HAS | ナノ
誘っているように見えたので、つい。


ぶるりと身体が震えて目が覚めた。
原因は、体温を奪っていく寒さではなく先ほどまで見ていた夢だ。
夢の中で最後に聞いたのは男の怒声と銃声。
決して普段聞くことのない空を裂く衝撃音がやけにリアルで、暫くはこの夢に魘されるのだと確信した。


「――……はぁ。」


溜め息が零れる。最悪だ。もう本当に最悪過ぎた。
ことは昨日、それはもう唐突に起きたのだ。

勤務中にまさか強盗団が攻め入ってくるなんて誰が想像しただろう。
目も口も手首もガムテープで固定されて、気がつけば金庫を爆発するとか言い出す始末。
爆発音が遠くで響いたと思ったら次はまだ幼い少年たちの声が聞こえてきて。
訳は分からなかったけどとりあえず助かったのかと安堵した直後に、どうやら強盗犯の仲間がまだいたらしく。
また絶体絶命。

でも、そんな状況を切り裂いたのはまた銃声。そして響く、男の痛みを訴える声。
突入してきた警察に保護されて、無事なんだとやっと本当の意味で安心したけど。


「まさか夢にまで出てくるなんて。」


未だ、ガムテープで縛られている感触がする。
1週間は勤務停止だ。あんなことがあった後だし、何故かエレベータが爆発されて使えないし。
この休暇中は絶対に外に出ない。怖い。外に出たらまたああなるのではと思うと怖いのだ。

――ピンポーン


「っ、」


だが、私の決意を嗤うように鳴るベル。
こんな些細な日常音にですら反射的に身体を震わしてしまう自分が、相当参っていると自覚するには十分だった。
とは言え、居留守を使うわけにもいかない。


「はい。」


震える手を誤魔化して、ドアノブを開ける。
この時、きちんと相手が誰か確認しておけば良かった。もはや後の祭りだが。


「こんにちは、ナマエさん。」
「なんで貴方がここにいるんですか。私貴方に家教えたおぼえありません。」
「これぞ愛の力ってやつですかね。」
「帰れ。」


ドアを開けた先にいたのは、にっこり笑顔の安室さんだ。
いや、本当にどうして私の家を知っているんだろう。梓ちゃんも知らないのに。


「僕、今日は暇なんです。良かったら一緒に出掛けませんか?」
「結構です。」
「昼食まだなんですよね。美味しいとこ知っているのでぜひ。」
「嫌だって言ったのが聞こえなかったんですか。」


まあまあ、そう言わずに。
だなんて笑顔を絶やさず紡ぐ安室さんに湧くのは殺意ただ1つ。


「今日は家から出ないことに決めているんです。お帰り下さい。」
「怖いんですか?」
「はい?」
「あんなことがあったら外出歩くのも怖いですよね。」


……はっ。急に何を言い出すんだこの人は。
思っていたことを的確に当てられて、私の心が動揺したのが分かった。
ていうかその言い分じゃ、昨日私の身に起こったことを知っているかのようだ。


「昨日の銀行強盗、ナマエさんの勤務場所が標的だったようですね。」
「なんで知ってるんですかストーカーですか。」
「テレビにちょこっとナマエさんらしき人を見かけただけですよ。」
「…………。」


そう、か。テレビか。言われてみればメディアが周囲にいたような気がする。
だからってテレビで私の姿見かけてわざわざここに?


「それにしてもナマエさん、あのていと銀行に勤務していたんですね。今度からあそこ利用しようかな。」
「勘弁してください。私の職奪う気ですか。ていうかもう帰ってください。」
「ねえナマエさん。一緒にお昼食べましょう。ね? 外いい天気ですよ。」


人の話を聞け。
この際ドアを閉めてしまおうと、ノブを持つ手に力を入れる。
が、私のしようとしたことを先に読んでいたのだろう、足を間に挟んできた。
これじゃあ締め出そうにも締め出せない。


「ほら、家の中にいたら気が滅入っちゃいますよ。」
「安室さんがいる方が滅入ります。」
「そう言わずに。僕といれば何があったって安心ですから。」
「貴方といる方が私にとって危機的状況です。」
「ナマエさんって魚好きですか? これから行くところお魚美味しいんですよ。」
「人の話聞けよ。」


