HAS | ナノ
伸し掛かるは岩石

「ああ……非常に綺麗だ。いや、可憐と言った方が良いか。言葉で形容するもし難い美しさだ。ミョウジくん」
「はぁ。ありがとうございます」

駅から離れたホテルで、金塚さんの昇進パーティが行われた。大御所の部長やまさか本部の更にお偉いさんまで来るなんて誰も思わないわ。

私と同年代なんてちらほらしかいなくて、顔見知りもいない。ほとんどが本部の人たちだった。当然独身者なんて私ぐらいなもので、パートナーは妻子持ちとかどんな悪魔だ。

「お話が違ったかと」
「そうか? 未来のと付け加えておいただろう」
「困ります……」
「今のうちだけだ」

あろうことか、金塚さんは私を恋人だと紹介しやがった。ゲロ吐きそうだったのをどれだけ抑えたことか。
ウチの支店長なんて、仰天して人間とは思えないほど目を丸めていた。こりゃ、明日から顔色窺ってくるよ。絶対。汚い大人サイテーだ。

「私は、本気なのだが」
「金塚さんを疑っているわけではありません。ただ、お気持ちには……」
「では一時的に付き合ってみるとかはどうだろう。暫し同棲をすれば、互いの相性も分かるだろう」

目が嫌だ。目が。早くこの視界を浄化させたい。
ああ――梓ちゃんに、会いたいなぁ……。

「ご勘弁ください」
「……まぁ、急くこともないか。ということで、再来週は開けておいてくれ」
「はい?」
「良い席を手に入れた」

キマっているスーツから取り出したチケットを手渡される。大人しく受け取ると、何かのチケットだった。

「……? これって何ですか?」
「オペラチケットさ。私の知り合いが主催でね。その後のレストランも押さえてある」
「か、金塚さん。本当にこういうのは……!」
「予定でも?」
「う」

そりゃあ、予定入ってないけど。入っていないけども!
寂しい女だとしても金塚さんはなぁ、ちょっとなぁ。リードが上手いというよりも強引というか。

「是非、次のドレスも私に仕立てさせてほしい」
「ですから私は」
「君を美しくさせるのは、私でありたいからね」
「あの」
「私からの愛情を受け取ってくれ。ナマエくん」

ふ、と笑われても……気持ち悪いだけなのだが。勘弁してくれ。と、いうかお願いだから名前を呼ばないでほしい。

「もう夜も遅い。送って行こう」
「タクシーを手配しておりますので」
「そうか……残念だ。ドレスはそのまま君にあげよう。君のために用意させたものだ」
「……ありがとうございます」

これはもう、セクハラの域に達しているのでは?

「では、もう失礼いたします。本日はお招きいただき、ありがとうございました」
「ふぅ、形式なんて不要なのにな」

職権乱用もいいところになってきたはずだ。最初は良い先輩だったのに、一体いつからこんな変態私様無理やり男になってきたんだろう。
そういうのは一人で――……。


夜が遅いとやっぱり肌寒い。
貰ったドレスは恐ろしいほど体にフィットして、恐ろしい。なんか、そのうち犯罪にでも手を染めても可笑しくない勢いで怖い。やだなぁ。

「あら? あなた」

今日の私の運勢は、終日最悪天地の裂け目に落ちるでしょう。

「返事もできないの? 失礼しちゃう」
「はぁ」

口を閉じてくれればめちゃくちゃ美人の人である。確か、館田カナミ?
前にポアロで目の敵にされたことは忘れない。吊り上がった目が気の強さを表していて、少しだけ身を引いてしまいたくなる威圧感を放っているんだよね。

「なぁにその格好。ドレスは上物みたいだけど、素材が追いついていないじゃない」
「自覚はありますけどね」
「ふぅん? 自覚あるなら、あなたに透クンは合わないっていうのも自覚してるんでしょ?」

