HAS | ナノ
好きなんです、貴方のことが。だから、いいですよね?


非現実的なことが現実に起こって、酷く気が滅入って。
引き籠りしようと思った矢先に安室さんに連れられて外に出て。
隣町まで彼の車で移動して魚料理が美味しいというお店に入って。
そこは本当に美味しくて、正直私のこと餌付けしようとしているんじゃないのかと疑ってしまった。


「安室さん、よくあの店行かれるんですか?」
「これで3度目です。」
「へえ。いいところ知ってるんですね。」
「昔、友人に連れられて行った場所なんです。本当、当たりですよ。」


そう呟くように言った安室さんの瞼が少しだけ下がる。
普段はどこか胡散臭さを感じる大きな瞳は、今はどこか儚げに映った。
けれどそれも一瞬、すぐにいつも通りの表情に戻る。


「ナマエさんも気に入ってくれました?」
「ええ。」
「ならまた今度行きましょう。次はお酒でも交わしながら。」
「……そうですね。」
「!、じゃあ何かプランを練らないと!」
「決してデートではないので誤解しないでください。」
「ええ?」


あんな顔を見せられた後で、誘いを断るのは気が引けた。
……なんていうのはただの言い訳で。本当に、別にいいかと思ってしまったのだ。
もしかして私は既にこの人に絆されてしまったのだろうか?
いや、違うと信じたい。私の中にはまだこの人への苦手意識は消えていない。


「昨日の雪で、少しだけ積もっていますね。」
「でもすぐ溶けるんじゃないですか? 今日は太陽出てるし。」
「今夜も雪降るそうですよ。」
「え、うそ。」
「天気予報でそう言っていました。」


また雪か。
別に雪が嫌いというわけではないけれど。
雪が積もると普段通りに歩きづらいし、あのザクザクという音はあまり好きではない。
逆に、これが好きだと言う人もいるけれど私が好まないだけだ。


「ナマエさん、行きたいところありますか?」
「え?」
「せっかく車もありますし物を買うならお付き合いしますよ。」


女性1人だと大変でしょう? と続けてくる安室さん。
どうしてそこまで――


「なら、デパートで買い物したいです。」
「はい!」


言葉を飲み込んで、その好意に甘えることにした。
せっかく足があるならそれを活用させてもらおう。


――……


「他に何か、必要なものはありますか?」
「いえ。もうこれ以上は。」
「遠慮しなくてもいいんですよ?」
「いや本当にもう、平気です。」


思った以上に買ってしまった。
本当は1週間分の食材ときれたボールペンを買うつもりだったんだけれど。
安室さんに勧められるがままに他のものにも手を付けてしまって。
お蔭で安室さんの両手は買い物袋で占められている。しかもほぼ安室さん払い。
なんか、さすがに申し訳ない。本人はにこやかにしているけども。


「あの、安室さん。」
「はい。」
「この後、時間空いていますか。」
「ええ。今日は1日空いていますよ。」
「……そこ、入りません?」
「え。」
「疲れたので。」
「……ええ、喜んで。」


さすがにここまで面倒見てもらって何もしないで帰るっていうのは。
とは言っても、私はご飯を作れるわけでもないし、夕食を作るって手は無し。
それに安室さんに手伝われちゃいそうだし、そもそも家にあげたくない。
なら、手頃に近くの店で休憩がてらお礼をすればいいのだ。
支払いは何が何でも譲らない。


「いらっしゃいませー。2名様ですね、こちらへどうぞ!」


店の中に入ると、若い店員が席まで案内してくれた。
ちらりちらりと安室さんを酷く気にしているのが良く分かる。
やっぱりドストライクなのだろうか、確かに顔面偏差値は高い。


「やだなぁ、ナマエさんってばそんな見ないでくださいよ、恥ずかしい。」
「いやただこの顔が好みなんだろうなって。」
「え?」
「さっきの店員さん。やけに安室さんのこと見てたから。」
「あぁ、前にポアロにもいらしてましたよ。」
「憶えているんですか?」
「職業柄ね。」


ああ、そういえばこの人探偵なんだっけ?
言われれば思い出す程度で、まったくそんな気配を見せないんだけど。
私の家探し当てた程度じゃ……ていうかどうして家を知ってるのか訊きたい。

安室さんと一緒に軽食を頼む。この後は夕食あるし。
後はお互い珈琲もプラスしてのんびりと一呼吸。


「そういえば訊きたいことあるんですけど、いいですか?」
「答えられることなら。」
「前に梓さんとの出会い始めを教えてくれたじゃないですか。その時のこともっと詳しく知りたいと思って。」
「……それ、言う必要あります?」
「僕が知りたいだけです。」


