追いかけっこ、二対一




「李依!」

長く続く城の廊下。鋭い声に李依がおそるおそる振り向くと、口をへの字に曲げたタクミが肩を怒らせてつかつかと歩いてくるところだった。
反射的に顔を背け、早足になる。

「何で逃げるんだよ!」
「お、追い掛けてくるから!」

スピードアップする二人ぶんの足音は、既にほとんど駆け足と言っていいテンポになっていた。
らちが明かない。そう判断したタクミは李依の手首を掴んで引き止める。
腕を掴まれて向き直った李依は、逃げた罪悪感からか目を逸らす。

「どうして今朝、弓道場に来なかったんだ?」
「い、行きづらいに決まってるでしょ、あんな告白みたいなことされたら……」
「告白のつもりだったんだけど?」
「堂々と恥ずかしいこと言わないでよ……!」

呆れや怒りの表情も、頬が赤ければ説得力がない。
掴まれていない方の手の甲で顔を隠した李依を見、タクミは感情をそのまま口にする。

「恥ずかしいんだ、可愛い」
「ま、またそういうことを!」
「ちょっとはさ、意識してくれてる、ってこと……だよね」

ただでさえ恥ずかしさのキャパシティが表面張力でギリギリ保っていたところに続けざまに投下される爆弾。
羞恥心が限界を超えて決壊し、李依はタクミの手を振り払って今度こそ全力疾走で逃げ出した。

「あっ、おい、李依!……まったく」

遠のく背中を見届けて、鼻から抜けるため息と共に小さく肩を落とす。
件の告白以降、露骨に避けられているのは明らかだった。
嫌われていないと確信しているからこそ「推して駄目でも押し続け」てはいるが、ここまで逃げ回られるのは予想外だった。
異性として意識されている証明だが、どうしたものか。

「タクミ?」

穏やかな声音に振り返れば、ぶ厚い魔道書を携えた魔道師兼軍師がきょとんと瞬きをしていた。

「……ルフレか」
「今走っていったのは李依かい?」
「そうだね、李依だよ。まったく……」

逃走劇を一部始終を見ていたわけではないらしいが、持ち前の聡明さで事情を察したルフレは表情を柔らかくする。

「以前とは立場が逆になったね」
「そうなのか?」
「前までは声をかけるのは李依で、照れて逃げるのはタクミだったけれど……」
「言い方に不満はあるけど、言われてみればそうかもね。
ルフレ。そこまで理解してる君に知恵を借りたいんだけど」
「どんなだい?」
「李依を捕まえる方法。いっつもああやって逃げるんだ。」

口を尖らせたタクミ。
ルフレは思わぬ申し出に再び目を丸くしたあと、破顔する。時空を超えて出会った戦友、そして純粋に友人とも言える人間からの頼み。

「任せてくれ。最高の策を考えてみせるよ」

イーリス至高の頭脳が今、無駄に使われようとしていた。