HAS | ナノ
真実を追い求めて

ナマエさんの家に入れば、案の定部屋の隅に紙袋が置かれていた。ビニールに包まれた異物たち。山になっている封筒。中でも目についたのは、唯一白に埋もれた茶色。

「それです! 職場でナマエさんが受け取ったやつ!」
「……差出人が書かれていませんね。随分綺麗な字だ」

今まで全てパソコンで印字されていた手紙の数々だが、これだけは宛名がボールペンで書かれている。中身は……ドレスアップしたナマエさんと金塚の写真が一枚。これは、僕が以前ナマエさんに外で会った時のやつだな。

「こちらの男性に心当たりは?」
「あ! 高砂子さんですよ!」
「高砂子さん?」

初めて聞く名前だな。
一緒に帰宅している写真だろうか……。職場からの帰り道、大きな交差点を曲がった所にある住宅街が映されている。

「本部から異動してきた先輩で、ナマエさんの企画を凄い助けてくれている人なんですよ!」
「へぇ。……『浮気者』……ね」

続く文面は、『警察に言ったら殺す。アンタか写真の男か。誰がいいか選びたかったら警察へ行けばいい。もう一度言う。警察に言ったら、殺す』と殺意の高さが伺えた。

「これのせいで、千奈さんに本当にことを言えなかったのでしょうね」
「……ナマエさん……」
「この筆跡に心当たりはありませんか?」
「いいえ……。少なくとも、私は知らないです。すみません……」

しゅんと頭を垂れる千奈さんを励ます。それにしても、この手紙は気になる点が多いな。他の手紙とは明らかに違う。

「千奈さんは、ひたすら思い出してください。些細な情報でも良い。彼女に関係することを全て僕に教えてください」
「は、はい……!」

ナマエさんの部屋を、物色する。千奈さんはあわわと慌てていたが、ここに手がかりがあったとしたら見逃すわけにはいかない。

キッチンは、やけに綺麗に映った。洗面所もまた。リビングには、無造作に毛布が置かれている。寝室へ足を進めれば、予想通りベッドに毛布はなかった。ベッドで横になるのも怖かったのだろう。洗濯機の蓋を開けてみると、何も入っていない。

「……これは……」
「あぁ、さすがにクローゼットはダメですよぉ!」
「……千奈さん、ナマエが最近旅行に行ったということは?」
「え? ないと思いますよ。毎日仕事ですし、お休みの日も家にいるって言ってました」

もしかしたら、ホテル泊まりをしていたのか。それか今からしようと思っていたのか……。クローゼットに収められている鞄を見ても、大きなサイズはない。仮に持っていたらそれに入れて家を出た可能性があるな。

「ホテルに泊まっていたか、泊まる予定だった可能性が高いですね」
「だとしたら今日かもしれません。昨日は高砂子さんが送っていったって……あ」
「どうしました?」

後方から小さな声が聞こえて振り向く。千奈さんが慌てて首を横に振ったが、視線を泳がせている。何か気付いたことがあるのだろう。

「何か、思い出したんですね」
「あの……情報ってものじゃないんですけど……」
「教えてください」

次第にナマエさんの足取りは掴めてきたが、肝心の犯人像がまだ朧げだ。何でもいいのだと、再度千奈さんへ伝えると、千奈さんは不安そうに胸元へ手を当てながら口を開いてくれる。

「この手帳なんですけど」
「一部の顧客と企画が載っていると仰っていましたよね」
「……渡してくれたのが人って言うのが、高砂子さんなんです」
「企画に関与していた先輩ですか」

こくりと頷く千奈さん。何が気がかりなのか、黙って言葉を待った。千奈さんの瞳が落ち着きがなくあらゆる方向へと泳ぎ、強い瞼によって閉ざされる。

「私に渡してくれる時に、『大事なお客さんの情報は入っているんだろ?』って」
「中身は、ナマエさんと千奈さんしか知らない……」
「はい……。確かに、企画の件でメモを手帳にしてたので、中身を見た可能性はあると思います! ただ……ナマエさん、今日手帳を出してたかなって」

