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Joulukuuの1日


色取り取りの容器に包まれたキャンドルたち。

日頃から店内を照らしている電灯は全て光を失い、今は闇夜に溶けている。
当然薄暗くなった部屋を灯すのが、このキャンドルたちだ。
ガラス細工の器の中にひっそりと佇む白い蝋の先端が炎で揺らめく。
灯りがほんのりと各色の容器色を反映していた。
電気が当たり前の生活を送っているからか、このような光がやけに温かく感じる。


「綺麗……。」
「ふふ。今年は趣向を変えてみて正解だったみたい。やりましたね、安室さん!」
「ええ。」


本日12月24日。俗にクリスマス前夜と呼ばれる日に、私はポアロへと招かれた。
この季節になると、周囲の店舗同様クリスマスの雰囲気を店内に醸し出すポアロ。
ただ、毎年と異なるのは今この空間に自分たちしかいないことだ。


「昼間に閉店したポアロに呼ばれるなんて何事かと思ったけど、こういうことね。」
「ナマエにはたくさんお世話になったでしょ? だから一緒にパーティしようと思って。」
「梓さんに何かいいアイディアはないかと問われて、こうしてキャンドルを連ねてみたんです。」


安室さんが続けて「ナマエさんのお気に召したようで良かった。」と微笑む。
普段と違って、意味深げで邪気に満ちた微笑みではない純粋なそれ。
一体どうしたと内心驚きはしたが、聖夜で浄化されたからということにしておく。


「綺麗です、とっても。……でも、私だけ?」


嬉しいには嬉しいが、自分だけ好待遇だ。
ポアロの常連客なら他にも多くいるのに、良いのだろうかと首を傾げる。


「本当は毛利先生たちもお呼びしたのですが、別用が出来たとのことでして。」
「今回は私たちだけなの。マスターは家族と過ごすんだって。」
「なるほど。お招きありがとうございます。」
「いえいえ。」


淡い光に包まれると、日頃通っているポアロの雰囲気もがらりと変わる。
この空間に3人だけ。外からは微かにクリスマスソングが聴こえてくる。
何だかこれが、少しくすぐったく感じた。

ただ、気になるのが1点だけ。


「サンタな梓ちゃんは凄い可愛いの。」
「え、あ、ありがとう……。ちょっと恥ずかしいんだけどね。」
「言葉に表せないくらいの可愛さだよ。」
「もうっ、ナマエったら!」


梓ちゃんの衣装は、この時期よく見かけるサンタの女性ver.。
ちょっとだけ首元や足元が肌色だけれど、それがまた梓ちゃんに見事に合っている。

問題は、


「安室さんのソレ、なんですか?」
「帽子ですよ?」
「いや。……中途半端な度合が凄まじいんですけれど。」


安室さんの頭にちょこんと乗っかった赤い帽子。
サンタ衣装の帽子とほぼ同様のものだが、帽子をかぶっているだけで衣類は普段着だ。
もちろん、いい年こいた男性がサンタのコスチュームを着ていたら、それはそれで流石に身を引くけれども。


「うん、中途半端。」
「あはは……。これはヨウルトンットゥを模したものですよ。」
「ようる……?」
「ヨウルトンットゥです。」


初めて聞いた単語だ。


「いわゆる、サンタのサポート役の妖精のことです。」


……妖精? あ、安室さんが?
相当訝しげな表情をしていたのか、安室さんは恥ずかしそうに眉を下げて微笑った。


「サンタは梓さんなので、僕はそれの補助に回ろうかと思って。」
「せっかくのクリスマスだし、普段通りじゃ面白くないでしょ?」
「梓ちゃんが強いたのね。」
「やだ、そんなことないない!」


嘘っぽい。
実際、安室さんだけ普段着だったら梓ちゃんが浮いちゃうから、間違ってはいないと思う。
ただ、なぁ……。


「そう見られると少し恥ずかしいのですが。……ああ、でも嬉しいんですよ? ナマエさんの視線を独り占めできる。」
「はい気持ち悪いです。下がってください。」
「あはは。いつになく辛辣……。」


赤い妖精もどきさんは苦笑をしつつ、ふとカウンターの裏に回った。
何をするのだろうと首を傾げると、そこから出てきたのはギターだ。
え、安室さんってギター演奏するの? 今? というか出来るの?

