異世界・ハイ(タクミ)



元の世界で弓道に馴染みがあったわけではないけれど、やはり日本人としての性だろうか。弓道場で板の間に座して静けさの中に身を置いていると心が凪いでいくのが分かった。
弓が引き絞られる音と、矢が的に刺さる小気味良い音。まぶたを伏せて、ただそれらに耳を傾ける。ときおり吹き抜けるささやかな風が心地良い。
……この世界に来る前は、こんな風に閑寂を感じることはなかった。毎日人混みと無数の硬質な靴音に紛れて。ここはそんな煩雑な空間とは切り離された空間だ。

「やっぱり良いなあ、ここ……。落ち着く」

思わず独り言を漏らす。すると矢を番えていたタクミくんが構えを解いて振り返り、じとりとした視線を向けてきた。そして一言。

「……あんた、なんでここに入り浸ってるんだ」
「えへ。駄目?」
「僕は一人で鍛練したいんだ。他の誰かがいると、気が散る」
「そんな薄情な!大丈夫、タクミくんなら私を気にせず鍛練に集中できるよ!」
「僕の何を知ってるんだよ!」
「うう、今度こそ静かにしてるから!ここにいてもいいでしょう?
広間は王族貴族が多すぎて居づらいんだよ」

絵倉くんの英雄召喚は順調だ。今のところ協力を断る人もいない。だが、その召喚される英雄の貴族率が半端ではない。キラッキラの装飾服にごってごての剣。隣に立つ事すら気後れする気品なのだから、談笑なんてもってのほか。住む世界が違う、というやつだ。
タクミくんがなにやらぶつぶつと「僕だって……だけど」とか言っているがよく聞こえない。

「あんなキラキラした服装の中に混ざれないって。場内も広すぎて落ち着かない。
一方でここはもとの住んでた世界に近い雰囲気だし、居心地が良いんだよね。すごく落ち着く。なにより、タクミくんの弓術は見てて飽きないし」
「ふ、ふうん……そこまで言うなら好きにしなよ」
「本当に?ありがとう、やっぱりいい人だね〜」

命を助けてもらった印象からだろう。自分の中で“タクミくん=なんだかんだイイ人”の方程式が根付いていて、こうしてあからさまに鬱陶しがられてもあまり傷付かない。
むしろ照れ隠しのようにも見えてくるという謎ボジティブまで発動する始末。異世界に来てテンションが上がっているのかもしれない。

「……あんた、変わってるって言われないか?」
「いいや、あんまり」