会いたい





李依が帰ってこない。
部屋の前で待ち伏せするタクミは苛立ちを隠せずにいた。会いに行こうと思い立ってから鍛練を終え、李依の部屋までやってきて実に三時間以上が経過していた。
途中、書庫に寄ったり食堂を覗いたりしたものの広い城内ではそう簡単に出会えるものではない。
以前までしょっちゅう出会していたのが嘘のようだ。それとも避けられているのだろうか。

「なんだよ……李依のくせに」

少々理不尽な言葉だが、恋い焦がれて待ちぼうけの身ゆえだ。口振りからも会いたかったという思いが滲み出ている。
今度は朝から張り込んでやろうかとなどと考えつつタクミは諦めて扉から離れた。

またルフレのところにでもいるかもしれない。尋ねてみるか……。






────









おかしい。姿が見えない。


李依を捕まえようと思い立った日から一日経ち、二日経つ。全く会わない日が計四日になった所でタクミの違和感は疑念に変わった。
こっちが捜し回っているのに、こんなに会わないのはおかしい。
周囲から訊いた情報も、ロンクーを追いかけていただの召喚師が召喚された場所に行きたいだので終わっている。だがその情報も三日前のものだ。ここ二日間、誰も彼女の姿を見ていない。
タクミの捜索を見、周囲もおかしいと感じ始めた。

部屋で倒れているんじゃないか。親鍵で解錠したものの部屋はもぬけの殻。
食堂での目撃証言もない。迷子になっているかもしれないと城内をくまなく捜したが、フェリシアが割った壷の破片とクロムが壁に開けた穴が見つかっただけで李依の姿は影も形もない。


城下町だろうか……捜索場所を思案するタクミに、フッと別方向のひらめきが舞い降りた。
──まさか、元の世界に帰ったんじゃないか。

そのひらめきにがく然とする。さしたる根拠もないが、妙な説得力が有った。なぜなら彼女は帰る方法を捜すために文字を学んでいた。

「……いや、それは考えづらいよ」

タクミの考えをルフレは否定した。

「最後に会った李依は“何か帰る情報はないか”と訊いてきた。つまり、帰る方法はまるで見当がついていない……そこからいきなり帰ることが出来るとは思えない。
どこか、城の外で事件に巻き込まれたと考えるほうが納得できる」
「そうか……」

城の外で事件に巻き込まれる。戦時下においても極めて平和なアスク国内で行方不明となる程の事件が起きればすぐわかるだろう。

「一度町に降りて捜してみる」

タクミの申し出に、ルフレも頷く。

「僕も憲兵に聞き込みをするよ。」
「ああ、頼む」

迷いなく手伝いを頼むタクミに、ルフレはやや驚く。
タクミにささやかながら敵対視されている自覚があったからだ。プライドの高いタクミが素直に誰かを頼ることも珍しい。
そしてそれは一人のために。

「……タクミは、李依が好きなんだね」
「ああ」

たった一言の肯定。それだけで十分だった。好きの種類を問い掛ける必要もない。
ゆるんだ口元は、とても優しげだったから。







──






「タクミ王子!」

城の外へ向かおうとするタクミと、それに追従するルフレを呼び止めたのはアルフォンスだった。
彼は深く悩んだ様子で切り出す。

「彼女が居なくなったのは……僕の責任かもしれない。僕があの事を話してしまったから……」
「あの事?いったい何を話したんだ?」
「それは……」

アルフォンスが言葉を詰まらせる。どこまで話して良いのか、逡巡しているようだった。
そして話の続きと沈黙を掻き消す、慌ただしい足音。荒々しく扉が開かれた。

「──ああ、此処に居たのね!三人とも、エンブラが侵攻してきたわ!」

現れたのはアンナだった。相当に探し回ったのか、息が弾んでいる。
こんな時に!舌打ちしそうになるタクミを見つめ、アンナは諭すように口にした。

「いい、落ち着いて聞いてちょうだい。
斥候によると、敵を指揮している人物は……召喚師に似た白のローブを羽織る、女性だそうよ」