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あなただから知りたい―2


職場の後輩である千奈ちゃんがデート欠勤のため、代わりに入る。
もちろん、支店長にはうまいこと誤魔化しておいた。
前の支店長になら正直に笑いながら話せていたのに、おしい。


「増えてきましたね、手伝いますか?」
「ううん、大丈夫。それより後方お願い。」
「はい。」


今日はやけに人の出入りが激しい。
こういう時にはテラーに手伝いが入ることもあるが、今は後方の方が忙しそうだ。
人から人へ書類が手渡される音、電話の鳴る音、それに対応する声、
更にはコンピュータのキーボードを忙しなくたたく音が止むことなく続いている。


「お待たせ致しました。こんにちは。」


仕事にやりがいを感じたり感じなかったり。
正直言って波はあるけれど、こうやってお客様と話すのは楽しいから好きだ。
とは言っても、暫くテラーから離れていたから始めは緊張したけれど。

奥からエレベーターの独特な到着音が聞こえた気がした。
いつだかの強盗、爆発騒動の時にあられもない姿になっていたが、新調された。
いい音だ、なんてどうでもいいことを思いながら仕事を続けていく。

時計の針が進むのは酷く早くて、知らないうちに昼食の時間になる。
一度席を立って辺りを見回すと午前よりも人が多くなっていた。
一時期客足さえ遠のいたここに、また多くのお客様が利用して下さっている。
その分忙しくはなるけれど、ありがたい話だ。


「昼食失礼します。」


そう言って奥へ行こうとした時、係長に名前を呼ばれた。
どうしたのだろう? 私のお腹はもうペコペコで鳴いているというのに。


「悪いがあっちに回ってもらっていいか? お客様がいらした。」
「はい、分かりました。」


あまりにもお客様が多いと、本来担当の業務から手助けに入ることはよくある。
それこそテラーへの支援が多いが今回はちょっと別のようだ。

こうやって昼食に立とうとするときに役割をあてられるのは珍しいが……。
仕事だ。仕方がない。待たせているお客様のところへ向かわねば。


「おまたせしましッ、た。」


支店の奥にある、仕切られた窓口へと向かうと思わずぎょっとした。
席に座っているのは中年の男性。顔にしてもスーツにしてもお疲れの様子だ。
だが問題はそんな日々頑張っているであろう彼なんかじゃない
彼の隣に腰を下ろしてにこやかにしているこの男だ!


「……。」
「あ、あの、何か……?」
「いえ、失礼致しました。」
「大丈夫ですよ、桐島さん。彼女にお任せすれば。」
「そ、そう、ですか?」
「はい。なんてったって僕の知り合いですから!」


な、なんで……。


「そ、そうですか、安室さんの…な、なら安心ですね……。」
「……。それでは早速なのですが――。」


なんで安室さんがいるの。
なんで相変わらずのにっこり笑顔でお客様の隣にあたかも当然に座ってるの。

来るなって言ったのに。職場には何が何でも来るなって言っておいたのに。
どうしてこうも人の話を聴かないのか?


「お客様のご都合を考えますと、こちらのプランともう1つ、こちらがよろしいかと。」
「はぁ、」
「難しく考えなくても大丈夫ですよ。
簡単に両プランについてご説明致します。お時間はよろしいでしょうか?」
「あっ、大丈夫です。お、お願いします…。」
「畏まりました。ではまず先にこちらのプランですが――、」


このお客様とはいったいどういう関係なのか。
今はただお客様に誠心誠意尽くすが、安室さんの視線がずっと当てられているようにしか思えない。
凄く、凄くじっと見つめられているようにしか思えない。
背筋がぞっとする。


「あぁ、…こっちの方がいいかな。」
「そうですね。こちらであれば、無理なくご返済できるかと思います。
ですが急に決めることは御座いません。ご家族とも相談してみてはいかがでしょうか?」
「はい、そうさせてもらいます……。えと、また、相談に乗ってもらっても?」
「もちろんです。」
「ありがとうございます…。」


直接仕事の邪魔はされずに、一応の終わりを見せた。
このままお客様と一緒に帰ってくれ。
そう思いながらパンフレットをお客様に手渡す。


「安室さんありがとうございます、貴方のお蔭でいい人に会えた…。」
「とんでもありません! 僕は桐島さんのご要望にお応えしただけですよ!」


ご要望?