やっぱり。わざわざ声掛けてきたのだって安室さん関連だろうなぁとは思っていたけど。もう皆して勘弁してほしい。私が何をしたというんだ。

「やめてよね。あたし、透クンに本気なの。てか透クンほどイイ男には、あたし以外ないでしょ」

イイ男が喫茶店でアルバイトをすると本気で思っているのだろうか。

「邪魔されるのとか、超嫌い。名前呼ばれてるからっていい気にならないで」
「なってません」
「はぁ? 口だけは御立派なのね。ドレスと一緒。身に合ってないわよ」

余計なお世話だ、と吐き出したいのを堪えて歩き出す。
もう相手していられん。ただでさえパーティで疲労困憊だし。

「透クンは、あたしのなんだからね!」
「……」

あれ、安室さん既に彼女いるでしょ。金髪美人のボッキュンボン。
でも、彼女いないってこの人には言ってたし……内緒にしたいのかな。あれだけの美人だから芸能人だとしても可笑しくないし、隠しておきたいのかな。

じゃあ、この人に安室さんが彼女いるって言っても意味ないか。というか、そこまでお節介することないか。

「どうぞご勝手に」
「なにその態度。人を苛立たせる天才かしら?」
「お互い様ですよ。もう疲れてるので失礼しますね」

後ろから何か聞こえるけど無視だ無視。
今日は本当に疲れた。上への愛想笑いも、周りへの弁解も、でも金塚さんの印象を悪くするわけにもいかないし、適度な言葉選びが難しい。



「あー、ミョウジくん。君にこの企画を任せたい」

翌日も、私の運勢は最底辺だった。

「ま、待ってください! 私よりも、この分野に特化したスタッフはいくらでもおります」
「いいや。これは本部から任された案件だ。ミョウジくんをリーダーとして展開をしていきたい。いいか、失敗できない企画だぞ!」

頭をがつんと殴られるような感覚だ。そりゃあ、仕事を任せてもらえるのは嬉しい。けれど、これは絶対に信頼じゃない。この間のパーティで私と金塚さんの仲を見て振っただけだ。
もしかしたら金塚さんから依頼されたんだろうか?

「ならば尚更、別のスタッフに委ねるべきです。私はただの一般職員ですよ? こういうのは本部の総合職の仕事じゃ……!」
「その本部から依頼が来たんだ。地域に根差した商品PR、頼んだからな」

地域って……普通に対象は東京都じゃない。区ならまだしも……。
渡された書類を手にして部屋を出る。大きな大きな溜め息が零れた。また千奈ちゃんに回数を数えられてしまう。

「ミョウジ、お疲れ様」
「高砂子さん」
「聞いたよ。企画依頼されたんだろ?」

確か、高砂子さんって本部で働いてたんだよね……。ご家族の都合で転勤したって聞いたけど。

「俺も手伝うように言われてるからさ。一緒に頑張ろうぜ」
「非常に、助かります」
「ハハッ、んな死にそうな顔するなって。早速今日、残れるか?」
「ええ。早めに終わらせましょう」
「だな」

一人で頭抱えるよりもいい。経験者がいれば大分違うだろうし。あーあ、これからまた帰りが遅くなるのかぁ。何のために働いているんだかわからなくなっちゃうなぁ。

「ナマエさん、ナマエさん!」
「千奈ちゃん……」
「聞きましたよ! どうしてナマエさんが、その仕事をやらなくちゃいけないんですかぁ!? 信じられません!」
「まあ、頼まれた以上はやらないとね」
「ナマエさん、大人すぎます! これは断固拒否すべきです!!」

そうできたら簡単だけれども。

「私も出来る限りお手伝いしますからねっ!」
「ありがとう」

人に恵まれて、本当に感謝だ。一部の人だけど。

千奈ちゃんと高砂子さんの協力を得ながら、着々と仕事を進めていく。自分の本来の仕事もしながらというのは大変で、頭が張り裂けそうだ。
ポアロに行きたい。あそこの珈琲で目を覚ましたい。梓ちゃんと話したい。どうして、安室さんアルバイトしているんだろう。

とぼとぼと暗い帰路を一人で進むのが、段々情けなくなってきた。あの金髪美女とさっさと消えてしまえばいいのに。
というか、なんでこう、仕事が落ち着いたらこんなに考えちゃうんだろう。どうしたらこのガンコな汚れを落とせるんだろう。

「もう、最悪」

――その時、同じリズムで足音が鳴っていたなんて、気付きもしなかった。




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