知らない心臓



突然ですが、私の個性の話をします。私の個性は"魅了"生物更には無機物さえも関係なく私の虜にするという個性、虜になった相手は私に敵意や悪意を向けられずある程度私の言うことを聞いてくれるという使い方によっては便利な個性である。便利だけど発動条件は相手に私の肌を10秒間触れることという結構難しい条件だし小さい頃友達にやらかしてしまってからは特に気をつけているし衣服越しなら効果はないためまあまず誰かを魅了するなんてことはない、はずだった。

目の前に立つ人にチラリと目を向ける。頬は赤みを帯び鋭い目の中に熱がちらつく、やっちまったと思ってももう遅い、満員電車で動けない私の手にまさか人の手が10秒間も触れるなんて偶然、今日に限って手袋を忘れるなんて偶然、いったい誰が想像できたというのだろう。何度瞬きしたってそこには敵っぽいと有名なクラスメイトの爆豪くんが不機嫌そうな顔で私を睨みつけていた。


「オイ、クソビッチが、俺に何しやがった」

「え、ええっと、なんと言いますか…」


クソビッチとは彼が私を指す時の呼称である。みんなに魅了の個性だということを説明した時に彼の中で私のイメージはビッチで収まってしまったらしい、解せぬ。今まで爆豪くんとはクラスメイトではあったが特別何かを話すこともなく必要最低限ぐらいだったがまさかこんな形で話すことになるとは…世の中何が起こるかわからないもんだ。心の中でうんうんと頷いていると突然触れていた手をギュッと握られた、え、も、もしかして…!


「ばばば、爆発はダメです…!ほ、ほら、電車の中だし!ね!」

「誰がんなことするか殺すぞ!」


すると更に強く手を握られる、なんなんだと爆豪くんの表情を伺うと…う、嘘だろ、あの、クソを下水で煮込んだような性格と比喩される彼が、会話中に必ず死ねか殺すが入るあの彼が、赤面…!?あまりの想像を超える出来事に思わず爆豪くんの顔をガン見していると舌打ちとともにふいっと目をそらされてしまう。小さな声で「何見てんだよ、クソッ」と言ったのも聞こえてしまった。はっきり言おう。なんだこの可愛い生物は…!過去に友人がツンデレ萌えと言っていたことを思い出した、なるほどこれか、これが噂のツンデレ萌えなのか。今までの暴力的で口の悪いという強いイメージが更に大きなギャップを生み出し私の心を埋めていく、私の個性のせいだとわかっていてもきゅんとしてしまう。
電車のアナウンスが次の停車駅を告げる、あ、次で降りなきゃ、朝から珍しいものを見れて少し面白かったけど彼の性格上降りてからもベタベタとくっついてくるタイプではないはずだ、申し訳ないが私の個性の効果が消える明日まで彼にはモヤモヤを抱えて過ごしてもらおう、しかしまあ可愛かったなあ…。なんて考えていると駅に着いたみたいでドアが開いた、爆豪くんに手を握られたままドアの方へ引っ張られる、助かりますありがとう。新鮮な空気を吸ってさあそろそろ離してくれるかなーと思っていた私の予想を裏切るように手を離してくれない爆豪くん。じっと何も言わずに見つめられてあれ?これもしかして結構良くない空気?と少しばかり焦りが出始める。


「お前、名前は」

「あ、名前です、けど…」

「…名前」


ぼそりと一言残して手を離し彼は改札へと向かって行く。名前を覚えないことは聞いていたけどまさかほんとに覚えてなかったとは…まあでも明日になれば忘れてるだろうしいいか、うん。
こんな悠長に考えていた私は想像していなかった。今日1日他の男の子と話すたびに爆発音が響き緑谷くんが八つ当たりされることを、翌日我に帰った爆豪くんに爆殺されかけることを、そして、ごく稀に名前と呼ばれることを、面白かったなーとこぼしながら学校へ向かう私には考えつくことすら出来なかったのだ。

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