The Darkest Nightmare | ナノ



外に出てから、ポケットに入れた指先からは小さなインカムを取り出して、それを耳にあてる。小さなボタンを押すと、耳元には先ほど別れた医師の声が聞こえてきた。


『――の方に伝えて頂きたいことがありまして』


どうやら既に警察との話は始まっているらしい。冴は静かな木陰まで離れて、耳元に意識を集中させる。


『記憶を失っているのは、頭部への強い衝撃が原因とみてまず間違いはないんですが……それよりも、脳弓の部分に大変損傷が見つかりまして……ちょうどこの部分なんです。』
『昨夜の事故のケガではなく?』
『ええ、これはおそらく生まれつきのものだと。』
『今回の発作との関係は?』
『日常生活に支障のある部分ではないので、関係ないと思いますが……。』
『分かりました、伝えさせていただきます。』


対応していた女性が席を立ったのか、椅子の軋む音が耳に入る。まだ情報が欲しいと心のなかで望むと、ちょうどよく医師が言葉をつづけた。


『それともう一つ。検査の時にわかったんですが、彼女の右目にこれが。』
『何ですか? それは。』
『カラコンみたいだけど……。』


どうやら対応している警察の人間は男女の2人はいるらしい。


『黒い瞳に見せるためのカラーコンタクトレンズですね。まあ、これは記憶喪失とは全く関係ないことなんですが、念のために伝えさせていただきました。』


すると、扉の開く音が耳に入る。どうやら救急隊の搬送準備が整ったらしい。警察の人間もこれで、と話を区切る。お礼を言って立ち去る足音はやはり二人分だった。冴は得られた情報を頭の中でリフレインしながら通信を切ろうと耳に手を当てた時、その指先が停止する。


『あれ、ボクは一緒に行かなくていいのかい?』
『うん、先生にもう一つ聞きたいことがあって……。』
「(コナンくん? 何故警察の人間と共に――……。)」


ますますただの小学生として見れなくなった。冴は口角をわずかに上げて、インカムに触れていた指先を離した。再び耳元で繋がっている通話に耳を傾ける。


『さっきのカラーコンタクトのことなんだけど、片方だけ黒く見せてたってことは、お姉さんの両目は元々青だったんだね。』
『それが右目だけ透明だったんだよ。非常に珍しいことなんだけど、光彩が強膜とほぼ同じ色をしていることによって、透明のように見える人だと思うよ。』
「(なるほど、どのみちオッドアイであることには変わりはないのですね。確か零は、組織のbQであるレムなる人物がオッドアイだと言っていましたが……ふむ。)」


いい収穫を得られた。と冴は次こそインカムに手を当てた。その途端に、耳元では別の男が乱入する声が聞こえた。耳がキーンと鳴ったために冴は思わず「うっ、」と声を漏らし、すぐさま電源を切る。
医師の衣服にさりげなくつけた小型の盗聴器は高性能だが脆い品物だ。些細な衝撃で壊れ、その壊れた姿を見ても盗聴器だとは気づけないであろう。たまたま試作品をもらったのだが、功を制したと満足して冴は歩き出した。自らをスマホを取り出して耳元にあてる。足は、園外へと向いていた。


「――……ああ、よかった。生きていますね。」
『そう簡単に死にはしないといったはずだが?』


耳越しに伝わる声に、冴は内心ほっとする。


「女が発作を起こしました。今、警察病院に搬送されるところです。」
『発作だと?』
「ええ。記憶障害は確かみたいですよ、苦しみながら奪ったリストのネームを吐き出していましたから。」
『状況は。』
「観覧車内です。高い場所が影響したのか、そこから見えた景色が影響したのかは定かではありませんが、確証に近い推測はできました。」
『ほぉ、仕事が早いな。』
「当然でしょう。一度合流したいのですが、できそうですか。」
『少しだけならな。』
「では向かいます。その時に詳しい話を。」


話も短くして、冴はタクシーをつかまえ東都水族館を後にした。ウインドウから見えるシンボルの巨大観覧車。その観覧車を鮮やかに見せる光と水のイルミネーションに口元を緩めた。

緩んでいた表情が険しくなったのは、その一時間後だった。スマホに何度も目を落とすが、画面は一時間前から何一つ変わらない。変わっているのは、時間だけだ。


「(何をしているんですか、零……。)」


ドクリ、と心臓が嫌な音を立てた。まさか。まさか――。
指先が微かに震えたのを自覚して、それを抑え込むように指先を重ねる。冴は大きく息を吐いて、懐からもう一台のスマホを取り出した。パスワードを打ち込めば画面が開く。中央に1つだけ、アプリが配置されていた。冴は迷わずそれをタップする。

アプリが求めてくるパスワードや情報を素早い動きで入力すると、地図が開かれた。縮尺が変化していき、より分かりやすい地図が表示される。そこには、一点だけ緑色の丸いアイコンが点滅しており、冴はそれに目を細めた。


「(ここは、倉庫街……高速道路高架下のですか。)」


すぐに向かおうと冴はバイクにまたいだ途端、一方のスマホが振動した。すぐに画面を確認するが、期待していた相手ではない。


「はい。」
『若槻さん、今大丈夫ですか。』
「ええ。どうしました。」


相手は風見だった。


『実は一時間前に降谷さんから、女が東都警察病院に搬送されたと連絡がありまして。』
「なんですって?」
『一時間経っても連絡がなければ若槻さんに報告をして、女の身柄を引き取るように指示されているのですが。』
「――……ということは、連絡がないのですね。」
『はい……。』


冴は動かない緑の点滅を見つめる。ドクン、ドクンと心臓の嫌な音色は更に高ぶっていく。


「分かりました。貴方は女の身柄を引き取ってください。書類は用意しましたか。」
『これから手続きするところです。』
「では迅速に行ってください。暫く私は電源を切ります、いいですか。女は一度発作を起こしています、どのタイミングで記憶が戻ってもおかしくはない。気を引き締めなさい。」
『本当に女は記憶喪失なのでしょうか……。』
「ほぼ確かと言えます。だからこそ、戻った瞬間が一番危うい――頼みましたよ、風見。」
『はっ!』


電話越しの返事を聞いて、冴は速やかにスマホの電源を切って懐にしまう。ヘルメットをかぶるや否や、勢いよくバイクを発進させた。目指す場所は勿論ーー。





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