……。

「デスクに置いてあったらしいんですけど、ナマエさんが退勤する時にはなかった気がするんです。それに、今日中に返した方が、いいんじゃないかって……」
「ナマエさんのご自宅を知っていたのに、千奈さんに依頼した」
「でもでも! 高砂子さんは本当にいい人ですし! 犯人っていうのは絶対にないと思います! ただ、気になって……」

高砂子、か。金塚と同じように写真に撮られたということは犯人ではない? だが、千奈さんの言葉はやけに気にかかるな。

金塚の言っていた悪魔。
悪魔が囁いた可能性のあるもう一つの影――犯人は二人だ。悪魔が主犯であり、確実に唆されたもう一人の人物がいる。悪魔がナマエさんを狙った理由が「邪魔」であったとしたら、ポストへ手紙を投函した人物が唆された方だろう。性別は男。異物からもそれは分かる。

ナマエさんのことだ。泊まるホテルは人通りが多い場所。警察へより近い場所を選んで、万が一の時にはそこへ逃げ出す予定だったに違いない。かといって交番のように、巡回で不在の可能性がある場所は選ばないだろう。

「あの公園で、待ち合わせをしていたんですよね」
「はい。ナマエさんが、そこでって」
「……警視庁付近のホテルか」

あの公園に隣接しているなら、間違いなく場所はあそこだ。ホテルから公園までの最短距離で、どうやってナマエさんを攫う? 荒事が起こればホテルの従業員なり、民間者が気付くはずだ。ナマエさんにスムーズに声を掛け警戒をされない人物……。

「高砂子という方は今どちらに」
「え? もうご帰宅されているかと。手帳を渡してすぐ退勤されたので」
「……少し席を外します。ここで待っていてください」
「あ、安室さぁん!?」

スマホをすぐさま取り出す。安室透という立場ではこれ以上の身動きは取りづらい。ホテルで監視カメラを見せてもらうにしても、恐らく許可を取るまでに時間がかかるだろう。ならば、やることは一つしかない。

≪はい≫
「至急調べてほしいことがある」
≪事件ですか!?≫
「ていと銀行に勤める高砂子という男の素性を洗ってくれ。可能ならその男の車も追跡してほしい。恐らく――」

風見ならすぐに情報を手に入れてくれるはずだ。その間にホテルで交渉してみるか。

「千奈さん。この後、ナマエさんが泊まっていたであろうホテルへ行きます」
「え? 場所分かったんですか!?」
「ええ。彼女がチェックインしていなくても、予約情報があるかもしれません。千奈さんには」
「私も行きます! 役に立てないかもしれないけど、でも私だってナマエさんを助けたいんです!!」

出来れば、犯人と出くわす前に千奈さんとは別れていたかったが、致し方ないか。ホテルまでは車を走らせればすぐに着く。

案の定数十分で辿り着き、その間に千奈さんに対してホテルでの聞き込みをすることは伝えた。何も知らないというのも不安を煽って予期せぬ言動を産むだけだ。

車から降りてエントランスへと向かう。千奈さんが懸命に説明をしてくれて、ホテルの責任者と会わせてもらえることになった。
あれだけ涙目で真剣に言われては、フロントスタッフだけでの対応は難しいだろう。僕自身が冷静に説明するよりも効いたかもしれないな。

「あれ? 透クン?」
「館田さん、こんにちは」
「やだぁカナミだってば! こんなところでどうしたの?」
「ちょっと私用で。館田さんこそ、どうしてこちらに?」
「んも〜意地悪っ!」

まさか、ここで館田さんに会うとは思わなかったな。正直、今は時間が少しでも惜しい。彼女に構っている暇はないのだが……。

「私は仕事よ。今度イタリアで事業展開していくから、ここで会合していたの!」
「そうだったんですね。お疲れ様です」
「本当よ〜! キモいオッサン相手で辟易してたけど、まさか透クンに会えるなんて! ね、この後一緒に食事とかど〜お?」
「すみません。……今、手が離せなくて」

