いつかの君の、




──




息を吸い、そこで呼吸を止める。弾かれた矢は狙い通り的の中心を貫く。

別に珍しい事じゃない。
戦場では動く敵が相手だ。それは機動力の高い騎兵であったり、空を縦横駆け回る天馬だったりする。なにより、白夜には僕よりもずっと優秀な人間がいる。
それにこのアスクにだって、これから多くの英雄たちが召喚されるらしい。
必要とされたのは僕だけじゃない。たまたま最初に選ばれたのが僕だと言うだけだ。だからもっと精確に。もっと素早く。もっと強く。そうしないと、誰の目にも止まらない。
止まっている的に当てるのは前提。話は手持ち全てを当ててからだ。

そうして油断せず放った二本目は、一本目を割って中心を貫いた。──良し。今日は調子が良い。

「おお!?すご!?」
「うわ!?」

背後から突然の大声に振り返る。扉の陰に半分隠れるようにしていた女が、こちらに近付いて来た。

「……って、あんたこの間の?」

見覚えがある。僕がアスクに召喚されてすぐ、斧兵に襲われていたところを助けた女だ。
大声を上げられたせいですっかり集中が切れてしまった。
興奮した様子の彼女の要領を得ない言葉を要約すると、僕の弓の腕に感激したらしい。
大したことじゃないと返せば、彼女は手のひらをぶんぶんと振る。大袈裟な所作だけど、本気で言っているらしかった。

「あんなに遠いのにすごい……。銃みたくスコープもない。ってことは目も良いんだ」
「まあね。そうじゃないと狩りに困るし……ってちょっとどこに」

射場から降りた彼女は矢道を歩いて的へ向かう。
二本目が刺さる的を見、二分されて地に落ちた一本目をしゃがんでまじまじと観察していた。

「そんなに珍しい?」

しゃがんだまま、彼女は僕を振り返る。

「少なくとも私は初めて見たよ。本当にびっくりした!」

僕を見上げる表情は、初めて縁日を目にした子供のようにきらきらと輝いていた。そうして、その無邪気のまま。

「あなた、すごいんだね!」
「な……」

いつもなら裏を探してしまう褒め言葉。
瞬く瞳、喜ぶ表情、素直な声。すべて裏表の無い、本音だと直感してしまった。

昨日会ったばかりの、赤の他人。そんな相手を、どうしてここまで褒められるんだ?
見つめすぎたせいで小首を傾げられて、我に返る。
──これくらい、大したことじゃない。僕よりも優秀な人間はいくらでもいる。彼女はそれを見たことがないだけだ。

そう自分に言い聞かせたのに、心は浮かれたままだった。
明日になれば落ち着くだろうと念じてなんとか平静を保つ。

「あんた何しに来たんだよ」
「……。何しに来たんだっけ?」

それから彼女──李依はほとんど毎日現れて、僕を認めるようなことばかり口にするとも知らずに。