そんな疑問を解決しますと言わんばかりに、安室さんが椅子に腰を掛けて軽く音をたてる。
外から聞こえる音楽以外に音を奏でるものがないからか、店内には良く響いた。


「安室さん、ギター弾けるんですか……。」
「少しばかり。せっかくなので1曲奏でようと思って。」
「わっ、楽しみ!」


私よりも梓ちゃんの方が嬉しそうである。
両手を軽く叩いて、嬉々と私の隣に腰を下ろした。

それを見送って、安室さんの手が静かに動き出す。
奏でられる曲の序盤にすぐさま曲名が脳裏に浮んだ。


「懐かしい! 『きよしこの夜』ね。」
「子どもの頃よく歌ったなぁ。」


先生のピアノ伴奏で、皆で声あわせて良く歌っていた。
クリスマスソングの定番中の定番だ。
安室さんは私たちに小さく微笑んで、曲を奏でながら口を開く。


「この曲は元々、クリスマス当日に急遽生まれたものなんですよ。」
「え、そうなんですか?」
「ええ。オーストラリアのとある教会では、毎年クリスマスになると讃美歌を歌っていたんです。ですがある年に、突然オルガンが不調をきたして音が出なくなってしまった。」
「大変じゃないですか!」
「へぇ……。それで、どうしたんですか?」
「伴奏が出来なくなったので慌てて司祭が詞を書き、親友であり尚且つオルガン奏者でもあった男に作曲を依頼したんです。これが、この曲の始まりですね。」


だから急遽生まれたもの、なんだ。
当たり前に耳にして歌っていた曲だけど、初めて聞いた。


「でも、オルガンが使えなくなったんですよね?」
「代わりに何で演奏したんですか?」


梓ちゃんと私がそう問うと、安室さんが強く弦を鳴らした。
それにハッと脳が反応する。


「もしかして、ギター……?」
「正解です。」


静かに安室さんの手が最後の弦を弾いた。
聖夜の訪れを歌ったメロディーが、その余韻を響かせる。


「とは言え、司祭は以前から詩を書いていたことが最近になって判明したらしいですけどね。」
「でも、オルガン奏者の人が作曲したのは、」
「これは紛れもない事実だそうですよ。」
「へぇ……!」
「即興の歌がこうして、今じゃ定番だなんてね。」


ちょっと信じられない。

安室さんは口元に緩く弧を描きながら同感だと頷き、ギターを音をたてずに立て掛けた。
語り部のように聞かせてくれた安室さんに、梓ちゃんと共に拍手を送る。
まさかこんな特技があったとは……ちょっと意外だ。
変態なだけではなかったらしい。


「さっ、余興も済んだのでディナーにしましょう! 僕と梓さんで腕によりをかけて作ったんです!」
「って言っても、ほとんど安室さんのレシピに沿ってなんだけど。」


あはは、と苦笑する梓ちゃんに対して、それでも嬉しいと少しばかり早いお礼を告げる。
こんなことなら、ポアロに寄る前にクリスマスプレゼント買っておけばよかったと、今更になって後悔だ。
近いうちにでも用意をして、贈ろう。そう小さく決意する。

テーブルいっぱいに置かれた料理は、キャロルの明かりで艶やかに輝いていた。
どれもこれも良い薫りがして鼻を擽ってくる。


「ナマエさん、ワインは大丈夫ですか?」
「あ、はい。」
「ではこちらをどうぞ。」
「ありがとうございます。」


グラスに注がれたのは赤ワイン。
しかもホットワインだ。


「サンタといえば、フィンランドですよね。」
「この料理もフィンランドで一般的に出されるものとほぼ同じなんですよ。」
「え、安室さんまさかフィンランドに行ったことが……。」
「おおよそ1ヵ月の滞在をね。クリスマスは被りませんでしたが。」


学生の頃の話、なのだろうか。社会人になってからの留学ではないだろう。
探偵業を営むただのアルバイターにそこまでの財力があるようには思えない。
あれ? でも安室さんの車、凄い高価に見えるけども……。


「フィンランドでは、こうしてキャンドルライトに包まれながらクリスマスを過ごすんですよ。」
「このホットワインも?」
「はい、グロッギと呼ばれています。」
「この焼きたてのクッキーもですか?」
「これはジンジャーブレッドといって、向こうでは欠かせないお菓子なんですよ。」


安室さんが異常に物知り過ぎて吃驚する。
これらが安室さんの手によって書かれたレシピで出来上がったのかと思うと更に凄い。
どれもポアロで並んだことのないものだから、全てが初めての味になるのだろう。


「あ。味のことなら心配しないでくださいね。僕たち日本人の口に合うように少しだけ細工しましたから。」


多分、大丈夫だと思います。
今までのような邪気のあるにっこり笑顔とはまた別の笑みで、そう告げられる。
こくりと小さく頷いて、豪華な料理に一通り目を通した。
ああ。本当にすごい……実家でもこんなパーティしたことないよ。

