宣誓、あるいは首輪





「李依」
「なに?」
「お手」
「ハイ」

差し出された言葉と上向きの掌に、反射的に反応してしまう。
うっかり手を重ねてしまった後で、自分の迂闊さとあんまりな扱われ方に溜め息を吐いた。

冷静になって好意を向けてくれる相手に対して逃げ回るのも失礼だと反省し、弓道場に顔を出せばこれである。

「人を犬猫みたいに扱わないでよ……」
「李依の手は小さいね」
「タクミくんと比べたらね。男と女だし」
「言いたいのは単純な大きさじゃなくて、頼りなさ……かな。戦わない人間の手って感じだ」

お手した指を持ち上げられたり引っくり返されたり、まじまじと観察される。何かを探しているような仕草だ。
告白された相手にこうして触れられ続けるのは恥ずかしい。

「暗夜には婚姻の証に指輪を贈るらしいけど、李依のところでもそうなのか?」
「そうだね。贈ったり贈られたりしてるよ」
「李依の国はやっぱり、暗夜と白夜が混ざった文化なんだな」
「……そろそろ、手、いい?」
「もうちょっとだけ……やっぱり、無いね」
「何が?」
「指輪の跡」
「どうしてあると思ったの……」
「李依が僕の告白を受け入れないのはもう婚約者が居るからなのかなって思ったんだけど」
「なっ」
「違ったね。……いい加減諦めなよ。こんな風に無防備に触らせておいてまだ好きじゃないとか……僕だって限界なんだけど」
「ごめん今すぐ……あの、放してもらえる?掴んでます、よね」
「左手の薬指」
「あ、」
「それも同じなんだ」

私の反応で全てを見透かして、おかしそうに笑ったタクミくんは自身の髪結い紐の端を摘んで引いた。
ほどかれたのは毛先を纏めていた赤紐。彼の髪型は純粋なポニーテールとなり、解き放たれて広がる薄墨色に目を奪われる。
変わる印象に気をとられている間に、紐は左手の薬指の根本にくるくると巻き付けられていった。
最後にきゅっと蝶々結び。長く余った紐をつまむ。

「えっと……これは?」
「予約……あと牽制だね。僕の告白をちゃんと受け入れる気になってくれたら、婚約の指輪を贈るけど」

告白。婚約。指輪。単語のひとつひとつに頭を殴られながら、羞恥を通り越した衝撃に耐える。婚約指輪代わりの、髪紐の片割れ。
とっくの昔から返す言葉を持たない私に対して、タクミくんは微笑ましいものを見るような目をする。
恥ずかしいし、悔しい。告白されてからずっと彼のペースに呑まれてしまっている。

「僕は待つのが苦手だから、そんなに待ってあげられないよ」
「考える余裕をくれないのはタクミくんでしょ……」
「有能な軍師に助言を貰ったからね。“伝えたい事はためらわないほうがいい”って」
「少しはためらってくれませんか……」