相対



深いところにあった意識が、時間の経過と共に浅瀬に押し上げられ、ゆっくり目を開く。
夕日か、朝焼けか。強烈な太陽の光が目を灼いた。

身を起こせば、見知らぬ豪奢な部屋だった。私が寝ていたのは肉厚のシーツが誂えられたベッド。
それ以上は考えられない。脳は目の前の物を認識するだけで精一杯だった。
頭がひどく重たい。ぼんやりとする。もっと、何か考えなくてはいけないことがあった気がするのに。


「……おきたの」

そちらに視線を送る。幼い少女。知っている。ヴェロニカ。

「あなたの出番。あのエクラを英雄たちと分断させておそうわ。……李依、あなたはエクラと離れた英雄をころすの」

決して早くない口ぶりなのに、脳は追い付いていかない。
ただ「英雄を殺す」、その言葉だけが頭に引っ掛かった。英雄を殺す……英雄を殺せばいい。それが私の役目。らしい。
鈍い頭が、断片的な思考でそれだけをようやく理解する。
カチャ、と微かな音に顔を上げればヴェロニカがティーカップをソーサーに置いたところだった。

「ねえ、出掛ける前に紅茶はいかが?」








────








指定された場所への移動は、巨鳥が宛がわれた。
森の中、拓けた場所に降り立つと、そこには複数の兵士達が待機していた。マージ、ナイト、ペガサスナイト、アーマー。

「また会えたわねえ、李依?」

そしてムスペルの軍師、ロキ。

「お人形さんみたいでかわいいわよお。もうすぐ英雄があなたのところにやってくるわ……何をすれば良いか、わかる?」
「エクラと引き離した英雄を、殺す」
「良い子。見届けられないのが残念だけれど……あなたは彼らを殺せなくても殺せても、どっちでもいいのよ。アスク内部に亀裂をいれる、その布石なんだから」
「……」
「じゃあいずれ、また会いましょうねえ?」

一方的に言葉を並べ、ロキは鴉へ姿を変える。彼女が空へ飛び立つのをぼんやりと見届けたあと、草木が揺れ、森の暗闇から再び何者か現れた。



「李依!」

声の発信源は覚えのある一人の弓兵。
召喚師の姿は見えない。ヴェロニカは英雄と召喚師の分断に成功したようだった。

「英雄を……」

召喚師と分断された英雄を、殺す。役目。やるべきこと。
この弓兵を、殺すこと。
彼を見つめれば名前と能力が浮かぶ。
──タクミ。風神弓。近距離反撃……。

「僕がわからないのか……!?」

何かを訴えている。
頭が重い。ぼんやりとした思考の中で、その声は言葉ではなく音として処理されていく。それはとても、心地よい音だった。