前に、爆弾が爆発する前に。何とかしなくてはならない。組織は赤井に任せよう。ならば自分はどうするべきか。冴は一度逡巡するも、すぐに止まりかけていた足は動き出す。目的の消火栓にはすでに誰かがいた。その影は焦ったようにその場から離れる。影が離れたことを確認して、冴は消火栓に近づいた。無数のコードが集まる先がここだったのだ。


「さっきの少年は、コナンくんですか。まったくなんでこんなところに……。」


しかも彼は消火栓の中に隠された起爆装置を発見しているようだ。サイドの穴から消火栓の中を覗き込めるようになっている。案の定、そこには長方形の箱が置いてあった。暗闇の中で赤色の文字が光っている。冴は手に持っていた爆弾を傍に置いて、懐からナイフを取り出すと、消火栓の持ちてに視線を落とした。


「ヘタに触らなかったのは正解ですね。頭のいいボウヤで、困りものですが。」


慣れた手つきでトビラにつけられていたトラップを外す。それを床に無造作に置いて中を確認した。定番の起爆装置だ。さて、これを解除するか、別のことをするかを考えていた時、観覧車内に少年の声が響いた。


「赤井さーんッ、そこにいるんでしょー!?」
「……赤井の知り合いですか。」



少年、コナンのその人物像に一層疑問が抱く一方だ。


「奴ら、キュラソーの奪還に失敗したら、爆弾でこの観覧車ごと全てを吹き飛ばすつもりだよ! お願いだ、そこにいるなら力を貸して!! 奴らが仕掛けてくる前に爆弾を解除しとかないと、大変なことになる!!」


冴は起爆装置を隠しているホースをすべて取り除きながらコナンの言葉に耳を貸していた。どうやら本当に、ただの小学生では片づけられないらしい。


「本当か!? コナンくん!」
「! れい……。」
「安室さん!? どうやってここに!?」
「その説明は後だ! それよりも爆弾はどこに!?」
「車軸とホイールの間に無数に仕掛けられてる! 遠隔操作でいつ爆発するか分からないんだ! 一刻も早く解除しないと……!!」
「…分かった! FBIとすぐに行く!!」
「うんっ!!」


降谷の声に、無事だったのかと安堵して冴は立ち上がった。剥き出しになった起爆装置の蓋を締めるネジだけを取り、横に爆弾を置き去りにしたまま冴はその場を後にした。きっと3人は一度ここに来る。降谷が爆弾を解除して、赤井が組織を墜落させる手段を考えてくれるだろう。ならば自分はキュラソー確保をして、共にいる風見に子供たちの救出を任せよう考えた。

案の定、降谷、赤井、コナンの3人は消火栓の前に集った。


「え、なんで……!?」
「どうした、ボウヤ。」
「ボク、消火栓開けてもいないし、爆弾取り外してもいないよ!?」
「なに?」


彼らの目の前に映るのは、後は任せたといわんばかりに消火栓の奥から出来る限り取り出された起爆装置と、それに連動した爆弾だった。


「これは、C-4か。」
「消火栓にはやっぱりトラップが仕掛けられてたんだ……外れてる。」
「起爆装置はよくあるやつだな。ご丁寧に一式を置いていってくれたわけか。」
「でも、いったい誰が……。」
「彼女だろう。」
「え、彼女って?」


赤井の即答にコナンは首をかしげる。だが降谷は理解したようで、起爆装置のふたを取り外して口角を上げた。


「まったく、面倒なものを押し付けてくれたものだ。」
「え、2人とも知っている人なの?」
「まあな。さて、俺は元の場所へ戻る。工具はこの中に入っているから、何としても爆弾を解除してくれ。」
「ふんっ、簡単に言ってくれる。」


赤井はライフルを片手にその場から立ち去り、降谷はコナンから受け取った工具を開けた。そしてコナンはNOCリストを守らなければと走り出す。それぞれが同じ目的のために散り散りになった。

組織が仕掛けてきたのは、それから数分も経たないうちだった。一斉に園内の電源が落とされたのだ。これも事前の仕掛けだったのだろう。水族館だけ電源はついたままだ。


「確か水族館だけは古い配線を使っていたはず。狙いは観覧車内の標的を探ることに、姿を眩ますためですか。ああ、この嫌なローター音……ずいぶんとデカイですねぇ。」


冴は近づいてくる巨大な機体に冷や汗をかきながら双眼鏡を取り出してゴンドラを一つ一つ見ていく。先に見つけたのは、キュラソーだった。丁度ゴンドラから軽々と飛び降りたのだ。記憶が回復している――冴は直感した。風見の身が心配だと近づこうとすると、小さな影が先に走り出したのが双眼鏡に映った。


