晴天は曇天と化す
今日はいい日だ――空を見上げれば快晴。頬を擽るのは心地の良い風。気温は温かく、風の届ける冷たさが実にちょうどいい。
「こんな日に、いいなぁ。」
通学路をのんびり進むと、公園が近くにある。
そこまで続く道のりには桜の木がたくさん連なっているのだ。
そう、花見。
今はまさにそんな季節だった。
「最後に花見したのいつだっけ。」
少なくとも、上京してからはなかった気がする。
幼少期に、家族と幼馴染としたのが最後ではないだろうか。
こんな最高の天気にお花見、うん、羨ましい。
「こういう日に限って遅番なんだよねぇ。」
公園の中から若者の声が聞こえる。大学生だろうか。いいなぁ。
社会人になって早数年。仕事は順調だが、私生活はどうだろう。
休みの日は家にいるか、外に出てもポアロに行くぐらい。
あれ、私、人生謳歌できてる?
「…………。」
こちらに友人は未だに多くない。
幸い、後輩や先輩に恵まれているが、休日にどこかへ遊びに行くような中ではない。
強いて言えば、千奈ちゃんが時々ストーカー化するくらいだろうか。
「うーん、いわゆる枯れてる……?」
だって彼氏もいない。
最後に居たの、何年前だっけ。
入職当時に付き合った相手が最後だから――。
「……やめやめ。仕事行く気もなくなる。」
頭を横に振ると、桜の花びらが舞い落ちた。
知らない間に髪の毛にくっついていたらしい。
出勤時間までにはまだ余裕がある。
のんびりと歩きながら、ある意味花見を楽しむのも一興だろう。
職場への近道で通りを右折すれば、桜は一切見えなくなった。
だいぶあの公園からも離れ、賑やかな若者の声は聞こえなくなる。
代わりに、お洒落なカフェにカップルが多く見えるだけだ。
「別に彼氏がほしいわけじゃないけどさ……。」
けれど、紀本の寿退職を機に少し意識するようにはなった。
良い出会いがあって、結婚して、子供を授かるまで順調にはいかないだろうし。
「でも、私に子どもとか考えられないわ。」
自分のことで精いっぱいだし。
まだ、自分のお金でやりたいようにやりたいし。
きっと子どもが出来たら、今みたいに暇あればポアロへなんてことできないだろう。
梓ちゃんや店長とのコミュニケーションは、私にとって癒しの必須ツールだ。
「……。」
まあ、安室さんとの会話もなんだかんだ言って充実してはいる。
しつこいし、うるさいし、執拗だし、イライラする方が多いけどね。
「――あれ?」
脳裏で不覚にも思い出していたからか、幻覚が見える。
反対車線に駐車してあるあの車……見覚えしかない。
「いや、でも同じ車種……いやぁ。」
そうだと思いたかったが、運転席にブロンドが映ってしまっては確信せざるを得ない。
「こんな昼間っから何してんだろ。」
いつも思うが、探偵業とアルバイトであんな良さげな車買えるの?
アルバイトだって、梓ちゃんと店長には悪いけど、そういい給料とは言い難いだろうし。
なんだかんだ言って、探偵として給与は得ているのだろうか。
「何考えてんだろう。」
止めよう。
と、いうかのんびりしすぎて、案外時間ギリギリだ。
職場に行こうと視線を外そうとした瞬間だったと思う。
車から人が出てきた。それも助手席から。それも、
「う、わぁ……。」
スーパー美人だ。
身長高いし、スリムだし、足長いし、髪輝いているし。
なにあれ。少なくとも日本人ではない。
というか私と同じ人間? モデルか女優としか思えない。
「すっご。」
サングラスをかけている姿が完全に女優だ。
えぇえ、なんで安室さんの車から出てきたの。
じっと見つめていると、横断歩道を女性が渡ってきた。
安室さんの車は既に発車していて、通りを左折して消えていく。
「あ、時間。」
呆気にとられ過ぎて時間忘れてた。
そろそろ急がないとギリギリになってしまう。
歩を進めた途端に軽快な音楽が鳴った。
携帯の着信音のようで、思わず自分の鞄を見るが違うらしい。
「Hi,さっき別れたばかりなのに、もう寂しくなったの?」
「!」
あの美人だ――。
声も綺麗だなぁ。
「ふふ、冗談よ。怒らないでちょうだい。」
その女性はつかつかと長い脚を伸ばして進みだす。
辺りの人は私のようにただ彼女に目を奪われていた。
そりゃ、あんな美人見たら足も止めてしまう。
ただ、
「あら、車に忘れ物? ……そう。でも急ぎじゃないし、また会った時に返してちょうだい。」
安室さんの車から出てきたってことは……。
え、なに。恋人?
「ふふ。意地悪はダメよ。」
さっきと言っていたし、車って言っているし。
もしかしなくとも、この電話安室さんからだろうか。
「分かったわ、じゃあ明日また会いましょう?」
「……。」
薄く弧を描く唇は、女の私ですらドキッとする。
あれ、こんなドキッとしたのいつ以来だろう。
「!」
目が、あった。
「そうそう、今日はありがとう。楽しかったわよ、お花見。」
気のせいではないだろう。サングラス越しに大きな瞳とかち合った。
女性は私を通り過ぎて、通りを右折していく。
「なに、恋人、いるんじゃん……。」
別に、気にしていないけども。
恋人がいるのに、あんなストレートな物言いで迫ってきてたのか。
……最悪じゃない。