息子、召喚。(キサラギ)






その日、普段は居合わせない召喚の場に私やタクミくんが居たことに特に理由はない。本当になんとなく、流れで絵倉くんの召喚を見学することになったのだ。


思わず目を覆うほどのまばゆい光と辺り一面の靄が晴れる。
召喚される異界の英雄。そこにいたのは想像よりも小さい……というよりも幼い、一人の少年だった。
和装らしき服、白に近いが灰の髪色。何か既視感らしき引っ掛かりを覚える。彼に近い人物を知っている気がする……。
私が答えにたどり着く前に少年は私たちの顔を順々に見回し、そして私の隣に居るタクミくんで止まった。
パアッと瞳が輝き、笑顔があふれる。

「父上!」

瞬間、時が凍った。





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思わず半歩引き、信じられないものを見る目で父と呼ばれた彼を見る。
若いと思ってたけどまさかの子持ち――。

「タクミ……」
「タクミくん………」
「李依もエクラもそんな目で見るなよ!な、何かの間違いだ!僕だってそんな子供…というかそもそも結婚した覚えだってないんだからな!」
「結婚しないで子供を!?」
「だから違うって言ってるだろ!」
「父上……僕の事忘れちゃったの……?」

垂れた尻尾と犬耳の厳格が見えるほどタクミくんの子供(仮)は急激に落ち込んでしまう。

「あーほらタクミくんが認知しないから!よしよしおねえちゃんとあっち行こうねー」
「あ、おい李依!だから勘違いで――」

なにやら言っているタクミくんを背に、少年の背を押してその場を離れる。どうやら二人の知識には食い違いがあるようだ。
私がこの子を連れて離れている間に、タクミくんが落ち着いてくれれば良いけれど。






――――――





まずは兵舎の空き部屋にでも案内しよう。城の中を歩きながら横目で少年を見る。
意識を集中させると、浮かぶのは“キサラギ”という名前と、兵種は弓兵ということ。そして紛れもなくタクミくんの息子……という情報だった。本当に息子だという事実にショックを受ける。
とはいえタクミくんも一国の王子。子供のひとりやふたりいてもおかしくないのかもしれない。タクミくん本人に身に覚えがないというのが不思議だけど。必死に否定するタクミくんは嘘をついているようには見えなかった。
それとなく探りを入れてみる。

「ええと、キサラギくんはタクミく……お父さんのことが好きなんだね」
「うん!父上はすっごく強くてかしこくて、僕のあこがれなんだ〜」
「そっかそっかー」

キラキラと目を輝かせている。タクミくんを心底尊敬しているらしい。
と、先ほどのやりとりを思い出したのか急激に落ち込む。垂れ下がった尻尾と耳の幻影まで見えるようだ。

「でも父上……どうしちゃったんだろう。僕のこと忘れちゃったのかな」
「んー……ねえキサラギくん。君の知ってるお父さんのことについて教えてくれない?」

タクミくんの詳しい年齢は知らないが、きっと二十代には差し掛からない程度だ。なのにこんな大きな子供がいるとなると容姿詐欺も甚だしい。
もしかしたら同姓同名同じ顔の別人かもしれない、そんな淡い希望からの問いだった。
キサラギくんはちょっと考え込む。

「うーん……父上はちょっと素直じゃないところがあるかな」

ほう。

「みんなよりちょっとプライドが高くって」

ほうほう。

「風神弓の凄い使い手なんだよ!」

オーケー、タクミくん本人だ。










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キサラギくんとタクミくんの父子関係を認めざるを得ない理由はもう一つあった。

「やったー!的中!」

普段はタクミくんしか鍛練しない弓道場に現れたキサラギくんは、胡乱げな視線のタクミくんを尻目に次々に矢を的中させていく。
同郷の弓術。ある程度姿勢や挙動は似るものだろうとはいえ、髪色や服装、なによりタクミくん似の顔貌もあいまって、まるで幼いタクミくんが弓を射っているような気さえする。
キサラギくんが番えて的を見定める表情を見ていると、自然といつも見ているタクミくんとオーバーラップするのだ。
ふと隣を見ると同じように考えていたのか、タクミくんが複雑そうな表情でキサラギ少年を見つめていた。

「ねえ、タクミくん」
「……なんだよ」
「やっぱりあの子はタクミくんの子だよ。弓を射る時の真剣な表情、雰囲気……すごく良く似てたもの」

だめ押しで私の見解を述べてみたものの、やはり納得出来ないような表情のタクミくん。
そこに、一通り射終わったキサラギくんが私のところに駆け寄ってきた。全矢命中だ。
ぴょこぴょこ跳ねて喜ぶキサラギくんの姿はとても可愛らしい。子犬、あるいは弟のような彼は褒めるほど素直に喜んでくれるので、実に可愛がり甲斐がある。

「ふふふ、凄い凄い。あとで一緒においしいもの食べようね」

お腹に抱き着いてきたのでわしゃわしゃと頭を撫で回して褒め倒せば満面の笑みを浮かべてくれた。母性本能をくすぐる純粋な笑みだ。そして。

「父上!僕、李依と結婚する!」
「え」
「は!?」

私の褒め言葉は、思ったより喜ばれていたらしい。