「本当に頭のいい子だ。」


冴もそこに近づこうとしたとき、組織員が乗っているであろう巨大な機体が更に接近してきたのに気づいた。まさか、と嫌な予感が走る。冴は慌ててライフルケースから預かったライフルを取り出す。撃ち落とすなら今が絶好のチャンスなのだろう。機体の下部からは巨大なアームが出ており、それがキュラソーの乗っていたゴンドラを掴んだのだ。


「……見えない。」


スコープから機体の細部を監視し、どこに狙いを定めるか確認をするが弱点となりそうな場所は見つけられていなかった。そのうちに、みるみるゴンドラはアームによって持ち上げられる。


「ローターを落とすしかないですか。でもここからじゃ……っ、」


何を思ったのか、ゴンドラを掴んでいたアームの手が緩んだ。当然、ゴンドラは音を立てて下へ下へと落ちていく。振動で崩れる足場に、冴は思わずしゃがんだ。中にいるのはコナンと風見の2人だけなのは確認済みである。まずは2人の身の安全を確保しなければならない。冴は揺れが収まったのを確認して、不安定な足場から下へと飛び降りた。

傾き、崩れているゴンドラの傍には、意識を失っているコナンと風見の姿があった。冴は小さな体に先に近づく。


「コナンくん!! コナンくん、しっかりしなさい!!」
「…ッう……ぇ、」
「よし、大丈夫ですね。風見、起きなさい!!」
「え、ど、どうして鈴宮さんが……!?」


目を丸くしているコナンを冴は一瞥して、なかなか起きない風見の頬を強くたたく。ぴくりと動いた目元に、冴は躊躇なく体を揺らした。


「起きなさい、風見!!」
「うッ、……く、」
「鈴宮さん、危ないッ!!」


コナンの声に、ゴンドラが再び傾きだしたのを察する。冴は風見の身体を起こして、コナンと共に身を投げて何とか第二災害から逃れた。


「鈴宮さん、なんでこんなところに!?」
「それは私が言いたいセリフですよ、コナンくん。子供が無理をするものではありません。」
「え、」


コナンの知っている鈴宮菜摘は、どこか能天気そうな笑顔を浮かべた穏やかな女性だった。だが今目の前にいる若槻冴その人は、そんな雰囲気を一切感じない、淡々とした声色で話しかけてくる。コナンは思わず戸惑った。


「彼は私が起こします。ボウヤは行きなさい。」
「そうはいかないよ! ここからあの女の人が逃げたんだ、早く見つけないと! ううん、その前に鈴宮さんも逃げて、ここには爆弾が!」
「ええ、分かっていますよ。だからこそ言っているのです。」
「まさか、鈴宮さんーー……。」


はっと、コナンが察した。冴の背負っている見覚えのあるライフルケースと、その手にあるライフルがヒントとなる。赤井と降谷が言った「彼女」こそ、目の前のこの人物なのではないかと察したのだ。冴はふっと笑みをこぼす。その途端、はげしい攻撃が始まった。


「うわぁっ!?」
「銃撃!」


組織が直接、銃を放ってきたのだ。その激しい弾丸の雨は無造作にあらゆる場所へと撃たれているのが分かった。こちらへも容赦なく飛んでくる。


「コナンくん、一人で動けますね!」
「うん! 平気だよ!!」
「なら結構! 行きなさい!」
「鈴宮さんは!?」
「私も彼とこれを逃げ切ってから動きます!」
「分かった!」


そこで冴とコナンは分かれた。冴は風見の頬を再び叩く。


「起きなさいッ、風見!!」
「っ……う、ぅう……。」
「のんきに寝ている暇はありませんよ!」
「え、…あ、若槻さんっ!? すみませんっ、女の記憶が――!」
「分かっています、今我々は攻撃を受けている。風見、速やかに非難し、一般人の救助に尽力しなさい。」
「は、はいっ!!」
「死んではなりませんよ。」
「っはい!」


冴は口早にそれだけを告げて走り出した。後方からは「若槻さんはどうするんですか!?」と聞こえてきたが無視だ。

冴はライフルケースがずれないようにしっかりと固定をして、ライフル片手に身を隠せる場所へと移動した。双眼鏡を取り出して、暗視モードで再びゴンドラを観察する。


「どこです、いったいどこに――……。」


ふ、と視界にゴンドラに映る小さな影を見つける。どうやら少年探偵団の3人は無事のようだ。突然の停電、大きな揺れ、謎の銃声に戸惑っているのは感じるが、泣きじゃくっているわけではないらしい。どうにかして近づこうにも、今の銃撃では身動きが取れない。銃弾の補充で攻撃がやんですきを狙って彼らを逃がすしかないだろうと、策を練っていると、銃撃がやんだ。正確には、他のところに一転集中しているのだ。


