思い出した目的と世界規模カルチャーショック(タクミ)



「……しまった」

その失態に気づいたのは、夜も遅くなってから。
書庫で文字を教授してくれる先生を見つけ、とりあえず文字を読めるようになるという当面の目標・それに向けた具体的な計画が定まり、充実した一日だったなあとホクホクした気持ちでベッドに入り込んだ時だった。
人はなぜ大切なことを寝しなに思い出すのか。寝るばっかりの体勢から上半身を跳ね上げる。

「タクミくんにちゃんとお礼言うの忘れてた……!」









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以前タクミくんに会いに行ったのは、命を助けてもらったお礼をするためだった。が、弓矢の腕前に感激するあまりろくすっぽ感謝もせず、彼をべた褒めしただけで満足して帰ってきてしまったのだ。

という訳でちゃんとお礼を言うためにもう一度弓道場に足を運べば、期待通りそこにはタクミくんが的に向かっているところだった。またあの二矢連続当てを見られるだろうか?声をかけずに出入り口の影に隠れて、ワクワクしながら様子を見守る。
が、彼は構えた弓を下ろし、こちらを振り向いた。

「……そこにいるんだろ、出てきたら?」

見つかった。








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「な、なんで私がいることが分かったの?」
「あれだけ見られてれば誰だって分かるさ。で、今度は何の用?こう見えて忙しいんだけど」
「え、ああそうだった……この間は助けてくれて本当にありがとう」
「……」
「……」
「……。それだけ?」
「それだけ。」
「……敵がなにかを襲っていれば、倒すのは当たり前だろ。戦場で誰を助けたとか誰に助けられたとか、いちいち気にしてたらキリがない」

暗に“べっべつにあんたのために助けたんじゃないんだからね!”と言われてしまっているが、気になるのは戦場という言葉がさらりと出てきたところだ。

「あなたのいた世界ってそんなに物騒なんだ?」
「あんたがいた世界は相当平和ボケしたところみたいだけどね。戦いとは無縁だったっていうのが分かるくらい、あんたもエクラも隙だらけだ」
「そうだね。……少なくとも私が住んでた国では戦争は無いからなあ。大体の死因は寿命か病気か事故か自殺だし。戦死っていうのはなかなか珍し、」
「ま、待て。自殺?大体のって……あんたのところでは腹切りが戦死よりも多い死因なのか?」
「自殺大国だよ。年間三万人」
「三万人!?」

指を三本立てて見せつけると、タクミくんは仰け反って良い反応をしてくれた。不敵に笑って指を振ってみせる。

「ふっふっふ。現代社会に生きる我々の内面は複雑で繊細なんだよ」
「……あんたを見てると、繊細とは程遠い気がするけど」
「なっ。と、とにかく!話がずれちゃったけど私があなたに命を助けてもらったのは事実。今私が返せるものは感謝の言葉だけだけど……。本当にありがとう」

話がどんどんずれていくので強引に軌道修正。何度目かのお礼を口にする。このままではまたちゃんとお礼を言えずじまいになってしまうところだった。
最初は意図して助けた訳じゃないといっていた彼も、私のしつこさにどうやら根負けしたようだ。溜め息をついて、すこしだけ口角を上げる。

「……仕方ないな。どういたしまして、と言っておくよ」