「いい人でしょう?」
「はい、安心できました…。」


……まさかと思うけど。
安室さんのせいで私呼び止められた?
こんなにもお腹が空いているというのに、昼食の邪魔された?

なんてことだ。


「それでは、本日はありがとうございました。」
「い、いえ、こちらこそ…。じゃあ、失礼します。」
「はい、お気をつけてお帰り下さい。」


汗をハンカチで拭うお客様に向かって丁寧に頭を下げる。

よし、これでご飯を食べられる――
そう思ったら、立ち去った影は1つだけで。


「……お客様、お帰りになられないのでしょうか。」
「僕は別件で。」



にっこりとした笑顔を崩さないまま席に座っている安室さんに殺意しか湧かない。


「ご用件をお伺いいたします。」
「口座を作りたいなと思いまして。」
「ありがとうございます。口座開設は窓口にて行っております。
あちらの機械から整理券をお取りになって、お呼びしますまでお掛け下さい。」
「ここでできますよね?」
「……可能です。」
「なら、お願いします。」


こ、この男……!


「畏まりました。少々お待ちください。」


仕事上決して口にはしないけど、心の中は荒れ模様だ。

一度後方へと戻り、お客様が口座を開設する旨を伝える。
発券機の券とって大人しく席で待っていて欲しい。
その間に私は昼食をとりたかったのに。


「お待たせ致しました。では、こちらの用紙に必要事項の明記をお願い致します。」
「はい。」


あの安室さんにお客様としての対応をする日が来るだなんて。
もう胃がキリキリと痛む。多分、お腹がすいたというのと目の前のこの男のせいだろう。


「アイキューシステムでしたよね。」
「はい?」


突然何を言い出すんだ。
黙って手だけ動かしていて欲しい。


「あの発券機ですよ。便利ですよね。」
「え、えぇ。」
「客の来た時間は当然、窓口の対応時間も分かるしいいシステムだ。
後方に並んでいるそのパソコンにもデータが飛ぶんでしょう?」
「お客様、お詳しいんですね。」
「仕事柄ですよ。」


ただのアルバイターだろ。


「はい、書き終えました。」
「ありがとうございます。暗証番号はこちらでよろしいですか?」
「ええ。」
「それでは、ご本人様の確認書と新規振込額のご提示をお願い致します。」
「お願いします。」
「お預かり致します。少々お待ちくださいませ。」


後ろに下がってもなお、安室さんの視線が痛々しい。
デスクに座って必要事項の明記確認や預かった運転免許証との情報を確認する。


「あんなイケメン、いるのねー。」
「…………。」


隣で囁く程度に聞こえた言葉。
絶対に言われると予想済みだったから、尚更心の中で溜め息が零れそうだ。


「今日テラーになって良かったじゃない。」
「どこが、最悪。」
「えぇ? あんなにイイ顔してるのにぃ。」
「顔だけはごめん。」


かなり後方にデスクがあるから、聞こえることはまずないだろう。
思わず私も小声で隣の彼女に返すと、失笑された。


「アンタの眼鏡にかなう男って誰よ。」
「普通の人。」
「いやいや。」
「少なくとも変態染みていない人。」


そう言い直して、私は窓口に戻った。


「大変お待たせ致しました。」


これでもう終わりだ。
早く帰ってくれ。

そんな思い一杯で、新しい通帳とお借りしていた証明書類を返す。
すると安室さんの手には別の紙が握られていた。
後方から見られない位置にそれが差し出される。


『仕事中のナマエさんも可愛らしいですね。今度からお邪魔します。』


…………どこの変質者だ。
これはもう、絶対に警察に通報してもいいレベルだと思う。


『お断りします。一生来ないでください。ATMと仲良くどうぞ。』


それだけを素早く書いて、頭を先に下げる。


「ありがとうございました。」


さあ、帰れ!!


「仕方がないですね……。では、ありがとうございました。」


ポアロでお待ちしていますね。
と、本当に小さな声で言われたからキッとひと睨みする。
安室さんは痛くも痒くもなさ気に微笑んで、やっと立ち去ってくれた。


「お疲れさん、飯行っていいぞ。」
「はい…。」


もう今日一日の活動量が一気に減量した。
ダメだ、昼ご飯食べても元気でなさそうな予感がする。


.
さらに続く



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