感情は自覚され始める



(視点・タクミ)






広い城内。弓道場に続く角を曲がると、見覚えのある後ろ姿が先を歩いていた。エクラと同じ世界から来たという女、李依。
声をかけようとしたときだ。李依が先に「あ」と声を上げて駆け寄る。……僕ではなく、歩く先にいたルフレに。

「ルフレ!おはよう」
「李依じゃないか。おはよう。体はもう良いのかい?」
「もうばっちり」

僕に気づかずに会話する李依の横顔が愉しそうなのがなんとなく気に入らなくて、拳を握る力が自然と強まる。ルフレもルフレだ。

「……それと召喚の儀の事だけど、僕の方も何か見つけたら伝えるようにするよ」
「本当?ありがとう、助かる!それと訊きたいことがあって……」

そこまで聞いて踵を返す。これ以上二人の会話を聞いているのは耐え難かった。
李依があの屈託無い笑みをルフレにも向けている事がありありと分かったし、なによりあの二人が高頻度で会っていること、自分より遥かに親しげなこと……なぜか酷く裏切られた気分だった。





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放った矢はてんで見当違いのところへ飛んでいく。それを見届けるまでもなく、ため息を吐いた。矢を放った瞬間、矢から指を放した瞬間に失敗を分かっていたからだ。
理由は分かっている。

「なんだよ…いつもタクミくんタクミくんって、呼んでもいないのに追いかけて来るくせに」

一度命を助けられたから。それだけの理由で懐いてきて、ことあるごとに子犬のように駆け寄ってくる変な女。それが嫌ではなくむしろ心地良かったのだと、ルフレと談笑する姿を見て初めて自覚する。

「たーくーみーくーん!」
「そうそうこんな風に…って、うわ!?」
「うわ、ってひどいな。なんか考え事してるところにお邪魔したのは悪いけど」
「べ、別になんでもない!それでなんだよ。今日は集中したいんだ。あんたと話してる余裕は…」
「そっか、じゃあこれだけ渡すね。はい」
「これは…水筒?」

渡された水筒に首を傾げれば、李依は得意気に人差し指を立てた。

「最近字を学んでレシピ本も読めるようになったから、厨房借りて水分補給用のドリンク作ってきたんだ。私のいた所では水分補給は大事って言われてたから」
「え……」
「用はそれだけ。邪魔してごめんね、それじゃまた」
「ま、待て!…その、よく考えたら鍛錬中に李依がいるのなんていつもの事だし…見たいなら、好きにしろよ」
「……そう?じゃあ、おとなしくしてるね」

正座して、李依は簡単な本を取り出す。それはあの軍師から与えられたものかもしれないし、自分で選んだ暇つぶしかもしれなかった。それでも、そうして学んだことを還元する先は僕だった。

息を吐いて、矢を番える。ぺらり、頁をめくる音がした。李依が後ろに居る。

「──」

放した指、感触は先程とはまるで違う手応えを伝えた。瞬きの間に刺さった矢尻は確実に的の真中を射抜いている。
ため息を吐く。諦めの混じったそれ。

「……あんたがいないと調子が出ないなんて、冗談じゃない」

それは小さな呟きだったからか、背を向けて放った言葉だからか、あちらが読書に集中していたからか。
またひとつ、頁をめくる音が返事をしただけだった。