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飴色の裏側


太陽がぎらぎらと照りつける夏日。
これでもまだ真夏の季節ではないというのだから、驚きだ。
外に出るのでさえも億劫になるというのに、なぜ私は……。


「なんでここにいるんだろう。」
「まあまあ、そう言わずに。」
「そうそう。ほら、ちゃんと手に持って。」


私の左側には、もはや当然のようににっこり笑顔の安室さんが。
反対側には、こちらは無害の可愛らしい微笑みを浮かべている梓ちゃんが。
そして私の手元には、早く調理してみろと嘲笑う食材たちが。

にんじんが憎い。じゃがいもが憎い。
なによりもあの玉ねぎが一番憎くてたまらない。


「……私、一度も料理したいだなんて言ってない。」
「そういうこと言わないの! これを機に出来るようになった方がいいじゃない。」


料理できるようになった方がいいのは同感だ。
いつまでもインスタント頼りはいけない。
だからといって、何故ここに安室さんがいるのか。


「安室さん料理上手だし、この間の料理教室も好評だったし。
きっと安室さんに教われば、ナマエも今に凄いの作れるようになると思って!」


余計なお世話だってば!
梓ちゃんと一緒に居られるのは嬉しいけど、安室さんは勘弁してほしい。
ほら、距離が近い。何故こんなにいつも距離感掴めないのこの人は。


「あはは。僕なんかでお役にたてれば光栄なんですけど。
でも、ナマエさんと一緒に料理できるなんて、嬉しいな。」
「そんな目で見ないでください。私は嬉しくないです。」
「またまた、ナマエってば!」


楽しそうに微笑む梓ちゃん。
完全に私と安室さんとの仲を勘違いしている。
まさか安室さん、私がいない間に余計なことを吹き込んでいるんじゃないでしょうね。


「ナマエさん? 手、止まってますよ。」
「あぁ、……はいはい。」
「じゃあ私はこれで。」
「えっ!?」


まさかの梓ちゃん帰宅宣言。
思わず持っていた包丁の刃先ごと梓ちゃんを向いてしまう。
それに驚いたのだろう、梓ちゃんが後ずさった。
慌てて包丁から手を離そうとすると、先に後ろから褐色が伸びて私から取り上げた。

「危ないですよ。」と忠告を受け、取り上げられただけならマシだったが。
見事耳元で囁いてきたものだから、思わず安室さんの足を踏んづけてやるところだった。
わざわざ耳元で言う意味よ。


「私、この後出かける用事あるのよー!」
「はい?」
「戸締りよろしくお願いしますね、安室さん。」
「はい。お気をつけて、梓さん。」


……え。


「結果的には私、安室さんと2人で料理?」
「そうなりますね。仲良く作りましょうか、カレー。」


にっこり笑顔の安室さんは、私の手から取った包丁を握らせる。
安室さんの温かい手が酷くくすぐったくて、悪い意味でぞくぞくした。

これはもう、梓ちゃんがいないのなら帰ろう。
私も実は予定が出来たーとか適当なこと言って。


「私、帰りま」
「ここでナマエさん帰っちゃったら、梓さんどう思うだろうなぁ。」
「…………。」
「作ったカレーは明日、梓さんと食べる約束しているんですよ。
きっとあるはずのものがなかったら、相当悲しみますよね梓さん。」
「…………。」


これは、まさか。
私は、安室さんに脅されているのか?
あの安室さんに、私は脅されているのか。


「……最低。」
「酷いなぁ。」
「…………。」


仕方がない。
ここで帰ると食材がもったいない上に、梓ちゃんに申し訳ない。
なんだかその梓ちゃんにハメられている気もするけど、気にしたら負けだ。


「では、始めましょうか。」


いや、安室さんが梓ちゃんに持ちかけたのか?


「安室さん近いです。」
「そうですか?」
「刺してほしいんですか。」
「血の処理が大変ですよ?」
「そういう問題か。」


時々、というかほぼ毎回、安室さんの考えていることは分からない。
分かりたくもないけれど、これだけ傍にいるのに分からないと、正直戸惑う。

何度も、何度も注意受けながら作業は続く。
私のための料理教室――ということなので、安室さんが実際に食材を切ることはしていない。
けれど玉ねぎだけは、安室さんがいることもあって、トラウマになりかねないので任せた。


「安室さん、それ失敗したんですか?」
「え?」
「玉ねぎ。」


やっとの思いで食材を切り終えると、安室さんは既に別の動きをしていた。
何をしているのかは知らないけれど、気になるのは玉ねぎ。
何故か、小さなみじん切りの山が出来ていた。



