アルフォンスと秘密の話



図書室から自室へと戻る途中で、アルフォンスと出会した。
金色に光る髪飾りや鎧の意匠が絶えずきらきらと反射して眩しい。

「あ、李依。大丈夫かい」
「アルフォンス。……大丈夫って何が?」
「また迷子になっていないかと思ってね」
「あーひどい、初期の初期に何回か迷子になっただけだよ。今もう迷わずに歩けるよ」
「すまない。なんだか放っておけなくて」
「ここにきてどれくらい結構経つと思ってるの」
「そうだね……君にも、家族や大切な人がいるだろう?巻き込んでしまって本当にすまない」
「そっちの話題に転んじゃう? 私は召喚されて楽しいよ。普通じゃありえないことを体験出来てるんだから」
「君はエクラとはまた違った、不思議な人だね」

アルフォンスは微笑む。
影のある儚い微笑みに誤魔化されそうだが、遠回しに変と言われている気がして微妙な心情だ。
アルフォンスは続ける。

「タクミ王子が心を開くのも分かる気がするよ」
「……タクミくんが?」

心を開いて、くれているのだろうか。
素直じゃない面が目立つけれどタクミくんは優しい。毎日押し掛ける、ろくに字も読めない女に多少なり情が湧いてくれているのだと、この服を贈られた事で感じた。そっと、白いローブの裾を摘まむ。
きらびやかなこの服。恥ずかしさはあるが、それ以上に嬉しい。

「よく似合っているよ」
「そうかな?ありがとう。」

はにかむ私に対して、アルフォンスは顔を曇らせた。なんなんだ、本当は似合ってないのか。

「でも……英雄達に入れ込み過ぎない方がいい」
「どうして?」
「いつか別れる時が来たときに、君たちや……僕たちも、ひどく辛い思いをする」

アルフォンスの言葉を……というより、意図が読めない。
出会いがあるなら別れがあるのは必定だ。決して慣れることはない、けれど当たり前の離別を恐れろといっているのか。
暗い顔と断定の口調は、経験者のそれ。彼が過去に何があったのかは知らないが、分かりましたと頷くには説明が不足している。

「月並みだけど、出会いがあったら別れは必ず来るから……だからこそ、人って一緒に居たいんじゃない?限りがあるからこそ、というか」
「……」
「アルフォンスは?どうせ別れがくるなら、最初から絵倉くんに出会わない方が良かったって思う?」
「……いいや。昔の僕なら、失うなら何にも深入りしなければいいと思っていただろう。でも、今は違う。エクラと出会えて良かったと……彼と過ごすうちに思うようになった」
「ならどうして別れが辛くなるなんて言うの?キサラギくんだって円満に元の世界に帰って行ったし……」

ふと、浮かんだ言葉があった。
キサラギくんを帰すと決めた話し合いで、アルフォンスから聞いた“元の世界、元の時間軸に還す”という言葉。アルフォンスのいやに深刻な忠告と繋がる気がする。

「……キサラギくんを“元の世界、元の時間軸に還すことにした”って言ってたよね」
「!」
「アスクで過ごした記憶って、元の世界に帰ったらどうなるの?」

瞬間、強張ったアルフォンスの表情が答えだった。
タクミくんと私の仲を見て言いたそうだった何か。英雄たちに情を移すなと警告する理由。別れが辛いなんて解りきったことをわざわざ告げた理由。
──アスクに召喚された記憶は、元の世界に送還されれば失われる。

「……うん、そりゃ、そうだよね。」

考えてみれば当たり前だ。
少なくとも日本はタクミくんのいた国よりもはるかに科学技術が進んでいる。
本来なら知る筈の無い情報たち。特に、誰も知らなかったブレイザブリク───銃の概念は武力の均衡を崩すだろう。
本来あり得ない記憶、概念、経験を持ち帰ったら世界はめちゃくちゃだ。

「絵倉くんにはこの事話したの?」
「いいや……」
「そっか」

召喚師である彼は私よりずっと多くの英雄たちと広く、深く交流している。

「言いづらいだろうけど、絵倉くんはそれを知っても英雄たちと仲を深めるのを止めないと思うよ」
「そうか……そうだね。彼はそういう人だ。 でも、君がショックを受けないのは意外だったよ」
「驚いてるよ。でも納得の方が大きいからかな。もしかしたらちゃんと理解できてないから冷静なのかも」

忘れられてしまうのは、もちろん寂しい。けれど互いにとってそれが在るべき姿なのだ。

話しながら、思いのほか自身がドライな人間だったということに気付く。
いつも心のどこかで、みんなは違う世界に生きる人間だと、私とは違う人間なのだと感じていた。ここは異世界で、居るのは異世界から来た英雄たちなのだと。
この世界に来てから気分を明るく過ごせているのも、ちょっとばかり好き勝手振る舞えているのも、普通ではあり得ない経験をしているという高揚感と、“ここは私の現実じゃない”という夢心地感がそうさせている。
だから今の話もすんなり受け入れられた。一抹の寂しさと同時に覚えたのは、少しの気楽さ。

いつか忘れられてしまう記憶と世界。
なら、私が人生で培ってきた人間関係における遠慮や、強迫観念めいた気遣いはここでは要らない。自分らしく、好きなように生きていいと言われたようで。いつ帰るのか、果たして帰る事ができるのか。分からないけれど、いつか来る別れの時のために今を楽しみたい。

ここは人生の、世界の猶予期間。その中での関係性。

「……話してくれてありがとう。アルフォンス、改めてよろしくね。」
「こちらこそ。僕らの手落ちで喚んでしまった君には申し訳無いけれど……本当に、君に出会えて良かった。」

限りある関係を楽しもう。そうして最後は、後腐れなくお別れできればいい。私はそんな風に考えていた。

そして未だに気付かない。この浅はかで短絡的な考えを許さない人間が居ることを。
引き返せない所まで、彼の心に踏み込んでいることを。