ちらりと千奈さんで視線を移すと、ちょうど良く奥から責任者らしき男が扉から出てきた。真っすぐ千奈さんへ向かっていることからも間違いないだろう。

「えぇ〜? まぁ、仕方がないかぁ……。明日は出勤なの?」
「一応その予定ですけれど」
「じゃあ、明日行くから! ディナー行きましょ!」
「え?」
「よろしく〜!」

立ち去って行こうとする館田さんの手元から、ひらひらと用紙が舞い落ちる。慌てて手に取って、彼女へと声を掛けた。

「館田さん! 落としましたよ」
「やだ、あっぶなぁい! ありがとうね、透クン! 大好きっ! じゃあ明日のデート楽しみにしているからねっ!」
「で、でーと?」

何てマイペースな人なんだ……。
とは言っても、いま彼女の後を追う理由はない。とにかく早くナマエさんについての情報を確保しなければ。

責任者へ熱く伝えても、一般人においそれと話すわけにはホテル側としてもいかないだろう。千奈さんの代わりに前へと出て、淡々と事情を説明する。動揺を見せたところで、畳みかけるように緊急性を訴えた。
警察と連携して捜査をしている探偵として、管理室へと案内してもらうことに成功する。こういう時、何かと便利な立場だな。

「でも、監視カメラって言ってもどれを見れば良いのか……」
「彼女が泊まっていたのがこの部屋ですね?」
「はい。本日の正午にお電話にて予約を承りました」
「ここでホテルを出ていますね……」
「ナマエさんと電話した時間と一緒です!」

カメラに映ったナマエさんの姿、何故だか懐かしさすら感じてしまう。どうか無事でいるようにと願いながら、ナマエさんの行く先を目を凝らす。辺りを気にしながら、いつもの鞄を握りしめてエントランスへと向かっていき……。

「……足が止まった」
「左側見てますね」
「ここ、拡大できますか」
「はい」

足を止めたナマエさんが左側へ身体を向けている。恐らく誰かに声を掛けられたのだろう。拡大をしてもらうと、誰かに対して体の向きを変えて口を動かす映像が映った。肝心の誰か、がホテルの骨格で上手く見えない。

「もぉ、これじゃ誰だか分かりませんよ!!」
「待って。ここ止めてください」

薄っすらだが、相手の手元が映っている。左手首に時計が、指に付着しているオレンジ色は……絆創膏か? 人差し指に巻かれているな。何とかこの情報で

「…たかさごさん…」
「え? 今なんて」
「高砂子さんですよ、これ……」

信じられない、と千奈さんの唇が震えている。何故確信できるのか。そう問う前に、千奈さんの泣きそうな瞳と目が合った。

「あの時計、いつも付けてます……。大きいから凄く目について……。それに、あの指先の絆創膏は……私が書類受け取ったときに切れちゃって、手持のオレンジが書かれた絆創膏を渡したんです……。人差し指……高砂子さん、です……」

再生した映像は、すぐに手元が引っ込められた。高砂子であろう男にナマエが慌てながら何かを説明していると、彼女の手首を引いて監視カメラの範囲外へと消えていく。

「……やはり高砂子か」
「ど、どうして……ナマエさんのこと、助けてて……。高砂子さんは、そんなこと、する人じゃ……なんで……」

呆然とする千奈さんへ、今何と声を掛けるべきか。静かに深呼吸をした途端、手持ちのスマホが着信を知らせる。千奈さんは何も反応しない。責任者へと断って、少し離れたところで電話を取った。

≪降谷さん、今現在の情報をお伝えします≫
「悪いな。で?」

風見からの報告――それは、高砂子の犯行を確信させ。真相へと大きく踏み出すものだった。

≪以上です。車は、晴海通りを南下しているところまでは確認を取れています≫
「分かった。引き続き行方を追ってくれ」
≪はい。ところで今回は何の事件を追って……≫
「後、並行して調べてほしいことがある」
≪えっ、何ですか?≫




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