「違いますよ。みじん切りの方を先に炒めるんです。さ、どうぞ。」
「…………。」


なんでだ。
そんな疑問を飲み込んで、言われるがままに鍋の前に立つ。


「弱火から中火で、飴色になるまで炒めてくださいね。」
「はいはい。」
「次は切った野菜を……って凄いですね、これ。」
「悪いですか。」
「あはは、いえいえ。」


安室さんの視線の先には私が切った野菜たちが。
あまりにも不恰好だからなのだろう、安室さんの失笑が腹立たしい。
口にできれば形なんていいんだ。気にすることはない。


「にんじんに艶が出てきたら肉を入れましょう。」
「そういえば、先に入れなくて良かったんですか?」
「すでに炒めておきました。」
「…………。」


この男、いつのまに……。
余裕綽々といった笑みが、妙に私の感情を逆撫でているのを彼は知っているのだろうか。


「いい感じになりましたー。」
「では肉を入れましょうか。」
「はーい。」


これも梓ちゃんのためだ。
梓ちゃんのため。


「なんだか、いいですよね。」
「はい?」


急に安室さんが、どこか嬉しそうに微笑んだ。
なにがいいんだろう? もしかして安室さんカレー好きなのか。

そんな私の考えは見事に粉砕された。


「まるで恋人みたいですよ僕たち。」
「…………は?」


何を言うのかと思ったら、恋人?
誰と、誰が?


「2人で共同料理だなんて、照れくさくなっちゃいますね。」
「私はなりませんけど。」
「ナマエさんには既にイメージがついていたと! ああ、僕が甘かったです……。」
「はい?」


いったい、何を言っているんだろう。
訳が分からない。安室さん遂に頭狂ったか。


「料理が苦手なナマエさん。対して得意な僕。」
「嫌味か。」
「とんでもない! これがいいんですよ、これが。
苦手な部分を補いながら作業をする――まさに愛の共同作業!」
「……安室さん本格的に危ない。イカれてる。」
「そんな辛辣なナマエさんが好きです。」
「帰っていいですか気持ち悪い。」


今日の安室さんは普段より酷い。
何か変なものでも食べたのか、それとも何かに感化されたのだろうか。
どちらにせよ、私にとっては害以外の何ものでもないから勘弁してほしい。


「ああ、恋人というより夫婦か。ふ、安室ナマエ……いい響きだ。」
「気持ちワル。」
「毎朝ナマエさんの寝顔を観賞して過ごし、玄関先で別れを惜しむように家を出る。……いいな。」
「うえっ、」
「そして料理下手なナマエさんに手取り足取り俺が、」


いや本当にこの人、今日どうした……ん? 俺?

あれ。気持ち悪すぎて思わず聞き流しそうだったけど今、俺って言った?
安室さん、確か一応は穏やかなキャラしてて一人称は僕だった気が。


「安室さん、今、俺って……。」
「あ! ナマエさんアクとってください、アク!」
「えっ、あ、はい!」


鍋が凄く酷いことになってた。
安室さんの対応で疎かになっていた鍋が、激しく主張してきてアクがいっぱい。
慌ててそれを取り終えた頃には、安室さんの暴走は収まっていた。


「後は柔らかくなるまで煮込みましょう。20分程でいいと思います。」
「はぁ……。」
「そしたら、ルウ入れてもう一度煮込んで、完成ですよ。」
「長かった、疲れた……。」
「お疲れ様です!」


にっこり笑顔の安室さんに吐く言葉もないほど疲れた。
火元を離れて、カウンターの席に座りこむ。
ずっと立っていたこともあって、安室さんがいたこともあって、
座って上体を倒すとどっと疲れが押し寄せてきて、自然と瞼が閉じる。


「ナマエさん、次のお休みを聞いても?」
「今日でーす。」
「明日以降のお休みです。」
「ないでーす。」
「……フル勤務ですか。」
「安室さんのためのお休みなんて微塵もありません残念。」
「それは残念ですね……。」


ふと、鼻を擽るいい香りに閉じていた目を開く。
視界には湯気を上げている純白のカップが。
紛れもなく、安室さんの淹れてくれた珈琲だろう。


「どうぞ、一休みしましょうか。」
「そうですね……。」


梓ちゃん、喜んでくれればいいなぁ。
なんたって梓ちゃんのために苦手な安室さんと一緒に料理したのだから。


「…………。」


にしても、今日の安室さんが異常に気持ち悪くてこれ以上一緒に居たくない。
でもここで帰ったらせっかくのカレーを食べれず帰宅することになってしまう。
それは何が何でも嫌だ。

今しばらく、我慢しよう。


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安室とカレー作り
ひょっこり顔が出た本来



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