あの時と似たような会話をしている気がする。
別にそんな大層な話じゃないんだけど。


「あの時の言葉まんまなんですけど。」
「野垂れ死にそうになっていたところを拾ってもらったって、もっと詳細あるでしょう。」
「いやそのまんまです。」


本当にそのまんまなんだけど。
安室さんの表情が決して良くはない。


「気になるじゃないですか。そもそもどうして野垂れ死にそうになったんです?」
「……たまたま3連休になって、調子こいてデパート行ったら掏られたんですよ。」
「えっ、盗まれたんですか?」
「そうです。しかもお金おろした後に。」
「警察に届けは?」
「出しましたよ。後日帰ってきましたけどね、お金なかったけど。」


珈琲を口にしたら、やけに苦みが私に攻撃的だった。
同時にあの時のことを思い起こさせそうで、逆に私の顔が渋くなる。


「だからって、なんで野垂れ死に……。」
「前日は仕事疲れでご飯食べて無くて、その日も朝食べて無くて昼をデパートでとろうと思っていたんです。」
「それでお財布を盗まれて、」
「冷蔵庫にも何もなくしばらく我慢していました。」


そう答えれば、安室さんが溜め息を吐く。
まあ溜め息もつきたくなるよね。


「なんで友人に助けを求めたり、外食したりしないんですか。」
「全部入ってたんですよ、全部。あらゆるものが。それに私出身は地方なので身近に友人もいなくて。」
「…………。」
「全部入れた私が悪かったです。反省してるんですからそんな目で見ないでください。」


なんとなく、手元にないと不安になるんだよね、大切なものほど。
まさかスリに遭うなんて思わなかったし……。
それにしても手帳もカードも無事に帰ってきて良かった。お金はなかったけど。


「で、ふらふらしていたところを梓さんに?」
「まあ。声かけてもらって、ご馳走して貰いました。」
「だからあんなに梓さんのもとに通っているんですね。」
「そんなところです。で、私のお話が訊けて満足しました?」
「ええ。いろいろと思うところはありますけれどね。」


思えば今や懐かしい話だ。苦い記憶でもあるけど。
安室さんは最初こそ溜め息を吐いたが、以降は頬杖をつきながらちょっと眉を下げていた。
それが様になってて、時々店員さんたちの目を惹いていることに彼は気付いているだろうか。
だがそんな彼の表情がまた、にっこり笑顔になる。


「でも、もし今後そうなった時はもう安心ですね!」
「今度とかいらない。」
「仮の話ですよ。その時には僕が思いっきり腕を揮って料理作りますね。」
「はい?」


いや、どうしてそうなる。


「だから今度は梓さんに拾われるんじゃなくて、僕に声をかけてくださいってことですよ。」
「……はぁ、」
「分かりませんか? ナマエさんって意外と鈍いなぁ。」


……何かやっぱり私この人苦手だ、嫌だ。
時折見せる、彼の薄めた目に見つめられると何か鳥肌が立つ。
苦手過ぎてアレルギーになってるのかな。嫌だなぁ。


「僕はただ、貴女の力になりたいだけですよ。」
「…………前から聞きたかったんですけど、」
「なんです?」


さっきは飲みこんだ言葉だけど。
でもやっぱり気になってしまったら口は止まらなかった。


「安室さんって、どうしてそんなに私に構うんですか。」
「え、まだ分かりませんか?」
「分かりませんよ。嫌がらせですか。」
「やだなあ、違いますよ。」
「じゃあ、どうして……。」
「好きなんですよ、貴女のことが。」
「は?」


――え?
今なんて言った、このにっこりガングロ探偵。


「好きなんです、貴女のことが。」


繰り返される、同じ言葉。
じわり、じわりと身体が知らないうちに揺れているような感覚を受けた。
しかもなんか、熱い。


「――だから、いいですよね?」


はっ? なに、がッ……!?


「って、ちょ、なにどさくさに紛れてっ……!」


ぼーっとしていると、安室さんの顔が馬鹿みたいに近い位置に来ていた。
いやいやいやいや、何しようとしてるのこの人!


「お互い、想いが通じ合ったんだからいいじゃないですか。」
「誰が好きだと言った安室さんのことを! 誰が!!」
「え、違うんですか?」
「むしろどこをどうとったら勘違いするんですか!」


ダメだもうこの人。
少しでも言葉詰まらせた私が馬鹿だった。


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配布元「確かに恋だった」
 『おかしなことを笑顔で言う5題』より。

安室さんよりもそこの貴女に一言。お疲れ様でした!



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