おはよう、夢見た現実へ






額を撫でる柔らかい感触でタクミは目を覚ました。
ぼやけた視界に自分を見下ろす誰かがいる。同じようにぼやけた思考で記憶を辿る。
李依に仮眠をとれって言われて……それで……。

「おはよう、タクミ。よく眠れた?」
「ん……ああ……」
「そろそろ起きてくれると嬉しいかな。脚がしびれちゃって」
「え?」

上からタクミを覗き込む李依。仰向けに寝ている自分。後頭部に感じる枕は柔らかく、温かい。まるで人肌のように。
状況を理解して飛び起きる。

「うわあ!?」
「っ、いきなり起き上がられるとそれはそれで刺激が……いたた」
「な、なんで李依が膝を……」
「もう、タクミが眠たいって言うから膝を貸したのに。忘れちゃった?」

クスクスと笑う李依に違和感を覚える。妙に……優しい?穏やか?何かが確実に違う。

「……タクミ?」

呼び方だ。
首を傾げた李依は指を伸ばしてくる。しなやかな指が額に触れた。

「熱……は無いね」
「なっ、李依こそ熱があるんじゃないのか」
「タクミこそ、お姉ちゃんを呼び捨てにするなんて……本当、どうしたの?」

お姉ちゃん。……お姉ちゃん!?

「お姉……ちゃん……!?李依が……姉さんだって…!?」
「あ、やっぱり寝惚けてる。いったいどんな夢を見てたの?」
「夢……」

いつもの溌剌とした笑顔とは違う、優しい微笑み。記憶に新しい。キサラギに接するあの穏やかな微笑みだ。
……これはキサラギを羨ましく思った僕の願望が見せる夢なのか?
優しく笑いかけてくれる目の前の女性。姉だと自称されたせいかいつもより大人びて見える。
子供の頃はいつも、自分だけを見て認めてくれる誰かを欲しがっていた。いや、今も。

「タクミ」

──タクミくん!
重なって聞こえたのは、あの底抜けに嬉しそうにタクミを呼ぶ声。空耳なのに、心は躍る。

「……悪いけど、僕が会いたいのは……どうしてか僕を慕ってくれる、あっちの李依だ」
「タクミ……?」

これは夢だ。悪夢ばかり見る自分にしては珍しい、平和な夢。
それともこれも悪夢なのだろうか。だって姉とは結ばれない。

「でもありがとう。李依……ねえ、さん」
「……よくわからないけど、あなたの好きにするといいよ。自慢の弟の言うことだもの、きっと間違いないから」






──





顔を撫でるのはそよ風だった。
すんなりと目は開く。すっきりとした、尾の引かない目覚めだった。

「やっと……やっと起きた……!!」

降ってきたのは李依の声。起き上がり、振り返れば李依がきっちり正座をしている。

「……李依?」
「え? うん、李依だけど」
「いつの間に……どこで寝てたんだろう」
「な……!?自分のしたこと、覚えてないの!?」

何やら食って掛かってくる李依を見つめる。
……何か、李依が出てくる夢を見ていたような気がする。

「……タクミくん?」

僕を呼ぶ声が、響きが。どうしてかとても嬉しくて、そして馴染む。

「タクミくん寝惚けてる?寝足りない?」
「いや……よく寝たよ」

悪くない夢を見ていた、気がする。