「誰かが囮になっている……? まさか、キュラソー? いや、仲間を攻撃する必要は……ッ、」


とにかく、と冴は走り出す。目的のゴンドラに近づけば、その扉を勢い良く開けた。中にいる少年たちの視線を一斉に浴びる。


「え、菜摘さん!?」
「菜摘姉ちゃん!」
「皆、無事ですね。」
「ど、どうしてここに? 一体何が起こってるの!?」
「落ち着いて。大丈夫ですから。動けそうですか?」
「は、はい……。」


冴は扉を開けたまま周囲を見渡した。するとちょうど前方から哀が走ってきたのだ。お互いその存在を認識して眼を丸める。


「貴女ッ、どうしてこんなところに!? 子供たちに何するつもり!?」
「落ち着いてください、哀ちゃん。私は助けに来たんですよ、貴女たちを。」
「私たちをですって? 貴女、いったい……。」


哀もコナン同様、冴の菜摘としての口調が感じられずに戸惑ったように足を止める。だがすぐにゴンドラ内部に降りて、少年探偵団たちとの再会をした。冴はそれを見つめて、しゃがんでいた体を起き上がらせる。哀の視線がこちらへと向いた。


「どうするの?」
「彼らを逃そうと思いましたが、貴女がいるなら貴女に任せます。」
「え?」
「哀ちゃん、守りなさい彼らを。私はあのデカイ翼を堕としに行きます。」
「おとすって、どうやって……、」
「チャンスならきっと――。」


冴の脳裏に、今も奮闘する仲間が浮かぶ。ライフルを力強く握りしめて冴は歩を進めた。


「何があっても守ります。ここでじっとしていて。いいですね。」
「で、でもよぉ!」
「危ないですよ!」
「菜摘お姉さんも一緒にいよう!?」
「……分かった、任せたわよ。」
「ええ。任されました。」


冴はゴンドラから離れて、梯子を上り、ゴンドラの一番上まで登った。強風が身体全身を煽る。これでは標準を定めづらいと思いつつも、ライフルの特性を思い出して口角を上げた。イイモノを借りられたと、ライフルを構える。どうやら暗視スコープは破損していないらしい。


「よし、見える。後は機体が傾けばーー。」


きっとスナイパーとして名高い赤井も同じことを考えているだろう。それを降谷とコナンの2人で共有し、うまいこと策を練ってくれれば。


「チャンスはありますね。」


静かに、その時を待つ。じっと息を殺して、ローター音が集中力を妨げようと大音量で流れても、冴はただただスコープ越しに巨大な機体を映していた。

そして、機会は訪れる。


「きた!」


ライフルケースが投げられ、大きな爆発が巻き起こる。続いて何か素早いものが機体の近くまで勢いよく近づいたと思ったら、それが破裂して巨大な花火が闇夜を照らしたのだ。ハッキリと浮かぶ機体のシルエットに、突然の攻撃に傾く巨体。


「――見えたッ!」


冴ははげしく動くローターの結合部を目指して引き金を引いた。

ガウンッーー……
その音は、たった一撃にしては大きく重く響く。


「よし、」


命中した弾によって機体のバランスが大きく崩れる。成功したのだ。スコープから目を離して、冴は目元を抑えた。


「ああ、目が痛い……。」


暗視スコープを使っていたために、あの光は強烈だった。冴は瞼をぎゅっと閉じる。だがその暗闇の中で、激しい銃声が再び高鳴った。ガタン、と崩れる足元にまさかと冴は目を開く。


「嘘でしょう……!?」


組織の人間は、最後の力を振り絞ってか、銃撃を観覧車の車軸に一転集中させたのだ。そのせいで、軸が壊れ、片方の車輪が、冴や子供たちのいるホイールが軸から分裂し、一人でに動き出した。冴のバランスは思わず崩れるも、ゆっくりと動き出した観覧車から落ちないように、走り出す。


「ちょ、ちょっと……!?」


まるでサーカスでもしているような感覚になる。勿論、場に合わない冗談ではあるが。


「若槻!」
「赤井!」
「やはり君も堕としてくれたみたいだな。」
「今堕とされそうになっているのは我々ですがねぇ。」


赤井はこちらのホイールにいたらしい。お互い持っているライフルを見て肩をすくめ合う。だがそんな余裕はなく、赤井はすぐにライフルを冴に差し出した。


「悪いが今はコイツが邪魔でね、頼めるか。」
「いい収納場所を知っていますよ。」
「任せた。」





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