もういやだ、この人本気で私のことを連れ出そうとしている。
終始変わらない表情を浮かべやがって、とその端正な顔を睨む。
と、ふと気づいた。ちょっとだけ安室さんの眉が下がっていることに。
きっと、多分、私のこと、心配してくれているんだと思う。
なんだかんだ言ってこの人が優しいことは分かっているから。苦手なだけで。


「……20分。」
「え?」
「20分で支度しますから、そこの喫茶店で待っててください。」
「っはい!」


そんな嬉しそうに頷かないでよ……。
ちょっとだけ跳ねたブロンドの髪が綺麗に揺れて、なんとなく可愛く見えた。
私の口元が緩んでいることに気付いたのは鏡を見た時だ。

きっかり20分。
軽くシャワーを浴びてから着替えて、ちょっとだけメイクをして。
玄関先まで降りると車にもたれかかるようにして安室さんがいた。
こちらに気付いたようで、顔をあげて微笑みながら手を振ってくる。


「私は喫茶店で待っててくださいって言ったと思うんですけど。」
「軽くコンビニ寄ってきたんです。そしたらちょうど時間だったから。」
「そうですか。」


そう言っている割に、安室さんの手元にも一瞥した車内にはそれらしきものはない。
大方、私が来るのかイマイチ信用できなかったと言ったところか。
……いや。きっとこの人のことだから、ただ心配してくれたんだと思うけど。


「そしたら行きましょう。どうぞ、ナマエさん。」
「どうも。」


助手席の扉を開けられ、リードされる。
大人しく乗り込んでシートベルトをしめると、安室さんが運転席に座った。


「ちょっと距離あるんですけど、大丈夫ですか?」
「嫌だって言ったら家に帰してくれるんでしょうか。」
「まさか。別のところを選ぶしかないですね。」


にっこり笑顔で、行きますよ。と一声かかって車が動き出した。

車内では彼の口がよく動くこと動くこと。
この間ポアロでお客様とこういう話をしたとか。
新作が出来てこの間試食をしたら美味しかったから今度来てくれとか。
途中から大尉の話や、天候の話、ちょっとした世間話になって。
絶えず動くその口は、元からに加えてきっと無言を作り出さないようにしているんじゃないかと思った。


「それにしても、今日のナマエさんは一段と可愛らしいですね。」
「はいはい、どうもありがとうございます。安室さんも素敵ですよ。」
「あはは、嬉しいなぁ。」
「お世辞だと気づいていますか。」


車は隣町にはいった。道路を走る車の数も、外を歩く人の数も少ない。
今日は平日で、しかも今は勤務中の人が多いからか。
この道歩く人たちは今どんな気持ちで過ごしているのだろう。
私は残る休日をどんな思いで過ごし、そしてどう切り替えて仕事に戻ればいいのか。
信号が赤になって、車が静かに止まる。


「そのスカート、いいですね。」
「はい?」


まだ格好の話が続いていたのか。
そして急に何を言い出すのかと思えば、安室さんの視線が私の足元に落とされていた。
今日はタイトなスカート。勤務場で働く制服と似たようなやつだ。


「変な目で見ないでください。」
「すみません。誘っているように見えたので、つい。」
「は?」


何を言っているんだ、本当に。ただの変態発言にしか聞こえない。
誰だっけ、僕といれば安心みたいなこと言っていたの。
やっぱり安室さんと一緒に居る方が私にとっては危機的状況のようだ。


「だって、前に『ナマエさんの脚が好き』と言ったの、憶えていてそんな格好してくださったんでしょう?」
「違います。たまたまです。」


忘れてた。
そう言えばこの人、前にミニスカ好きだとか。私の脚がなんたらとか言っていた。
迂闊だった。どうして私はそんなことを忘れていたのだろう。
いや、変態発言を一々憶えている方がおかしいから、忘れていても無理はない。
――って、


「じろじろ見ないでくださいってば。」
「あはは、すみません。つい。綺麗な脚ですね。」
「気持ち悪いです。後、信号青。」
「僕としてはもう少し短い方が、」
「黙って前見ろ。」


この変態。


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とある5のお題。残り1。
時系列無視



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