HAS | ナノ
ガンコな汚れ

決して気にしてないし。
……全くというわけじゃあないけど、やっぱり少し不快感があるのは事実だ。だって、安室さんあんなに綺麗な恋人がいるのに、私に口上手く寄ってきたわけでしょう? しかも、好きだってはっきり言っちゃっているし。ただの浮気で、都合の良い女ってことじゃない。

「はぁ」
「ナマエさぁん、どうしたんですか?」
「え? やだ、また溜め息出ちゃった?」

職場ですら考えるなんて、本当にがんこな汚れだったんだなぁ。ま、もう関係ないし早く落として綺麗にしないといけないよね。

「少し寝不足だったの、気にしないで」
「そう、ですか……何かあったら私、力になりますからね!」
「ありがとう」
「で、なんですけど」

……千奈ちゃんの、この表情は。

「あの〜実は、」
「言わなくていい」
「でも呼ばれるように頼まれたんですよ〜〜!!」
「……暇なのかな、あの人って」

身体中の余分な二酸化炭素を吐き出して、デスクから離れる。一歩足を止めると、千奈ちゃんが顔を引きつらせながら「頑張ってください!」と後押ししてくれた。嬉しくない。

案の定、扉を開けると汗だくの係長と、涼しい顔をしている金塚支店長代理が座っている。……いや、もう課長に昇進したんだっけ。あぁ、やだやだ。

「や、やっと来たかねミョウジくん! では、金塚課長。私はこれで失礼いたします!」
「ああ、すまないね」
「とんでもございません!」

係長は、また私を犠牲にするのね……。

「やあ」
「金塚さん……今日はどうされたんですか?」
「座りたまえ」

この間とは別のスーツを着ている……しかもブランドものじゃない。課長ともなるとやっぱり給料いいんだ。羨ましいわ。

「実は、私の昇進祝いを部長たちがしてくれることになってね」
「おめでとうございます」
「パーティにはパートナーが必要だろう?」
「仰っている意味が良く、分かりませんが」
「君を招待しているんだ、ミョウジくん」

……。アホなのだろうかこの人は。
仕事の合間にわざわざ私を捕まえて話していることが、これか。

「実際、今君にパートナーはいないんだろう?」
「似たような話を以前もしたと記憶しております」
「ふ、失敬。何もすぐに私も恋人を望んでいるわけではない」
「では今回のお話は」

なしで。そう言う前に金塚さんが立ちあがって窓辺へと歩いていく。どうして偉い人は皆窓辺から街を見下ろそうとするのだろう。まあ、ここ、三階だから大した景色見えないけど。

「君を紹介したい」
「ですから、私は」
「恋人と紹介できれば一番いいが、今回は純粋に君を上に報告したくてね」

私、何かやらかしたっけ。

「君は仕事が良くできる。支店で終わるのは勿体ないだろう? これを機に、上の人間に君を覚えてもらえば本店への移動だってありうる」
「……金塚さんは、私をどうしたいんですか」
「君と共にまた働きたいと思ってね。私の傍で働けば、君だって私の腕が良く分かるだろう」

十分わかっておりますので、結構です。
そう言えれば簡単なのに、一応これでも上司だし役職だって上がってしまったし、下手なことを言えない。

「ふ、結構ですって顔だな」
「……分かっておいででしたら」
「実はもう言ってある」

職権乱用だ。上に報告したい。
絶対に信じてもらえないだろうけど。

「私に拒否権ないじゃないですか……」
「悪いな。これに詳細が書いてある。ドレスはこちらで用意しよう」
「いえ、そこまでしていただくのは申し訳ありませんので」
「既に前日君の家に届く手筈は整えている」

見知らぬ他人を巻き込むなんて卑怯すぎるこの男。というかなんで私のサイズ知っているかのように話すの。いつ知ったの。何となくで分かるものなの?

「用はこれだけだ。君が望むなら美容室の手配もしておくが」
「金塚さんの手を煩わせられませんので」
「そうか。では当日楽しみにしている」

本当にこれだけのために来たのか。金塚さんが過ぎ去った後に汗を拭きながら来た係長を、一生かけて恨むほかない。

デスクに置かれた紙を手にして日時を確認すればちょうど三日後だった。
いや、三日後って美容室空いてるかな……。面倒事引き寄せてくれたなぁ、もう。

「大丈夫でした? ナマエさん」
「まぁ……ね。私、今日は定時で上がるから」
「はい! あ、もしかして今日ポアロに行くんですか!?」

ポアロ……。
脳裏に浮かぶガングロ浮気男に嫌悪感しか出てこない。梓ちゃんに会えないのも、珈琲飲めないのも困るけど、あの男に会う方が嫌だ。

「行かない」
「……ナマエさん?」

千奈ちゃんは安室さんのことお気に入りだから、言わないでおこう。幻滅するのは私だけで十分だ。うん。


美容室は担当のお姉さんに電話をして押さえることが出来た。良かった。出来れば慣れている人に髪は弄ってほしいし。
こうしてパーティ前日の夜遅くにはなったけれど、綺麗に仕立ててもらった。

「……綺麗、ねぇ」

何度もお姉さんに言ってもらえた言葉。自分でも、そう思えるほどの技術力だった。

「やだぁ、もはやカビの域だわ」

綺麗だった――あの、金髪の女性は。
誰が見ても安室さんとお似合いだ。そんな女性を裏切るように、どうして私に迫ったんだろう。あの女性も可哀そうだなぁ。

「……早く除去しないと」

体は正直だからポアロの前まで来てしまう。こっそり覗くと、梓ちゃんと談話する安室さんが見えて、すぐに踵を返した。暫く行かないで、頃合い見計らって梓ちゃんに連絡とろ。

「あれ。今、ナマエさん見えませんでしたか?」
「え? ……いませんよ?」
「すみません。僕の勘違いでした」
「最近、来てくれないですもんね……。あ、安室さんってば、寂しいんでしょ〜?」
「ハハハ。御明察です」
「やっぱり! 仕事が落ち着けばすーぐ来てくれますよ!」
「その時には、たくさんサービスしてあげないと」
「ふふ、ナマエもきっと喜びますよっ!」


.
久々更新。新章もどき突入。
ここからレイアウトが少し変わります。
改行は基本1行としていますが、見づらい声が多ければ2行へ戻しますね。



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -