読めない文字と(ルフレ)



ぎっしりと詰まった文字、文字、文字。じいっと見つめて数十秒。不思議パワーが発揮されて読めるようになる奇跡が起こらないと悟り、落胆する。

「……読めない」

シャロン達とは日本語感覚で問題なく言葉を交わせていたから、字が読めないというのは盲点だった。

アスク城内にある書庫(書庫といっても、規模が大きすぎてここ一室だけで図書館並みだ)。
アンナさんにはぐらかされた“もとの世界に帰る手がかり”を見つけられればと思ってこの書庫に来たのだが、ここにきてそもそも字が読めないという大きすぎる壁が発覚してしまった。
アルフォンスはしばらくしたら──もう何度目かになる絵倉くんの英雄召喚が終わったら迎えに来るといっていた。つまり、しばらくしなければここから出られないということだ。下手に動けば迎えに来てくれるアルフォンスとすれ違いになってしまうし、それより何より迷子になる自信がある。


……今度の召喚は成功しただろうか。
私にはあんまり関係の無いことだ。英雄とは顔を会わせたらその時に自己紹介すればいい。なんて自己紹介しようかと空想して、現状私の立場はごくつぶし以外の何者でもない事に気付いてがく然とする。……今度、フェリシアに掃除の仕方ぐらい習おう。いやフェリシアじゃ駄目だ。一緒に皿を割る未来しか見えない。

児童書コーナーらしきブースから適当に絵本を何冊か取ってパラパラとめくってみる。
記号めいた文字は全く日本語と共通点が見えない。形だけで言えば英語の方がまだ近い……かもしれない。つまるところ全く解らない。ため息をついて、天井を仰ぐ。どうせ暇なら、タクミくんの修練を見に行けば良かった。






**********************





「ここが書庫だよ。持ち出し禁止の判が押されているもの以外は自由に持ち運びして構わない。英雄なら出入りも閲覧も自由だ」
「こんなに広大な書庫が……ありがとうアルフォンス。とても興味深いよ。
? 誰か居る……?」
「そうだ、ルフレ。きみにも紹介しておくよ。エクラと同じ世界から来、た……」
「……」
「……」
「……寝てるね」
「李依……」




*******************




「ん……」

机に上半身を預けるおかしな体勢で寝ていたせいで、あちこち痛い。固まった体がバキバキと鳴った。
なんとか伸びをする。

「はあ……寝ちゃった」

今は何時だろう。アルフォンスはまだ迎えに来ていないようだから、それほど経っていないのかもしれない。

「あ、起きたかい?おはよう」

人がいるとは思わず、固まる。「オハヨゴザイマス」と片言で返してしまった。誰だ。
白い髪と黒い外套が印象的だ。次に目を引いたのは彼が開いている分厚い本。司書さんや臣官さんだろうか…?
どうやら寝起きの一部始終を向かいの席に座っていた彼に見られていたらしい。慌てて背筋を伸ばして髪を整える。思いっきり寝ているところを見られた。恥ずかしい!

「お、起こしてくれれば良かったのに」
「ごめん、ぐっすり寝ていたからつい。読み疲れるほど熱中してたんだね」
「あー……。いや、そうじゃなく……実は読めなくて……字が」

字が読めない、と宣言するのは思いのほか恥ずかしい。識字率百パーセントの国に住んでいたせいだろうか。この世界ではどうなのだろう。すごく学の無い奴だと思われてしまったかもしれない。
彼は私が枕にしていた絵本を取ると、表紙を読み上げた。

「『リグとラグのだいぼうけん』」
「そんなタイトルだったんだ、それ」
「こっちは…『わるい竜とやさしい竜』」
「あ、面白そう」
「僕が読もうか?」
「ありがたい。でも自分で読めるようにならないとだから遠慮しておこうかな」
「そうか。 ……なら、僕が字を教えようか?」
「え」
「もちろん君が良かったら、だけど。僕もここの書物には興味があるしね。どうかな?」

出会ってたった数分。名前も知らない、しかも異性にいきなり頼み事するのはものすごく申し訳無い。
でも、出会ってたった数分。それだけで判る“イイ人”の雰囲気と、願ってもない申し出。一も二もなく頭を下げた。

「ぜひお願いします!」