乾杯をしようとグラスを持った時、梓ちゃんが楽しそうに手を挙げた。


「はい! 安室さん、メリークリスマスってフィンランドではなんて言うんですか?」
「Hyvää joulua。」
「はい?」


ひゅ?
ちょっと待って。何語だ。
いや、フィンランド語だろうけれども全く分からなかった。


「Hyvää jouluaですよ。言い易く、ヒュヴァー ヨウルアですかね。」
「ひゅばー?」
「ヴァ、ですヴァ。」
「ヒュヴァー ヨウルア……?」
「ええ。ナマエさん綺麗ですよ。」


多少、英語と馴染みがあるからかなんとか唇が動いてくれる。
対する梓ちゃんは唇に指をたてて眉を寄せていた。


「難しいなぁ。」


けれど、その表情は楽しそうだ。


「では乾杯しましょうか。せっかくの料理が冷めては寂しいですから。」
「はーい!」


明るい梓ちゃんに返事に、思わず顔がほころぶ。


「Hyvää joulua!」
「ヒュヴァー ヨウルア!」
「ひゅばあ、ようるあっ!」


軽い高音が鳴り響いて、温かなパーティが幕を開けた。


――……


楽しいクリスマスパーティも終わりを迎えれば寂しいものだ。
寒夜のもと、安室さん奢りのタクシーに梓ちゃんと共に乗り込む。
まだ長く続く余韻に浸りながら先に梓ちゃんの自宅前に車が止まって、別れを告げた。
そして次は、いつの間にか知られていた私の家へ向かって車が再び動き出す。

にしても、だ。


「頂いていいんですか。」
「ええ。ちょっと作りすぎてしまったので。」


胸には、グロッギと呼ばれるホットワインの入った容器を抱いている。


「これにアーモンドを加えたり、ウォッカを加えるとまた美味しいんですよ。」
「安室さん本当に詳しいですね。」
「大した知識じゃありませんよ。現地で長いこと留学していた知人から教えてもらっただけです。」


私だったら、教えてもらっても長期間覚えていられないけどなぁ。


「今日は、楽しんでいただけましたか?」
「はい。ありがとうございます。」
「とんでもない! パーティを催そうと言ったのは梓さんなので、お礼なら彼女にでも。」
「安室さんもお手伝い、してくれたんでしょう?」
「え? ええ、まあ。」


ちらりとこちらに視線をやって、また恥ずかしそうに前を向く安室さんの姿は新鮮だ。
いつもこれ以上ないくらい、こちらに視線を向けてくるから尚更に。


「だから、お礼言いたいんです。」
「なんだか照れくさいな……どういたしまして。」


車の振動を体に受けながら、安室さんからフィンランドのクリスマスについて聞いてみた。
帰ってきたのは、ディナーとして食べた料理についてやフィンランドでのツリーの用意の仕方などさまざまだ。
また、スケートリングも広場に設けられていて、買い物を終えた後に家族で滑ったりすることも日常茶飯事らしい。

そんな深いお話に耳を傾けていると、家の前で車が止まった。


「ここですね。」
「安室さんもお疲れでしょうに、ありがとうございます。」
「いえ。むしろ遅くまで付き合って下さって、僕がお礼を言いたいくらいですよ。」
「とんでもない。楽しかったですよ。」
「それは良かった。」


シートベルトを外して、小さく安室さんに会釈をする。
そしてドアノブに手をかけると「あ、そうそう。」と言葉が飛んでくる。
なんだろう? 顔を安室さんに向けると、忘れていた邪気に満ちた笑顔が降ってきた。
うわぁ……これは。


「フィンランドでは、」
「結構です。」
「食事の後にサウナに入るんですよ。」
「……。」
「これから行きますか? 一緒に。」


嫌な予感がしたと思ったらコレだ。
忘れていたと思ったら、コレだ。


「ナマエさん? あれ、もしかして照れ――」
「おやすみなさい。さようなら。」
「え、ちょ、ナマエさん!」
「せっかく上がった株を自分の手で下げましたよ、安室さん。」


伸ばされた手に掴まる前に、素早く車から降りる。
きょとんとした安室さんの表情は、全く悪びれた様子が見られない。


「おやすみなさい、ナマエさん!」


背後から飛んできた声に、足を止めて小さく頭を下げる。
そしてそのまま顔を見ずに家へと足を進めた。


まったく!
今日1日で少し見直したのに、結局はこうだもの。
信じられない。


.
中盤まで清い安室さんでごめんなさい(笑)

タイトルのJoulukuu(ヨウルクー)とはフィンランド語で12月を意味します。
「ヨウル=クリスマス」「Kuu=月」で、12月はまさに「クリスマスの月」なのです。
ちなみにフィンランドの方々にとってのクリスマスは非常に大事な行事であり、11時月末から準備を行い、ツリーもモミの木を買うor本物を切って飾るかのどちらからしいですよ。
そして、24日にみんなで仲良く飾りつけをして、最高のクリスマスを堪能すると。



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